四章 新たな、火種
第1話 終わりの始まり
翌朝、広報課の端末室には珍しく“静寂”があった。
ざわつく迷宮の速報や、準備に追われる朝の喧騒も、ここには届かない。
「ここなら、記録を壊さずに扱える。遮断領域だから、外部アクセスの心配もない」
フランはそう言って、慎重に旧端末の魔導コアを解析台に置いた。
彼女の手元で、魔導式ツールが細かく振動している。
「ロジーナさんの指示で“干渉ログ”を抽出してるけど、これ……けっこう改ざんされてる」
「どのくらい?」
「“事故の夜以降の記録”、約3日分が完全に消去。
しかも、“消えた形跡”そのものも削られてる。
つまり、“消されたこと自体を隠された”ってことだよ」
ミレイユは背筋に寒気を覚えた。
事故の直後の記憶――血の匂いと、リードの背中。
回復の魔法が届かなかった瞬間。
震える手。叫び。……でも、リードは生きていた。あのとき、確かに。
(その“事実”が、なぜか誰にも伝わらなかった……)
ロジーナが壁に張られた魔導スクリーンに手をかざし、複数のファイルを開く。
「これ、“同時期の広報ログ”。ここにも、“あるべきものがごっそり抜けてる”」
映像には、広報課の放送端末がずらりと並んでいる。
――そのうち、いくつかの録画データが、ぽっかりと“黒く抜け落ちて”いた。
「これは……一斉に、データが消された?」
「ええ。手口としては、“上書きではなく回避”。記録が生成される前に、“入力そのものを止める”ような魔術式。かなり高度よ」
「そんなこと、できる人……」
ミレイユが言いかけたとき、ロジーナが一枚のデータを操作した。
表示されたのは、事故当夜のログイン記録。
“22時41分、事故発生。
22時45分、救助要請の魔導信号発信。
22時46分、緊急広報ログイン――ID:G-04 レヴァント”
「……レヴァント?」
「ギルド上級広報官の名前。現在は“顧問扱い”で表に出てこないけど……当時、事故当夜に“唯一”アクセス権を持っていた人物」
「でも、ログインの後は?」
「“記録なし”。そこから3分間、広報端末の反応が途絶えてる。……たった3分。けど、その間に“すべて”が書き換えられた」
沈黙が、重く落ちる。
「私の……ミスで事故を招いたと思ってた。ずっと。
でも、そもそも、“ミスがあった”って情報自体が、正しかったのかどうかも――」
「ねえ、ミレイユ」
ロジーナの声が、やや静かに、けれど真っ直ぐに届いた。
「その夜のこと、どこまで覚えてる?」
「……断片だけ。リードが倒れて、私……回復魔法、発動できなかった」
「なぜ?」
「――怖くて」
ロジーナの表情が、わずかに揺れる。
ミレイユは、搾り出すように続けた。
「魔力の震えで、術式が暴走しそうだった。……“誰かの声”が頭の中で、止めろって言ってた。
私が回復すれば、みんな助かる。でも、その時……私だけ、動けなかったんです」
「それでも、リードは戻ってきた。なら、あなたは“止めたんじゃない”。“止められた”のよ、外側から」
「……!」
「ミレイユ。あなたがギルドの広報に戻った理由、それは“誰かの声を消させないため”だったはず」
ロジーナは、ゆっくりと立ち上がった。
端末の光が、彼女の長い影を壁に落とす。
「過去を“思い出す”だけじゃダメ。
“思い出させる”必要があるわ。
あなたが見たもの、誰かが握り潰した記録。それを、今のギルドに突きつけるのよ」
ミレイユは、胸の奥にあった迷いが少しずつ形を変えていくのを感じた。
かつて自分が果たせなかった“声を届ける役目”――
それを、今度こそ。
「……ロジーナさん。やります。わたし、ちゃんと向き合ってみます」
「いい顔になったわね」
ロジーナがわずかに微笑む。
その直後――部屋の扉が勢いよく開いた。
「大変ニャー!! 今朝の放送が“勝手に差し替えられてた”ニャ!」
ケモ助が部屋に飛び込んできた。
「クレアの発表じゃなくて、3年前の“事故報告”が、堂々と放送されてたニャ! しかも、映像付きで!」
「……!」
「誰かが、“広報を使って過去を暴露した”ってことか?」
フランの声に、誰もが一瞬、息を呑む。
過去は掘り起こされた――けれど、それを“誰かが利用している”。
そしてミレイユは、確信した。
これはただの過去の精算ではない。何かが、“始まった”のだ――。
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