第2話 ――ロジーナの眼と、記録の亡霊

「ミレイユ。これ、見て」


 ロジーナがモニターに浮かんだ文字列を指差す。

 古い、焼けたようなログファイルの断片。解析中の進捗バーが、じわじわと伸びている。


 その隣に表示されたのは――音声データ。


 

  《リード=ヴァレンタイン……第六層……転送……》

  《回復不能……救助要請……未送信……記録不備……》


 

 ノイズ混じりの声は、何年も前に途絶えたはずの“あの夜”を、現実に引き戻してくる。



「……やっぱり、あの事故の記録?」


「ええ。けど問題は、これが“非公開扱い”だったってこと。通常の救助ログにも、報告にも、このファイルは存在していない」


 

 ロジーナは淡々と告げる。

 声の調子はいつもと変わらない。

 けれど、その目だけが静かに研ぎ澄まされていた。



「これ、当時の放送端末に残されていた記録。つまり、“本来なら広報に届くはずだった”救助要請よ。何者かの手で、途中で止められた可能性がある」


「止めたって……どうして?」


「理由はわからない。でも、偶然じゃないのは確か。だって、今――」



 ロジーナは端末に別のファイルを表示した。

 それは、昨日の“情報改ざん事件”で使われた魔導波コードの断片だった。


 

「このコード、部分的に“旧端末と同じ暗号体系”を使ってる」


「……つまり、同一人物が?」


「断定はできない。でも、“当時の内部構造を知っていた誰か”が、今も動いてると考えるのが自然」


 ミレイユは、知らず知らずに手を強く握っていた。


「じゃあ……あの事故は、本当にただの事故じゃ……」


「そう。少なくとも、“そうなるように仕組まれた可能性”はある」

 

 ロジーナの視線がまっすぐミレイユをとらえる。


「あなたのせいじゃない、ミレイユ。

 ……けど、あなたが広報である以上、“真実から目をそらす”のも、違うわよね」


「……!」


 

 その言葉は、胸に刺さるようでいて、温かかった。

 厳しいけれど、否定ではない。

 真実を見つめるための言葉だった。


 

「私は……知りたい。ちゃんと、知りたいんです。

 “あの夜”、本当は何があったのか」


「その意志があれば、十分よ。あとは、私たちが動けばいい」


 ロジーナは小さく微笑むと、眼鏡のブリッジを押し上げて立ち上がる。


「まずは、この端末の完全解析。そして……もう一度、昨日の“偽放送”の流入経路を洗うわ」


 広報課の中に、小さな決意の灯がともる。


 過去の亡霊に、ただ怯えるのではなく。

 その手で、真実を掘り起こすために。


 

◆ ◆ ◆


 

 ――その夜。


 眠る広報課の片隅で。

 ベレー帽の影から、小さな影がひょっこり顔を出す。


「……あの古い記録……やっぱり“抜けてるニャ”……」


 パスカルは旧端末の魔導核をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。


「これ、全部覚えてるはずだったニャ……でも、何かが、足りないニャ……」



 彼の金属の耳が、ピクリと動いた。


 ……そして、どこかから小さく“ログイン認証”の音が聞こえた。

 


「……誰か、また入ってきてるニャ。

 しかも、ギルドの端末じゃない、外部アクセスニャ……」


 

 パスカルの瞳が、赤く光を灯す。


 ――異変は、まだ終わっていなかった。

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