4

 クロエは、マギ専の校舎裏にあるプールへと二人を連れて行った。だれも泳いでいないプールは、午後の太陽を受けてキラキラと光っていた。

「それじゃ、よろしく」

 クロエが言うなり、リナリィは箒に飛び乗った。

「よっしゃ、任せとけ!」

 リナリィは、いつものように魔力を入れた。ふつうの箒なら、ここでふわりと浮き上がる、はずだった。

「――えっ?」

 つぎの瞬間、リナリィは、まるで後ろから巨人に思いっきり突き飛ばされたみたいに、ものすごい勢いで前へと吹っ飛んだ。

「きゃああああーーーっ!?」

 空中で体勢を立て直す間もなく――

「バッシャーーーーン!!!」

 大きな水しぶきが上がり、波打つプールの中から、ずぶ濡れになったリナリィが顔を出した。

「リナリィッ!!」

 ナタリアは、プールサイドに駆け寄ってリナリィに手を差し伸べる。

 一方、

「ひ、ひーっ、あっははは!やば、笑いすぎてお腹痛い…!さすがのリナリィも、難しいんだね…ぶふっ!」

 クロエは、地面に転がり、お腹を抱えて大爆笑している。

「笑っている場合ではありませんわよ!本当にあれで箒になっているんですの!?」

 ナタリアが声を上げる。

 クロエは身をよじって立ち上がると、息を整えながら言った。

「……まあ、あんな得体のしれない部品を使って無理やり飛ばしてるんだから、まともな箒になるわけがないよね」

 リナリィは、なんとかプールから這い上がった。髪からはポタポタと水滴が落ち、服は水を吸って重い。

「なんだよコレ…!全然曲がらないし、重たいし。かと思ったら、いきなりめちゃめちゃ加速するし…!」

 リナリィは、怒っているのかと思いきや、その目はらんらんと輝いていた。

「いい?今までの“ちゃんとした箒”と一緒だなんて思わないこと。形も、材料もまったく違うんだから、飛び方だって一から考えなきゃいけない。私も、箒乗りライダーを守るような魔法なんてひとつも付けてない」

「そ、それって、やっぱりただの欠陥品なのではなくて!?危険すぎますわ!」

ナタリアが、クロエとリナリィの顔を交互に見ながら言った。

「ふふん」

 クロエは自信満々に鼻を鳴らした。

「たしかに、めちゃめちゃ危険だと思うよ。でもね、ナタリア。こいつは……」

 クロエはニヤリと笑って続けた。

「いままでリナリィが乗ってきたどんな箒よりも、はるかに速い」

「……速い、」

 びしょ濡れのまま、リナリィがクロエの言葉を繰り返した。

 やがて、リナリィは服をしぼり、ぬれた前髪をかき上げた。

「もう一回。もう一回、乗る!」

 リナリィは再び箒にまたがり、そして、再びプールに叩きつけられる。

 と思ったら、すぐにプールの縁まで戻ってきて、三度プールへダイブする。

「ああなったら、もう止まらないよ。よく知ってるでしょ」

 クロエが、ナタリアに耳打ちする。ナタリアは、キッとクロエを見返した。

「分かっていて、リナリィをけしかけたのでしょう。ともすれば、自分の作った魔道具の実験にもなるから、と」

「考えすぎ。それに、安全のためにプールで試してんだから、大丈夫だよ」

 クロエが言うとおり、二人はしばらくの間、リナリィがプールに落ちるのをながめていなければならなかった。


「あ、ヤバい!バイトの時間だ、行かなくちゃ!」

 リナリィが大きな声を上げたのは、50回はプールに落ちた後だった。服を絞ると滝のように水が落ちていく。見かねたナタリアが杖を一振りすると、暖かい風が吹いてきて、あっという間にリナリィの服を乾かしていく。

「アルバイトって、何されているんでしたっけ」

「ああ、郵便局。ほかの街にある郵便局まで、速達郵便を届けてんの」

「あら、意外と固い仕事をされているんですね。郵便局なんて、魔法使いでも人気の仕事じゃありませんか」

 ナタリアがたずねる。リナリィはうーん、とうなった。

「よく分かんない、仕事中も箒で飛んでいいって言われて選んだだけだから。へへ、郵便の輸送量、あたしアルクスで一番なんだ……よっし、乾いた」

 夕焼け空の色をした髪をひとなでして、リナリィは走り出した。

「ありがと!じゃあ、行ってくる!」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい!まさか、その箒で仕事に行くつもりですの!?」

「うん、だってこれしかないし!だいじょうぶ、飛んでりゃだんだん慣れてくるって!」

 リナリィは、あっという間にプールから出ていって、あとには二人が残された。

 クロエは、大きなあくびを一つした。夜更け色の髪がサラサラとゆれる。

「リナリィの心配しても無意味だから。それより、お腹空いてない?昨日から何も食べてなくてさ、カフェテリア行くけど、一緒に行く?」

 ナタリアは、夜明け色のみごとな金髪を、思わずと掻きむしった。

「二人とも、少しは私の気も…!ああ、もう!……私も行きます、なんだか疲れましたわ」

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