第2話
次の日は朝からちょっとした事件が起きた。
マギ専には朝のホームルームなんてものはない。みんな1限目に間に合うように授業が行われる教室に入ると、めいめいに空いている席に座って授業の準備をする。
その日、ナタリアはいつもどおり1限目が始まる15分前に教室に入った。
「——あら?」
教室の一番うしろの窓際の席にリナリィが陣取って、そわそわと外を眺めていた。
「おはようございます」
「おはよう」
リナリィは、窓の外を見たまま答えた。
「いつも授業が始まる寸前に飛び込んでくるあなたが珍しいですわね」
「んー、やっぱり箒がないと落ち着かなくてさ」
ナタリアの方を向いたリナリィの目は、寝不足で真っ赤になっていた。
「でも、放課後までのガマンすればいいだけだから」
そう言うリナリィの頭は右へ左へ、ふらふら揺れている。
「やっぱちょっと寝る。何かあったら起こして」
しかし、リナリィのほんの少しの休息はあっという間に破られた。
「――教科書はしまってかまいません」
背の高い魔女が教室に入ってくるなり、生徒たちはおしゃべりを切り上げ、言われた通り教科書をかばんに突っ込んだ。
ほっそりした魔女はすたすたと机に歩み寄ると、眼鏡ごしに教室を見渡した。
「おはようございます。今日からあなた方に高等魔法学を教えるレイチェル・コールマンです。……ええ、そうです。担任だからといって採点が甘くなるなどと期待しないように」
「……あれ?」
もともと教科書を出してすらいなかったリナリィが目線を左右に動かした。
「ちょっと、なにをキョロキョロしているんですの」
「クロエいないじゃん。あいつどこ行ったんだよ」
ナタリアが返事より早く、リナリィはハーイと手を挙げた。
「せんせー!クロエは!?」
「クロエ・オーダーからは欠席届が出ています。私が許可しました」
「ずっけーあいつ!それならあたしにも教えてくれればいいのに」
「あなたはやることがないんだから、ちゃんと授業を受けなさい」
「じゃあ、今からでも私も欠席届で……!」
コールマン先生がリナリィの顔をじろりと見た。リナリィが大人しく席に座り直したのを見ると、杖を取り出した。小さな声で何かを唱え杖を振ると、コールマン先生の前に置かれていた机が浮き上がった。
「杖を振り、呪文を唱えれば魔法が起こる。――今まであなた方がマギ専で習い、練習してきた魔法を何というか、答えられる人はいますか?」
シーンと静まり返る教室で、ナタリアが手を挙げた。
「はい。
「その通りです、ドラゴミロフ」
コールマン先生がもう一度杖を振ると、机は音もなく元の場所に戻った。
「
コールマン先生は杖を置くと、何もない場所で足を上げた。
「この授業では、その先を学んでいただきます」
まるで見えない台座に乗るように、コールマン先生は空中に立った。
一段。また一段。
階段を登るようにコールマン先生は空中を歩き、いつの間にか天井近い高さまで上がっていた。教室の中を優雅に一周すると、コールマン先生は降りてきた。
みんなが口を開けてコールマン先生を見る中で、ナタリア一人が拍手を送った。
「——
次にコールマン先生は、二人組を作るように言った。リナリィは、となりのナタリアに椅子を近づける。
「
「あたしはもう決まってる!あたしの
「あれは
「なんだよ。ナタリアは自分の
リナリィが詰め寄ると、ナタリアは少しの間、リナリィから視線をそらした。そして、リナリィだけに見えるようにそっと右手を出した。
その手を見たリナリィはぎょっとした。
ナタリアの白かった手は真っ黒なウロコに覆われていた。それだけでなく、ふた周りも大きくなって節くれ立ち、ナイフのように鋭い爪がギラリと光っていた。
「“竜に変わる魔法”。ドラゴミロフ家の者に代々現れる
ナタリアは、怪物のようになった自分の手を見つめた。
「これが本当に私の、私だけの
ナタリアが腕を一振りすると、黒いウロコはすっと消えて、いつもの白い手に戻っていた。
「まあ、それを探すための授業なのですから、ゆっくりと考えることにしましょう」
ナタリアは、突然リナリィに顔を寄せ、ぐっと声を抑えた。
「ところで、昨日の忘れられた森で見た建物なんですけど、あのあと図書館で調べてみたんですの」
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