SS ささやいてよ、オオカミさん

森上サナオ

第1話 オオカミさんは長さが知りたい

朝陽あさひあさひ、コレ見ろ」


 オオカミさんが壁に張ってあるポスターを指さして僕を呼んだ。

 

 僕らが通う若宮高校のすぐ南側。韮崎にらさき駅の前にあるショッピングモール(というにはやや生活感が強いけど)、ライフガーデンの一角で、オオカミさんが僕を引き留めた。

 オオカミさんの妹である大神おおかみかなでちゃんと、オオカミさんの間に刻まれてしまった確執を解消する『対奏ちゃん用最強音声作品』の制作のため、ここ最近、オオカミさんはほぼ毎日、放課後は僕の家に来ていた。

 もちろん今日もその予定だ。でも電車まで少し時間があったから、ふたりでライフガーデンの書店に立ち寄ることにしたのだ。

 オオカミさんが僕を呼び止めたのは、本屋のテナントが入っている二階に登る階段の手前だった。

 

「……なんですか、これ」


 オオカミさんが立ち止まったのは、西松屋……つまり子供服専門店の店先だ。そこに貼られたポスターを彼女が指さしている。

 小学生くらいの女の子が、車の後部座席に座っている写真だった。後部座席というか、チャイルドシートだ。


 そしてポスターの文言は、

「身長150センチ以下は、小学生でもチャイルドシートの使用を!」


 なるほどねぇ、交通安全の意識を高めるのはいいことだと思います。


 …………嫌な予感がする。


「オオカミさん?」


 なぜ僕をジッと見るんです?


「朝陽、身長何センチ?」

「……500メートルです、ちょっ、なにす――なんでメジャー持ってるんですかっ!?」


 プロバスケ選手のディフェンスもかくやというプレッシャーをかけ僕を壁際に押しやったオオカミさんが、ポケットから巻き取り式のメジャーを取り出した。


「ホントは何センチ?」

「……ひゃく、ひゃくごじゅうご……」

「動くな」

「ひぃっ」


 ごすん、と頭のてっぺんに国語便覧を載せられた。たっぷり1センチはある分厚い資料集だ。底を僕の頭に、背表紙を壁に当て、垂直を確認する。


「ちょっとこれ持ってろ」


 僕は言われるがまま、頭の上で国語便覧を両手で挟んで固定する。見なくても分かる。今の僕は相当まぬけな格好をしている。

 オオカミさんがメジャーを伸ばして僕の踵から国語便覧の角までを図る。測量技師みたいな目つきでメジャーの目盛りを読んだオオカミさんが、「ふぅ~ん?」と口元をイジワルな感じに吊り上げた。


「あたしの目に狂いがねェなら、155センチにはずいぶん足りねェように見えンなぁ?」

「……朝、起きた直後に測るとそのくらいあるんです」

「つーか朝陽。お前の靴けっこう底分厚いな?」


 なッ!? し、しま……っ!!

 シャッ、と短く収納したメジャーの先端で、ぺちぺちと僕のほっぺたを叩く。


「ホントは何センチ?」

「ひゃくご、」


 突然、オオカミさんの顔が間近に迫った。

 頬にうっすらオオカミさんの体温が感じられるくらいに。ほんのり甘い香りがする。

 北欧フィンランドの血が流れるオオカミさんの、雪原みたいに綺麗な銀色の髪が視界を埋め尽くす。


「何センチ? おしえて……?」


 耳もとに口を寄せて、オオカミさんがささやいた。背筋がゾクゾクして、気がついたら本当の数字を口にしていた。


「149せんちです……」

「ふふ♡ ホントのこと言えてえらいね……♡」


 無声音ささやきで脳をなでなでされ、僕のセキュリティプロテクトはガバガバにされてしまった。なんて恐ろしい声。


「朝陽のかわいい数字、教えてくれてありがと♡」

「はひ……」


 そこですこし、オオカミさんの声がトーンを下げる。チラッと視線を上げると、オオカミさんの目元にわずかな陰りがあった。


「気にしてたら、ごめん。嫌なこと、むりやり言わせて……」

「いや、それは……」


 これがオオカミさんじゃなくて、大して親しくもない相手だったら、正直嫌だった。身長のことは僕のコンプレックスだったし。でも、


「……オオカミさんに知ってもらうのは、嫌じゃないです」


 僕の言葉に、オオカミさんが目を見開く。それからゆっくりと、目を細めて、微笑む。


「そっか……♡ うれし」


 嬉しさがとろりとこぼれそうな微笑みをゼロ距離で見せられて、僕の心臓が跳び上がる。


「ちなみにあたしは、身長174センチ」


 スン、と冷静になった。……でっか。

 オオカミさんも、ハタ、と表情を変えて僕から顔を離す。


「……149センチ?」


 オオカミさんがポスターを見る。釣られて僕も見る。笑顔の女の子と目が合う。


 身長150センチ以下は、小学生でもチャイルドシートの使用を!

 

「チャイルドシート要るじゃねーか! オイ買ってくぞ!」


 西松屋にズンズン入っていくオオカミさんのリュックにしがみついた。


「僕は小学生じゃないですッ!!」

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