止まない雨
影井零side
俺はあの日、花音に弱さを見せてしまった。
自分の過去を伝えなければ今後の任務に支障をきたすと思ったから。
というのは建前だ。
誰かに聞いてほしかった。
あいつの人を想う素晴らしさを知って欲しかった。
あの日俺は花音につい『好きだ』と言ってしまった。
花音もそれっぽいことを言っていたが、交際を始めたわけではない。
今までと何も変わらない関係、ペアでいる。
向こうから何かを言われたわけでは無いし、ペアという肩書からわざわざ名前を変える必要もないと思った。
「零、ちょっと来て」
そう言って連れられたのは屋上だった。
「放課後の屋上って少女漫画の王道告白スポットじゃん?」
「知るか」
フェンス越しに見える太陽が俺達を照らす。
「この前、好きって言ってくれたじゃん?あの日から色々考えてみたの」
恥ずかしい話を持ち出して来た。
「私、多分零の事好きなの。零は肩書にこだわらないタイプだと思うからこのままでいいとか言いそうだけど、女の子としては恋人になりたいなーなんて思ってます。どうかな?」
これは演技でも何でもない、本音だと感じた。
この小さな体を守れるならばどんな関係だっていい。
花音が望むのならば恋人になろう。
「良いんじゃねぇの」
気の利いた言葉も言えないような男で花音は良かったのだろうか。
人とのコミュニケーションは苦手で、感情もほとんど顔に出さない。
そんな人間を好きでいていいのだろうか。
「恋人になるにあたって、一つだけ約束してほしいことがあるの」
綺麗な手で俺の手を掴んだ。
そして綺麗な瞳に吸い込まれていった。
「全部話してとは言わないけど、不安なこととか言って。隠し事無し!ってくらいなんでも言って欲しいの。零のことは何でも知りたい」
その瞳に頷く以外の方法があるのならば教えて欲しい。
目を見て嘘をつけばバレてしまう、そんな気がした。
「零は何か言いたいこと、ある?」
「…本当に俺でいいのか?取柄も無ければ普通の生活なんて送らせてあげれない」
時々不安になる。
また俺が大切にした人が消えてしまうのではないかと嫌になる。
辛い思いをするくらいならそんな相手を作らない方が良いに決まっている。
それでも感情というのは厄介で花音に惚れてしまった。
「よし、じゃあパソコン室行こう」
俺の手を引いて校内を歩く花音。
周りから見て、俺達は今どんな関係に見えているのだろう。
兄弟?クラスメイト?ペア?恋人?双子?
考えればこの世にある人の関係というのは計り知れないほどある。
その中で俺達は恋人を選んだ。
パソコン室で猪俣誠也について徹底的に調べた。
だが、誠也の生存の記録はどこにもなく死亡届も出されていなかった。
「んー、例えば誠也さんの小学校の記録とかから友達を割り出すのは?」
こいつには驚かされることがたくさんある。
「もし誠也さんを知ってる人がいれば話を聞けるかも」
俺はパソコン上で解決しようとしているのに対して人を介して解決しようとしている花音。
これが俺達の大きな違いだろう。
「第三ヤマト小学校出身…。検索する」
小学校を特定し、まずは学園の生徒で同じ人はいないか調べたところ、一人だけ引っかかった。
「宮天音。二年B組だ」
「交渉術は任せて!早速行こう」
朝の部活を終えた生徒や、今登校してきた生徒で教室の前の廊下は賑わっていた。
その中から俺達は宮天音を探し始めた。
「あの人じゃない?」
教室の隅で勉強をしている生徒がいた。
俺と同じように人の輪から離れた場所を好む人間なのか、その周りには誰もいない。
「あの、宮天音さんですよね?私、朝比奈花音です」
シャーペンを動かしていた手を止めて花音を見上げた。
「聞きたいことがあってよかったらお昼、一緒に食べませんか?」
珍しいものを見るかのようにその顔は輝いていた。
「いいんですか?僕とお昼ご飯なんて食べてもらって」
「天音さんさえよければ!あ、後そこにいる零も同席させてほしいの。ダメかな?」
俺を指差す花音と目が合った。
「全然大丈夫です。…嬉しい」
独特な雰囲気を持つ宮天音に警戒しつつも昼飯の時間を迎えた。
「気を許し過ぎるな。警戒はしてろ」
花音にそう言ったがどこまでを理解しているのかは分からなかった。
万が一何かあった時は俺の行動にかかっている。
扉をノックする音が聞こえ、宮天音が現れた。
「来てくれてありがとう」
「こ、こちらこそ」
ゆっくりと俺の前に座った宮天音は弁当を持っていた。
「じゃあ食べながら話そう」
そう言った俺たちの手元にあるのはコンビニで買ったおにぎり。
宮天音はきっと普通の家庭で幸せに生きている人なんだと強く実感した。
「誰がお弁当作ってるの?すごいね!」
弁当箱の中身を宝石が入っているのかと勘違いさせるほど花音の目は輝いていた。
「自分で作ってるんです。簡単なものしか入ってませんよ」
謙遜する宮天音は少し微笑んだ。
「今日聞きたいことって言うのは猪俣誠也って人の話」
米を口に入れながら話を聞く宮天音はやはり誠也を知っているらしい。
「知ってるのか?」
俺の問いに軽く頷いた。
「仲がいいってわけじゃなかったけど小学校までは一緒でした。中学に上がったらなぜかいなかったのでそれ以降、会ったことはありません」
誠也はなぜ突然、俺達と同じようにこちら側に来たのだろうか。
「死んだって話、聞いたことある?」
花音の問いに驚いた顔をした。
そして、首を横に振った。
「猪俣さんは生きてますよ。…ほら」
俺らを不思議そうな顔で見ながらスマホを差し出した。
小さな地元の雑誌に『川から子供を助けた高校生』と書かれていた。
一カ月ほど前、近くの川で遊んでいた小学生が川に落ちてしまったらしい。
偶然通りかかった誠也は助けて、二人とも無事だったと記されていた。
名前は出されていなかったが横顔があいつだった。
「これ、小学校の同級生が回してて。さすが誠也だって、ヒーローだなって話してました」
これが確実な情報かどうかも分からないのに視界が霞む。
目頭が熱くなり、鼻が少し痛い。
「…生きてたのか」
隣で泣きたそうにしている花音が目に入った。
ここで弱さを見せてはいけないと思って、俺は廊下にでた。
誠也が生きているかもしれない。
それにつながる大きな手掛かりを手繰り寄せた。
生きているのならばその伝言を受け取ろう。
面と向かってぶつかって、俺が止めてやる。
俺のことを理解しようと努めてくれた花音のように上手くできるかは分からない。
だが、あいつに聞きたいことはたくさんある。
伝えたいこともたくさんある。
心を殺し続けた俺はいつぶりに自分の涙に触れただろう。
こんなことをしてはいけないのに涙は流れ続けた。
拭っても拭ってもきりがない。
「クソ…止まれよ」
壁にもたれながら必死に顔を隠していると誰かに抱きしめられた。
その瞬間、さらに涙が溢れた。
「花音…」
顔を見なくても誰の体温かすぐにわかる。
「零が大切な人を失ってなくて良かった」
震える声に俺は頷いた。
「泣くの我慢しなくていいんだよ。その弱さは人間が捨てちゃダメなものだから」
こんなド素人に何も分からない。
だけどその言葉は俺の存在を肯定してくれるものだった。
「今は泣いて。今度、たくさん笑おう」
子供のころから感情は捨てて生きてきた。
痛い、怖い、楽しい、面白い。
どれも全て封印してきた。
しかし花音がその呪いを解き放った。
「俺、嬉しい。あいつがどんな形でも生きてて俺の事を覚えてくれていることが嬉しい」
人にこんな風に感情を見せたのは初めての事だった。
「話を聞きたい。あいつの口から直接」
一体何があったのか、聞かなくてはいけない。
俺達が生きているしょうもない世界にも光は存在する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます