第3話 静かな、作戦室で

「……ふぅ」


 扉を閉めた瞬間、全身の力が抜けそうになった。

 ミレイユは壁に背を預け、深く息を吐く。

 戦闘は終わった――けれど、影の男を仕留めることはできなかった。


 

「ミレイユ、怪我は?」

 リードが近づき、その瞳で彼女を射抜く。

 

「……かすり傷程度。昔の私なら、もっと上手くやれたのにね」

 

 自嘲気味に笑う声が、静かな部屋に落ちる。


(本当は、怖かった。

 でも……戦えた。それだけで、少し救われた気がする)


 そのとき、リードの手がそっと彼女の頬に触れた。


「……熱はないな。魔力酔いもなさそうだ」


「……ちょ、ちょっと、リード……!」


「黙ってろ。傷の確認だ」


 そう言いながらも、彼の指先はやけに優しい。

 鼓動がうるさくて、息が詰まりそうになる。


(やめて……そんな顔で見ないで。

 私、また――)


 

「……昔から、君は無茶をする」


 低い声に、過去の痛みが滲んでいた。


「無茶しなきゃ、守れない人がいるから」


「それでも――一人で背負うな」


 視線が絡む。

 言葉よりも多くを語る沈黙が、二人を包んだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……敵は“声”を狙ってる」

 ロジーナの声が通信越しに届く。


「どういう意味だ?」

 リードが問い返す。


「解析の結果――ハッカーは広報の全放送権限を掌握しようとしてる。

 ただの情報じゃない。世論を操作するための“象徴的な声”。

 そして、クレアはすでに拉致されたわ」


 ミレイユの顔色が変わった。


「……クレアを……!」


「港区の廃倉庫に転送痕跡。リード、あなたとミレイユで救出に向かって」


「了解」


 

 通信が切れる。

 静けさの中、ミレイユは震える手をぎゅっと握りしめた。


 

「リード……私、行くから」


「言われなくても連れて行く」


 

 彼の声は、低く、決意を帯びていた。


 

「……二度と、誰も失わない。絶対にだ」


 

 その誓いが、閉ざされた扉の中で、重く響いた。



 濡れた石畳を、二つの影が駆け抜ける。

 港区の外れ、朽ちた倉庫群。

 潮風と鉄錆の匂いが、夜の冷気に混じっていた。



「ここで間違いない」

 リードが低く呟く。

 指先の魔導羅針が、倉庫のひとつを赤く示していた。


 

「……クレア、無事でいて」


 


 ミレイユは魔導端末を握りしめ、深呼吸した。

 手の中の端末が震えるのは、冷えのせいじゃない。


 


「――行くぞ」


 


 二人は無言で頷き、錆びついた扉を押し開けた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 倉庫の中は暗闇に沈んでいた。

 ただ、中央の魔導陣だけが、不気味な青白い光を放っている。

 その中心――クレアが椅子に縛られていた。



「……クレア!」

 


 駆け寄ろうとした瞬間――。

 床一面に走る光の紋様が、赤く反転した。


 

「――っ!」


「罠だ、下がれ!」


 リードが剣を抜くのと同時に、倉庫全体を覆う結界が閉ざされた。

 扉は自動で錠を下ろし、壁の符が淡く輝き出す。


「歓迎するよ、“声”の持ち主」


 暗闇から現れたのは、漆黒の仮面をつけた男だった。

 鎖のような魔導コードが腕に絡みつき、微かな魔力の音を立てている。

 

「……あんたが、あの影の男……」


「いや、影の一つにすぎない。だが――君に伝えることは山ほどある、ミレイユ・フローレンス」


 その名を呼ばれ、ミレイユの心臓が跳ねた。


「どうして、私の名前を――?」


「“あの夜”の真実を、知りたくはないか?」


 仮面の奥で、男の唇が嗤う。

 そして、静かに、残酷な言葉を落とした。


「君の声を奪ったのは――君の味方だった人間だ」


「――リード!」


 鎖の一閃が空気を裂いた。

 リードは剣を振り抜き、火花とともに受け止める。

 だが、その鎖は金属ではない――コードに魔導式を編み込んだ、半生体の武器。


「やっかいだな……」

 低く呟き、リードは後退。

 床に刻まれた封鎖陣が、逃げ場を奪っていた。


「諦めろ。ここは“虚式牢”。 ――内部からは干渉できない」

 仮面の男の声が、冷たい夜に響く。


「じゃあ、破ればいい」

 リードが剣を構え、蒼白の光をまとわせる。

 同時に、鎖が生き物のようにうねり、彼に襲いかかった。


ガギィィン!

 剣と鎖が衝突し、魔力の火花が散る。

 リードが斬り伏せても、鎖は裂けず、逆に分裂して襲いかかってくる。


「……面倒な……!」

「リード! これは幻術よ……解除すれば消えるわ」

 そういうと、魔導端末から簡単な幻術解除のスペルを取り出し、唱える――。

 一瞬で鎖は消え失せ、仮面の男も姿を消した。

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