第7話 関門トンネル 門司港側

 母に、夜の外出がバレたのだ。


 あれは、暑くて暑くてたまらなかった夏が終わった頃のことだった。


 告げ口をしたのは近所のおばさんで、わたしが西高の男の子とコンビニにいる姿をよく見かけると言われてしまった。


 背が高くてよく似合う美男美女のふたりだったと言ったあたり、悪気はなかったのだと思うけど、彼女たちは何でもかんでも見たままを考えずに他者に口にする。


 相手の立場さえ考えないのだ。


 本当に嫌になる。


 東京だったら、高校生が夜に遊び歩いているのをよく見かけることなのに。


 だけど、そんなのはうちの母には通用しない。


 ヒステリックなんて言葉じゃ足りないほど、その日の彼女は怒り狂っていた。


 何を言われたか、何をされたか、覚えていない。


 泣き叫びながらいろんなものを投げてきたように思う。


 気付いたらわたしは無我夢中で薄暗いトンネルの中を走っていた。


 初めて見た母の形相が怖かったのもあるけど、想像よりも狭くて誰もいない関門トンネルの中は圧迫感があって、この世の中に自分しかいないような気がして、自分でも驚くほど大きな鼓動でいっぱいになった。


 運動不足のくせに走ったからだろうか、息がどんどん荒くなる。


 いつもセイが通っている道だと思っても動悸が早くなっていく。


 足元の表記が少しずつ変わっていき、線がひかれたこの先に『山口県 福岡県』と書かれているのを見た時、ついに県境まで来たのだとわかった。


 息が、苦しい。


 酸素を求めて一刻も早く地上へ上がりたい。


 でも、引き返すことはもう無理だ。


 もう戻りたくなかった。


 わたしは操り人形なのだから。


 今度こそ永遠に、永遠に母の言うとおりに生きていかないといけない。


 そう思うと、消えてしまいたくなった。




 関門トンネルを渡り切り、道の先に門司という言葉が見えた時、ようやくたどり着いたのだと息をついたら涙が溢れた。


 必死に呼吸を整え、母が追ってこないかだけを確認して、エレベーターを上がる。


 きっとこの先はあの優しい光に包まれるのだと信じていた。


 セイのいるあの世界に。


『……あっ』


 でも、そうではなかった。


 確かに、わたしがいつも見つめていた先は、もう少し右側に位置していた。


 一キロ弱でたどり着けそうな距離ではない。


 考えたらわかったことなのに。


 みもすそ川公園よりも真っ暗な場所に立ち、途方にくれた。


(……ど、どうしよう)


 わからない。わからない。


 どうしたらいいか、わからない。


 今、何時なのかどこへ向かえばいいのか、スマホを見ればすべては解決したのに、怖くて切った電源を付けることができなかったのは、鬼のような着信履歴で溢れているだろうことはわかり切っていたからだ。


 このままどうなってしまうのだろうか。


 そんな風に思いながら、しゃがみこんだら立てなくなってしまった。

 

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