第3話

 つぎの日、リナリィは、マギ専の図書館にいた。

「はい、ごめんよ。後ろを通るよー、わるいね。いてっ!ああ、ごめんね……」

 本棚から次々と分厚い本を抜き出すと、両手に抱えて歩く。

「通るって言ってんじゃんよ、道あけろ!」

 ほかの生徒をどかしたリナリィは、長テーブルの一つに歩いていき、どさり、と本を積み上げた。

「ほら、持ってきたよ。メモに書いてあった本、これでいい?」

「ええ、こんなに早く見つけてきてくださって。ありがとうございます」

 テーブルの上には、すでに同じように積み上がった本が、テーブルのあちこちに並んでいた。

 その真ん中では、ナタリアが次々と本を取っては、次々とページをめくる。

「“忘れられた森”の中にゼスラ文明の遺構があったことなんて、聞いたことがありませんでした。なにか記録が見つかれば、あなたの鉄箒がどのようなものだったのか、分かるかもしれませんよ」

「それって、もっと速くなれるってこと?」

「それは分かりませんけれど、そもそもゼスラ文明は分かっていないことが多いんですの。いい機会ですから、ちゃんと学んでみようと思いまして」

「ふうん」

 リナリィは、あいまいな返事をして、目の前に積まれた本から適当に選び取ってみる。何ページか流し読みして、すぐに閉じた。

「うわ、ダメだ……字が全部アリんこに見えてきた」

 一方、ナタリアの手は迷いがない。数冊の巨大な本を広げて、高速でページをめくっていく。その手がときどき止まると、ノートに何かを書き取っていく。

「ねえ、もう帰ろうよ」

 リナリィがそう言っても、

「まだ始まったばかりではありませんか。おヒマでしたら、この本を探してきてくださいませんか?」

 新しいメモを渡される始末。

「うーん、こういう静かな場所って落ち着かないんだよなあ」

 リナリィは、近くの壁に立てかけた鉄箒をちらっと見た。

 いっそ飛んでいいのなら、いくらでもいられるのに。

 リナリィは、渡されたメモに書かれた本のタイトルと番号を見た。

 こいつを探しに行った方が、少しは気が紛れそうだ。

「じゃあ、これちょっと探してくるよ……イタッ!!」

 リナリィが立ち上がろうとしたとき、机に足がぶつかって大きく揺れた。

「きゃっ!」

「あ、やべ」

 ナタリアの周りに積み上がっていた本の山が、バサバサと音を立てて崩れた。

「あー、ごめんナタリア。拾うよ」

 リナリィは、ナタリアの足元に落ちた本を拾い出す。

「あ、いえ、私が拾いますから……」

「いいって。落としたのあたしなんだから」

 何冊か拾い上げて机に戻す。それを繰り返していると、一冊だけ、明らかに雰囲気の違う本が落ちていることにリナリィが気がついた。

「ん、なんだこれ?」

 表紙には剣を構えた騎士のイラストが描かれた薄い冊子を、リナリィが拾い上げようとした。

 そのとき、ナタリアがリナリィより早く冊子を拾い上げ、胸に抱き寄せる。

「こ、これは違いますの!調べ物とは関係なく……!」

「ねえ、それって最近流行ってる舞台じゃなかったっけ。あたし、ポスターだけみたことあるよ」

 ナタリアは何か言おうとしたが、言葉がつまったように止まった。

「あたしは見たことないけどさ、魔法を取り入れた舞台もあるんでしょ?舞台の人を浮かべたり、後ろで魔法を使ってみせたり。ナタリア、そういうのくわしかったりする?」

 ナタリアは、リナリィの顔と手元のパンフレットを交互に見ていた。やがて、パンフレットをそっと机に置いた。

「……そう、ですね。私、舞台が好きなんです」

 ナタリアの顔は、耳まで赤くなっていた。

「魔法って、だれかを動かす力にもなると思うのです。舞台で使われる魔法は、人の心を動かし、世界を色鮮やかに変えてくれる……私は、そんな魔法がいちばん好きなんです」

 ナタリアは続ける。

「私の故郷は、北の国境の近くです。舞台なんて、絵本の中でしか見たことがありませんでした。……父に無理を言ってマギ専に入学したのも、魔法劇場のあるアルクスに行きたかったからでした」

「あー、あたしも入学前に、マギ専なら好きなだけ箒に乗れると思ってたなー」

「実際あなたはそうではありませんか」

 ナタリアが少しだけ笑うと、リナリィも笑い返した。

「ずっと、魔法演劇に関わる仕事をしたいって思っていました。もちろん、ドラゴミロフ家のことも大事だと思っています。でも……いつか、人の心を動かすために魔法を使いたい。舞台の上で、だれかの背中を押すような魔法を」

「え、めっちゃすごくね。っていうか、ナタリアがそんなに楽しそうに話してるの初めて見たかも」

 リナリィは、思わず口にした。

「そ、そうですか……?」

「うん。ナタリアがそれだけ言うなら、絶対面白いんだろうな。こんど、あたしも教えてよ」

 ナタリアは、心の奥からじんわりと温かさが広がってくるような気がした。

「それなら、こちらのパンフレットをお貸ししますわ。ぜひ、読んでくださいませ」

 ナタリアは、パンフレットをリナリィに手渡した、そのとき、

「お二人とも、図書館ではもう少しお静かにした方が良いと思いますよ」

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