18

 ルノはマジでジジを引きずってきた。

 おんぶしたらええやんって思ったけど、ルノが半ギレやったから黙ってた。ジジに何を言われたんか知らんけど、腕を肩に回して痛いって大騒ぎしてるジジを引きずってた。

 ここの仕事上、会議室はいっぱいあるんやけど、二階の食堂横に三つ並んだ会議室のうちの真ん中、会議室Bを使う事になった。隣りのAの方はまだラモとコンドルが使ってるからや。

 念のため、ルノとジジにはあらかじめ、ジャンヌちゃんにも話してもいいって伝えた。でも内容が内容やから、二人が聞いてから決めた方がええって言うた。ルノは不満そうやったけど、ジジはそれで納得した。

 会議室にはルノとジジに、ゆりちゃんも来た。あと、この兄弟にケンカされたら困るからって、ヴィヴィアンにもお願いして同席してもらった。ルノは嫌そうやったけど、ヴィヴィアンも全部知ってるって言うたら黙った。

 ゆりちゃんもミランダの事までは知らんから、多分全部知っててここにいてるのはオレとヴィヴィアンだけって事になる。

 念のために、ゆりちゃんには議事録を作ってもらう事にした。普段やったらオレが自分で作るんやけど、今日はそんなんせんとルノと話したかった。だから、オレはこの会議室にパソコンを持ってきてない。それだけ大事な話やって思ってる。邪魔がなかったらええんやけど。

「最初に、全部黙っててごめん。ルノにもジジにも伝えんかったのは、ミランダが二人の両親を殺して、ジャンヌちゃんを撃ったからや」

 ジジは目を見開いて、なんやてって、こっちを睨んだ。ケガのせいで立ち上がられへんみたいやったから、このまま話し合いは続けられそうや。よかった。

「まず、ミランダはフランス語が分かるらしいんよ」

 ミランダの名前が出たとたん、ルノの顔色が悪くなった。俯いて、ちょっとしんどそうな顔をする。やっぱりまだ聞かせるのは早い気がするけど、もう黙ってる訳にもいかん。

 反対にジジはめちゃくちゃイライラしてるみたいやった。

「ミランダはフランスでルノにお酒を飲ませて、酔っ払ったところを狙って聞き出したって言うてた。ルノはなんか覚えてる?」

「なにそれ。知らん」

 ジジがルノを睨みつける。

「虫が怖いって事も、家に人がいてる時間帯も、全部本人から聞いたってミランダは言うてる」

「そんなん知らん。俺、そんなん話した覚えない」

 ホンマになんも知らんみたいや。

 真っ青な顔して、泣きそうになりながらジジを見る。ジジにめちゃくちゃ怖い顔で睨まれて怯えてた。

「ミランダは、ルノがオルセー美術館の前でパトカーを燃やした事があるって言うてたけど、それはホンマなん?」

 ジジが俺を見る。

「それはパリの人間やったらみんな知ってんで」

「じゃあ小学校いっぱいクビになって、マリファナ売ってたっていうのは?」

「誰でも知ってるって訳やないけど、結構有名やで。みんな知らんの?」

「少なくとも、オレは警察にマークされてた事しか知らんかったで」

 泣きそうな顔をして座ってるルノを、ジジはちらっと見た。それから座り直すとこっちを見つめた。

「ルノとジャメルはパリでも有名な不良やねん。このアホ、パリの悪魔なんてアホな呼ばれ方してたんよ」

 パリの悪魔って、ミランダはそんな事は言うてなかった。

 ゆりちゃんの方を見たけど、やっぱりゆりちゃんも知らんかったみたい。ぽかんとした顔でルノの事を見てた。

「こいつは中学の頃には酒飲んだりタバコ吸ったりしてて、学校でマリファナ売って停学になったりしてるんよ。親が帰ってけぇへんかったから、うちが代わりに何回も学校行ったから確かやで」

 ジジは自信満々な顔をしてたけど、ルノは俯いたまま黙ってた。

 言い返して来ぉへんって事は、ホンマの事なんやと思う。

 タバコを吸ってる以外は、割と普通に見えるから忘れてた。それに最近はオレの横にくっついて寂しそうな顔をしてたんやもん。今は一人で寝られへんけど、元は凄い不良やったんや。

「いつもジャメルと一緒やった筈やから、疑うんやったらアイツに聞いて。パトカーの時もジャメルが一緒にポリ公殴ってる筈や」

 ジジはそれからルノの事を見た。

「お前、飲む時はいっつもジャメルと一緒やったんちゃうん?」

「多分。でもアイツもそんな前の事は覚えてへんと思う」

 ボロボロ泣き出したルノに、オレは目の前にあったティッシュの箱を渡した。

 ルノはそれで鼻をかむと、両手で顔を覆った。苦しそうにしてるから、ジジが急に心配そうな顔をした。

「じゃあ全部俺のせいなん?」

 小さい声で、ルノは言うた。

「ちゃうよ。殺したミランダが全部悪い。ルノは利用されただけやで」

 オレはそう答えると、どうしようか悩んだ。

 ジジはちょっとイライラ様子でルノの事を見てるし、このまま話して大丈夫やろか。ルノはしんどそうに肩で息をしてて、酷く泣いてる。

「ジジは、ミランダが殺しに来た日の事、覚えてる?」

 ヴィヴィアンが優しい顔でジジに尋ねた。

 ジジはちょっと悩んだような顔をして、ゆっくりルノの方を見た。

「覚えてる。あんまり背の高くない黒づくめの女が、なんも言わんとおとんとおかんを撃ち殺した。その後、ジャンヌを撃ってん」

「三人をやってる時間があったから、うちは近づく事が出来た。でもその女をぶちのめしたら、複数人に囲まれて、ジャンヌと一緒に家から連れ出された」

 ジジは悲しそうな顔をした。

「ケイティさんに、ジャンヌを死なせたくなかったらいう事をきけって脅された。そっからは前に話した通りや」

 つらそうに息をしてるルノを見て、ジジはその背中をさすった。ぐしゃぐしゃの顔をしたルノは、下を向いたまま静かに泣いてた。いつもは割とすぐに落ち着くのに、今日はずっとしんどそうに泣いたままや。

 ちょっと悩んだけど、オレは立ち上がってルノの横まで行った。そこにしゃがんで、ルノの顔を見上げる。

「ちょっと休憩しよか」

 ルノは首を横に振った。

 めちゃくちゃしんどそうにしてんのに、最後までこの話をしたいらしい。無理してるのは分かってるけど、ルノは強情やし聞かんやろな。

 オレはルノの横に座ると、ジジと一緒に背中をさすった。

「今回、ルノに頭を染めてって言うたんは、ルノとジジを死んだ事にしたかったからやねん」

 様子を見ながらゆっくり話した。

「コンドルが裏切ってたやろ? だからコンドルのパソコンを調べてたら、たまたまデスクにマイクが仕込まれてたのを見つけた」

 ルノはちょっとだけ落ち着いたんか、普通に呼吸を始めた。でもまだ苦しそうな顔をしてる。

 大丈夫かなと思いながら、話を続けた。

「ルノとジジの音声を作って、任務中に死んだ事にしてマイクに向かって流した。だから、ルノには支部やなくて、家におってってお願いしてん」

「なんで姉ちゃんは外に出られたん?」

「だってルノは髪の毛染めてくれんかったし、一人で寝られへんようになってもたやんか」

 ルノはそこでまた涙をボロボロこぼした。自分の手で顔を拭きながら、つらそうな顔をする。

「ジジが、ルノをおとりにしたくないって言うたからやで。ゆりちゃんもルノの事、そっとしといたろって言うから、ルノに黙ってた」

 ルノは顔を上げるとゆりちゃんを見た。

 ゆりちゃんはにこっと笑うと、友達やろって優しく言うた。

「でもそれやったらゆりが危ない目に遭ったんちゃうん?」

「ジジが守ってくれたよ」

 ゆりちゃんは満面の笑みで答えた。

「体張って、うちの事守ってくれた」

「それで姉ちゃん、撃たれたん?」

「そうやで」

 ジジはちょっと落ち着いた顔をしてて、ルノの事を優しい顔して覗き込んでた。きっとジジかて泣きたかった筈やと思う。でも優しく笑ってルノの顔を見つめてる。

「でも黙ってたせいで、ルノにしんどい思いさせてごめんな」

 ルノは乱暴に顔を拭うと、こっちを見た。

「言うてくれたら、逃げたりせんかったのに」

 ヴィヴィアンがめちゃくちゃ疑ってるみたい。ルノの事をじっと眺める。でもなんも言わんかった。黙ってジロジロルノの事を見てる。

 よかった。この中で一番年上なんやから、流石にそこは大人らしくしててくれな困る。

「せやんな。寮の部屋は家よりなんもなかったから、めちゃくちゃしんどかったやろ?」

「寮って?」

「あそこ、元はジェームスの住んでた寮の部屋やねん」

「そうやで。うち、一時期あそこに住み着いてたんやから」

 ヴィヴィアンはそう笑った。

 多分、オレしか知らんのちゃうかな。ヴィヴィアンがジェームスの家に住み着いて出て行かへんって、相談されたんオレだけやったみたいやし。

 ジジが不思議そうにヴィヴィアンを見てる。

「あの狭いところに二人で?」

「まあ寝れん事はないで。普段は支部の仮眠室におったし」

 ヴィヴィアンはちょっとだけ懐かしそうな顔をして微笑んだ。

 オレが知ってる限り、ジェームスは鬱陶しがってたんやけどな。狭くて嫌やったから結婚してあげたって言うてたけど、ホンマはちゃうんかな。後で詳しく聞いてみよ。

 ルノはオレの顔をじっと見ると、鼻水をすすった。

「ルノが脱走したって、ジェーン達が誰にも報告せんかったから、家に乗り込んできたみたいなんよ」

「だからヴィヴィアンキレたん?」

「せや。逃げんなって脅したつもりやったけど、ルノにまだ逃げる根性があるとは思わんかったわ」

 ヴィヴィアンは満面の笑みでそう答えた。

「ルノ、他に聞きたい事ある?」

 オレは出来るだけ優しく尋ねた。

 まだしんどそうな顔をしてたルノは、首を横に振った。もう隠すつもりはなかったから、何をいつ聞かれても話すつもりやで。でも話し忘れた事はないか、ちょっと心配になった。

 ゆりが顔を上げた。

「逆に質問してもいい?」

 ルノもジジも顔を上げた。

「パリの悪魔って、マジで?」

 思いっきり吹き出したジジとヴィヴィアンを、ルノがちょっと嫌そうに見る。

「ホンマやで。ル・ディアブル・デ・パリスって呼ばれてた」

 ジジが大笑いしながら答えた。

「笑わんでもええやんか」

 ムッとしたルノに、ジジはめちゃくちゃ笑いながら背中を叩いた。

「小悪魔の間違いやと思うけどな」

「悪魔やボケ」

 それを見てたゆりちゃんも笑い出した。

「どこが悪魔なん? パリのおかんの間違いやろ」

 流石に我慢出来んくてオレも笑った。だって、よりによって、おかんやで? おかんって、確かにその通りすぎて止まらんかった。仮に悪魔やったとしても、エプロンつけてご飯を作ってる悪魔ってどうなん? 似合わんねんもん。やっぱりおかんやと思う。

 ルノだけがちょっとムッとした顔したまま、普通に座ってる。

「俺はそれ、気に入ってんねんけど」

 正直、パリの悪魔って言われてもピンとけぇへん。おかんって言われた方が分かる。一緒に住んでた時も、やっぱりルノはおかんやなって思う時がいっぱいあったんやもん。

「それ、ジャンヌちゃんも知ってんの?」

「当たり前やんか」

 ルノはぷいっとそっぽを向くと、恥ずかしそうに赤くなった。

「なんでパトカー燃やしたん?」

「警察に追っかけられてたんや。あの時はポリがしつこかったから、ムカついたの」

「ムカついたらパトカー燃やすんか? 信じられへん」

「いや酔ってたし」

 ちょっと何を言うてんのか分からん。

 どんなに酔っ払ってても、パトカー燃やそうとは思わへんやろ。今まで、何回か飲んだ事あるけど、少なくともオレはパトカーに火をつけようなんて思った事ないで。酒癖の悪いヴィヴィアンやったらやりかねんけど。

 ルノって、そんなふうには見えへんねんけどな。

「それっていつなん?」

「中学や。ジャメルと二人で悪さばっかりしとったんやから」

 ジジは楽しそうに笑った。

 ゆりちゃんは面白そうに、ルノの顔を眺める。ニヤニヤしながらへーって言うから、ルノはますます赤くなった。

「誰だってそういう事したくなるやろ?」

 ルノはゆりちゃんの方に向かって言うた。

「少なくともうちはない」

 きっぱり言い切ると、ゆりちゃんはすっきりした顔で深呼吸した。笑いすぎて泣いてたらしい。目をこすった。笑った笑ったって言うと、パソコンを軽く閉じた。

 ルノももう泣いてないみたいやし、ホッとした。

「ここ、もうちょっと使っててもええ?」

 ジジに聞かれたから、オレはもちろんって答えた。家族で大事な話をするんやろし、邪魔かと思ってオレは立ち上がった。

 ゆりちゃんもヴィヴィアンもそうやったらしい。

「じゃあ解散。昼からミランダと話そうと思うから、ルノはその時また一緒に来てくれる?」

「分かった」

 恥ずかしそうなルノは、こっちを見もせんと答えた。

 ホンマに分かってんかなと思いながら、オレはドアを開けた。


 昼から、ルノを連れてガレージに行った。

 正しくはガレージの横にあるマジックミラーになってる部屋の方。ガレージ側に入れるようにはなってないんやけど、壁一面がマジックミラーになってんねん。

 普段は使われてないから完全な物置状態。今も古い備品が積んであったりする。でもルノが座るだけやし、片付けはしてないままや。ちょっと埃っぽいけど、小さいテーブルとパイプ椅子だけは使える状態になってる。

 マジックミラーの向こうには、普段車を止めてあったりするんよ。でもここ最近はそれを外に出してあって、ミランダを椅子に縛り付けて座らせている。

 ルノはめちゃくちゃ不安そうな顔をして、ガタガタ震えながら椅子に座った。

 ホンマはオレ、向こう側に行かんなあかんねんけど、とてもこのまま一人に出来るような状態じゃなかった。怖いんやと思う。今にも泣きだしそうな顔をして、オレの手を握って離さへんねん。

 ミランダは全然口を割ろうとせぇへんから、ヴィヴィアンに殴られすぎて顔が凄い事になってる。左目は青くなって腫れてるし、口の端っこも切れてる。鼻血も出しっぱなし。

「大丈夫やで。こっちには入って来られへんから」

 ルノはそれでも怯えた様子で震えてた。

 どうしようか悩んでたら、今回も議事録を頼んでたゆりちゃんが来た。ルノの横に椅子を置くと、パソコンを広げる。

「ちょっと大丈夫か?」

 ゆりちゃんは真っ先にルノの顔を見てそう言うた。

 全然大丈夫そうじゃないルノは、平気って答える。まだ震えてんのに、オレの手を放して俯いた。また泣きそうな顔をしてる。

「甘えてええんやで。うちとダンテしかいてへんやろ?」

 ゆりちゃんはそう優しく言うと、ルノの背中を撫でた。

 顔を上げてオレとゆりちゃんを順番に見ると、ルノは恥ずかしそうにゆりちゃんの方を向いた。

「怖いからくっついていい?」

 ゆりちゃんはにこっと微笑んで、ルノの方に椅子を近寄せた。それからちょっと乱暴にルノの肩を掴むと自分にくっつけた。そのまま何回か肩をさすると、ルノは大人しくゆりちゃんにくっついた。

「大丈夫。ここの音は向こうには絶対に聞こえへんから」

 ゆりちゃんのパソコンのスピーカーからは、向こうの音が聞こえるようになってる。でもこっちは防音になってるから絶対に大丈夫って、ジェームスが言うてた。

 ルノが仮にこっちで悲鳴を上げたとしても、ガレージにだけは聞こえへんようになってる。だから安心してって伝えると、オレは部屋を出た。

 一旦支部の外に出て裏側に回ると、汚いドアを開けて中に入る。

 ジェームスとヴィヴィアンが、面倒くさそうな顔をしながら立ってた。特にヴィヴィアンはホンマに嫌なんやと思う。黒いワンピース姿で、首をグキグキ鳴らしながらスタンバイしてる。

 ヴィヴィアンは昔、暴走族でリンチした事があるらしい。こういうのには慣れてるからって、立候補したんやって。昔はランボルギーニがこういう事をやってたらしい。だから出来る人がいてへんくって、ジェームスもええよって許可したんや。

 そもそもそういう仕事ってほぼないから、誰もどうやってやるんか分からんかった。ジェームスがポチポチ、携帯電話で検索してたのは面白かったな。でもヴィヴィアンはなんとなくでも知っててちょっと怖かった。

「じゃあ、今日も始めよか」

 ヴィヴィアンは指先のない黒い手袋みたいなんをつけた。それをジェームスに、んって言うて差し出すと、偉そうにふんぞり返ってミランダを見た。

 文句ありげな顔をしながら、ジェームスはヴィヴィアンの手首になんか長い紐みたいなんを巻き付けた。それを反対側にもしながら、ヴィヴィアンはちょっと笑った。冷たい目をしてて、ちょっと怖い。

 ジェームスは椅子を引っ張って行って座ると、ミランダの顔を見つめた。

「お前ら、今はどこの組織にいるんだ?」

「ええ加減、喋らへんって気付きぃや。何しても無駄やで」

 ミランダはやっぱりヘラヘラ笑ってた。

 ヴィヴィアンは黙って近づいて行くと、いきなりその顔を殴りつけた。めっちゃ痛そうな音が聞こえたけど、ミランダはやっぱり笑ってる。

「優しく聞くのもここまでやで? ええの?」

 ヴィヴィアンはそう言うと、ミランダのほっぺたを叩いた。

「ルノは虫攻めにしたんやろ? ミランダはどういうのが好きなんよ。教えて」

 床におった小さいクモをつまむと、ミランダの胸に落とす。特に反応もないのを、ヴィヴィアンは面白くなさそうな顔を見つめた。

「あのクソガキ、めちゃくちゃ怖がりやったから、ちょっとクモ見せただけで泣いとったで。ほとんどなんもしてへんけど」

 ミランダは楽しそうにそう笑った。

 めちゃくちゃ腹が立つ。

 なんもすんなって言われてたけど、オレは真っ直ぐ歩いて行ってミランダを殴り飛ばした。大して意味ないと思うけど、そうせなオレの気が済まんかった。

「前にも言うたけど、オレの親友をクソガキって呼ばんといてくれる?」

「へぇ。今日はルノが見てんの?」

 急にミランダは嬉しそうに微笑んだ。

 なんで気付いたんか分からんくって、めちゃくちゃ焦った。でもなんでもない顔してやんなあかんから、必死で深呼吸した。

 ヴィヴィアンがオレを押しのけると、ミランダに顔を近寄せた。

「仮におったとしたらなんや? なんか言いたい事でもあるんか?」

 ミランダはにこっと笑うと、ガラスの方を見た。

「お前が親を殺して、妹に鉛弾をプレゼントしたんや」

 言い終わるより前に、ヴィヴィアンがその顔を思いっきり殴り飛ばした。その勢いで椅子が横倒しになる。ヴィヴィアンはちょっと痛そうに手をひらひら振った。

「お姉ちゃんは根性あったけど、弟はホンマにあかんみたいやな」

 ミランダはホンマに楽しそうに、ケラケラ笑った。横倒しになったまま、声だけが聞こえてくる。何がそんなに楽しいんか分からへん。不気味で怖い。

 急にミランダが吹っ飛んだ。

 ドンって音が響いて、そっちを見た。ガレージの壁に椅子ごと叩きつけられて、ミランダが血を吐くのが見える。ヴィヴィアンがそこまでやるとは思わんかったから、オレはびっくりしてそっちを見た。

 でもヴィヴィアンはぽかーんと口を開けて、突っ立ってた。どう見たってヴィヴィアンやなかった。

 そのかわりに、派手なピンク色のティーシャツが見えた。それに黒の短パンで、包帯を巻いてる細い足。赤い髪の毛を垂らしてるけど、怒りで逆立ってんちゃうかってくらいキレてるジジや。

 今朝は痛いって大騒ぎしてた筈やのに、どうやって?って思った。次に、なんでいてんの?って思いながら、その背中を見てた。

「おいコラ、このメルド。お前便所虫の分際で偉そうやねん」

 ジジはそう怒鳴ると、どすどすと凄い勢いでミランダに向かって行った。そしてその顔を殴りつけた。

「うちの弟がクソガキな事には同意するけど、妹になんて事すんねん」

 どうしたらいいか悩んでたら、ドアのところに立ってるジャメルさんと目が合った。

 どうやらここまでジャメルさんが連れてきたらしい。人並外れて怖い顔してる筈のジャメルさんが、ジジの剣幕に怯えてるのが分かった。なんも言わんとドアを閉めると、ジェームスに出て行った方がいいか英語で尋ねる。

「久しぶりやん、ジジ」

 ミランダは特に驚く様子もなく、ジジを見上げる。なんならにこって笑って見せた。

「泣き虫の弟は元気? まだ泣いてるん?」

「あのクソ袋なんぞどうでもええやろ」

 ジジは殺気立った目をミランダに向けた。

「お前が来んかったら、うちらはまだパリで楽しくやってたんや。お前のせいで……」

「うちがやらんかったとしても、誰かがおんなじ事をやったと思うけどな」

 ヴィヴィアンがどうしよってジェームスを見た。ジェームスもどうしよってヴィヴィアンを見てる。この二人は役に立たへんなって、速攻で判断した。

 勝手にする事にする。

 ジャメルさんに手伝ってって言うと、二人掛かりでジジをミランダから引きはがした。

 ジャメルさんにそのまま押さえててってお願いすると、とりあえずミランダの椅子を立てた。ちょっとオレ一人では重かったけど、それでもなんとか立てる事は出来た。でももう椅子の足がぐらぐらしてて、ちゃんと真っ直ぐ立たへんかった。

 ジャメルさんに向かって、ジジはなんか怒鳴った。おっかなびっくりって顔したジャメルさんは、それでも言うた通りにジジの両腕を掴んでてくれた。

「それが噂の彼氏か」

 ミランダはニヤッと笑った。

「それ、弟の親友やないの? とんだあばずれ女やん」

 その一言で、ジジはぶちギレた。

 ジャメルさんをいとも簡単に吹っ飛ばし、ミランダに向かって普通に歩いて行った。ケガしてるとは思えへん歩き方してるし、オレが止められるとは到底思えへんかった。それにめちゃくちゃ怖かったのもある。

 ジジはミランダに向かってなんか怒鳴ると、胸を掴んで何発も殴った。

 ずっとなんか言うてるけど、多分フランス語なんやと思う。ジャメルさんが一人だけ、真っ青な顔してルノみたいにガタガタ震えてた。きっととんでもない事を言うたんやと思う。ヴィヴィアンもよく分かってないみたいな顔してる。

 このままじゃあかんと思ったから、オレは突っ立ったままのジェームスとヴィヴィアンに止めてって言うた。

 二人はそれ聞くまで呆然とジジを見てたけど、ようやく電源が入ったみたい。慌てた様子でジジを押さえつけに行った。

「せめて日本語で言ってくれ。何を言ってるのか分からないだろ」

 ジェームスはそう言うて、ジジの腕を掴んだ。ヴィヴィアンがその体を羽交い絞めにして、どうにか引き離す。

 せめて日本語でって、なんやねん。そもそもなんも聞かんまま、何発も殴ってたらあかんやろ。そう言うたん、ジェームスやんか。

「じゃあ日本語で言うわ。このクソ女、便所より肥溜めの方が似合ってるから、今すぐ引っ越しせぇ。そんでそのまま出てくんな」

 ジジはヴィヴィアンに絞められたまま、デカい声で叫んだ。

 オレ、ジジがこんな日本語を使うと思わんかったから、もうドン引き。なんて言うたらええんか分からへん。そもそも、これ口で言うたくらいで止まんの? 誰か止めてよ、ジジの事。

 ジェームスはあきれた顔をすると、黙ってヴィヴィアンに合図をした。

 二人は仲良くジジを抱えると、ガレージから連れ出した。ついて来いって言われたから、オレは怯えた顔でこっち見てたジャメルさんに行こうって言うて一緒に出た。全員外に出ると、ジジはジェームスを睨みつけた。

「なんで止めんの?」

「尋問って言葉、知ってるか?」

「アイツがやったんや」

「分かってる。でもあれじゃ口がきけなくなるだろ?」

 ジジは今にも泣き出しそうな顔をした。悔しそうな顔をするから、ジャメルさんは心配そうにジジを見てる。

「なんで来たんだ? それに足は?」

「そんなもん、あの売女が好き勝手言うてるの聞いたから」

 ジジはそれからようやく、自分の足に気付いた。また包帯から血が滲んでる。どうやら痛みがどっかに吹っ飛ぶほどキレてたみたい。まだ痛くないみたいで、自分の足に気付いても痛がる素振りはなかった。

「気持ちは分かるけど、これ以上はダメだ。見ててもいいから、戻りなさい」

 ジェームスはきっぱりそう言うと、オレにジジをルノのいる部屋に置いて来いなんて無茶を言うた。そんなん、自分がやりたくないだけやんかと思ったけど、このままじゃ話も進まへんから連れて行く事にした。

 ジャメルさんに手伝ってってお願いして、オレはジジの背中を押した。

「行こう」

 めちゃくちゃ悔しそうな顔をしたまま、ジジは黙ってついてきた。

 足を引きずってすらないけど、今朝痛かった足が昼に治ってる筈ないやんか。どうやって連れて行こうか悩んでたら、ジャメルさんが自分の事を指差した。で、ジジの前にしゃがんだ。おいでって言うたんやと思う。

 ジジは黙ってジャメルさんにおぶってもらうと、声を殺して泣き出した。

 支部の中まで歩いて行って、ドアの横のパネルにカードキーを押し当てた。一階の廊下に繋がるドアを開けて、ジャメルさんを先に通すと、一緒に歩いた。

 ジジもルノと一緒で強情なところがあるみたいやけど、ルノみたいに我慢する前に爆発するみたい。ルノもたまにはこれくらい爆発した方がええと思う。なんであんな限界まで我慢したり、つらいって言われへんかったりするんやろ。

 そんな事を考えながら、部屋のドアを開けた。

 部屋の中では、ゆりちゃんにしがみついてルノが泣いてた。よっぽど怖かったんやと思う。ガタガタ震えてて、声を上げてた。ゆりちゃんがその背中を撫でながら、こっちを見てる。わんわん泣いてるルノの事より、ジジの方が気になるらしい。

「ジジ、大丈夫なん?」

 ゆりちゃんは首だけこっちに向けると、ジジに言うた。

 ジジは全然顔を上げへんかったけど、黙って首を横に振る。ジャメルさんの肩に顔を押し付けたまま、泣いてるんやと思う。放しそうもなかった。

 オレは部屋の片隅に置いてあったパイプ椅子を一つ、とりあえずルノの横に置いた。もう一つ持ってくると、さらにその横に広げた。

 そこに座ってって合図したら、ジャメルさんはそこまで行ってしゃがむ。降りろって言うたんやと思うけど、ジジはジャメルさんにしがみついたまま離れへんかった。

 どうしようか迷ってたら、ジャメルさんは優しく笑う。ジジから手を放して、それから振り向いた。ジジの事を抱きしめると、耳元でなんか囁いたみたい。とたんにジジはジャメルさんから真っ赤な顔をして離れた。それをめちゃくちゃ残念そうに見てるジャメルさんは、ルノの横に座って椅子をポンポン叩く。

 めちゃくちゃ文句ありげな顔をしてたジジやったけど、大人しくそこに座った。

 わんわん泣いてたルノに、ジャメルさんはなんか言うた。それから優しい顔して背中を撫でた。

 ルノはちょっと落ち着いたみたいやったけど、まだ小さい子どもみたいに泣いてた。つらそうに顔を上げて、ジャメルさんとジジの方を見る。

 フランス語ってやっぱり全然分からへんけど、ルノはその言葉で落ち着いたみたい。声を出さんようになった。鼻水をすすりながら、こっちを見た。でもすぐゆりちゃんに大人しく泣いてなさいって言われてくっついた。

「なんかあったら呼んで。ジェームスはヘッドホン付けてるから」

 オレはそうゆりちゃんに言うと、ちょっとだけミラーガラスの向こうを見た。

 ミランダは狂ったようにケラケラ笑ったまま。こっちに嫌な笑顔を向けてる。

「いくらクソガキでも気の毒やわ」

 ミランダが急にこっちを向いて言うた。

「あんな狂暴な姉がおったら、グレたくもなるわ。どうせそこで聞いてるんやろ? 尻軽兄弟」

 ジジがイライラした様子でミランダを睨む。ルノは震えあがってて、ゆりちゃんにしがみついてる。ちょっとここに置いて行くのが心配すぎる。

 でも早よ戻らんなあかんと思った。このまま好き勝手言わせておきたくない。まだ聞けてない事がある。

 でもこの兄弟、放っといて大丈夫やろか。

 ルノは子どもみたいにわんわん泣いてたし、ジジはまた爆発しかねん様子やった。しかもそれを止められるような人は、部屋の近くにいてへん。

 しかも内容が内容なだけに、いつケンカしてもおかしくない。部屋で兄弟喧嘩なんかされたら、どうする事も出来ひんで。

 オレは迷いながらも部屋を出ると、真っ直ぐガレージに戻った。

 ジェームスとヴィヴィアンが、どうするかを外で話し合ってるところやった。

「やっぱり中から鍵でも掛けた方がいいんじゃないか?」

「いざという時、動かれへんやろ」

 やっぱり、ジジが来たのは想定外やったみたい。あんなんされたら困るって分かるから、そういう話になっても仕方ない。オレだって、もうあんな恐ろしいジジは見たくない。

「ルノとジジはどうだった?」

 ジェームスはオレを見るなり、そう聞いてきた。

「ルノはめちゃくちゃ泣いてた。ジジもまたキレかねん感じ」

「じゃあさっさと終わらせよう。本当はやりたくなかったけど、仕方がない。爪でも剥がしたらどうだ?」

「あの子、爪なんかで吐くとは思えへんけど」

 ヴィヴィアンは困った顔をして、溜息をついた。

「じゃあどうするんだ? なんか案でもあるのか?」

「女なんやから、顔に傷とかは流石に効くんちゃうかな」

「それ、バレたら支部長の辞職は確実だろ」

 ジェームスは困り果てた顔でこっちを見た。

「ダンテは苦手な物、何か知らないか?」

 ちょっと考えたけど、思いつかんかった。

 しばらく三人で顔を見合わせて考える。でもなんも出てこぉへん。

「そうだ。人差し指を切り落とすって脅すのはどうだ?」

 唐突に、ジェームスはニコニコしながら言うた。

「なんで人差し指なん?」

「射撃が一番の特技だろ? 銃が二度と撃てなくなるのは効くんじゃないか?」

 確かに、ミランダは射撃が一番の特技やし、それがなにより好きみたいな気がする。撃てなくなるような事があれば、流石にショックやろし、それだけは嫌やって思ってもおかしくない。話すかもしれへん。

「それええやん。よし、じゃあそれでいこう」

 ヴィヴィアンは笑顔で、パネルにカードキーを押し当てた。

 中に入ると、ミランダはまだ楽しそうに笑ってた。あのガラスをぶち破ってジジが入ってきそうな気がするけど、あれ大丈夫やんな? 流石に防弾ガラスやと思うんやけど、どうなんやろ。

 オレはその辺の工具入れの中を探った。

 ジェームスは楽しそうな顔をして、ヴィヴィアンの方を見物してる。ヴィヴィアンが時間稼ぎになんか適当に喋ってる。オレはその間になんか刃物はないかって探した。

 出てきたのは小さいペンチとか、ドライバーくらいやったけど。のこぎりとかなんでないんかな? かろうじてハサミはあった。

「そう言えば、ミランダは射撃が一番得意やったよな」

 ヴィヴィアンはニコニコ笑顔でそう言うた。

「右手の人差し指、大事なんちゃうの?」

 その瞬間、今までずっとヘラヘラしてたミランダが、青ざめたのが分かった。青くなって、真面目な顔をする。黙り込んで、ヴィヴィアンを見つめる。

「ちょっとは話す気になった?」

 冷たく笑ったヴィヴィアンは、いきなりミランダの指を握った。まさか力任せに引きちぎるつもりかと思ったけど、流石にそこまでゴリラみたいな事せぇへんと思う。

 オレはようやく何に使うやつか分からんけど、ごっついハサミを見つけた。それを持ったまま様子を窺う。

「どこの、なんて組織なん?」

 ヴィヴィアンは静かな声で尋ねた。

 しばらく待ったけど、返事はなかった。握ったヴィヴィアンの人差し指を変な方向に曲げようとしてるみたい。オレが持ってるハサミに気付いたら、ミランダは諦めたような顔をした。

「ポルト」

 ミランダは急にそう言うた。

「ポルトって呼ばれてる暴力団が、日本のゲイト社を運営してた。今はそこにいる」

 全く聞いた事ない名前やったけど、ようやくミランダが喋った。でもヴィヴィアンはちょっと疑ってるような顔をしてた。

「なんで暴力団なんぞが人身売買してんの?」

「ポルトの上にも何かあるって聞いた事があるけど、そこが複数の会社や組織をまとめてるらしい。うちが知ってるのはそれだけ。ポルトの事しか分からん」

 ヴィヴィアンはそこまで聞くと、ジェームスを見た。ジェームスは黙って頷くと、もういいってヴィヴィアンに目で合図した。ヴィヴィアンは黙って指を放すと、オレのところまで来て、ハサミを受け取った。それをミランダの耳元で動かす。

「全く知らんって訳やないやろ」

 ミランダはめちゃくちゃ悔しそうな顔をして、ヴィヴィアンを見た。

「見た事もないけど、ルノと同じ年のガキがトップらしい」

 ルノと同じ年っていうたら、ゲイト社の幹部にいたっていう男の子にフランスで会った。あの子、確かオスカーって名前で、ルノの親戚やなかったっけ?

 あの子やったらなんか知ってるかもしれへん。

「オスカーって子、知っとる?」

 オレはミランダに尋ねた。

「ゲイト社の元幹部やろ?」

「それだけなん?」

「めちゃくちゃ上の立場にいたって聞いた事はある」

 ミランダはそう答えると、ちょっと不思議そうな顔をした。何で知ってんのって感じの顔をしてるから、その子がルノの親戚って事は知らんのちゃうやろか。

 ジェームスもヴィヴィアンも、不思議そうな顔をしながらオレの事を見てる。そう言えば、オスカーって子については報告してなかった気がする。だってあの時は関係ないと思ったから。

 ルノとジジに話を聞かんなあかん。

 それに、もし可能ならオスカーに連絡を取らんなあかん。オレからの連絡があかんかったとしても、ルノとなら連絡してくれるかもしれへん。

 オレはジェームスに合図して、ヴィヴィアンと三人でガレージを出た。

「オスカーって子、知り合いや」

「どこで知り合ったんだ?」

「ルノの親戚なんよ」

 ジェームスはびっくりした顔をした。ヴィヴィアンも唖然としてる。でもオレは急いで支部の中に戻った。ルノがいてる筈の部屋に向かって真っ直ぐ歩いた。

 玄関ホールを突っ切って、廊下にでるドアのところで立ち止まる。パネルにカードキーを押し当てて、大急ぎでドアを開けた。そのまま脇目も振らずに一番奥の部屋まで行った。

「おいダンテ。その子は大丈夫なのか?」

 ジェームスが後ろでなんか言うてるけど、そんなん頭に入ってけぇへんかった。

 ドアを開けて、オレはルノを見る。

 ルノはちょっと落ち着いた様子で、こっちを見た。やっぱり泣いたままやったけど、もうそこまで怯えてる様子はない。ちょっとつらそうな顔をしたまま、じっとこっちを見てた。

 オレはルノの前にしゃがむ。

「なあ、オスカーと今すぐ連絡取れる?」

「オスカー?」

 ジジが不思議そうな顔をした。

「あの子、死んだんやなかった?」

 オレ、嘘やと思っててんけどな。オスカーが死んだだのなんだのって話。

 パリの電車で話した時、何を意味の分からん事を言うてんのかと思ってん。だって死んだんやったら、オレと喋ってんのは誰やねん。目の前でピンピンしてるのは誰なんって、オレは内心思ってた。

 でもジジは死んだと思ってたみたいやし、どうやらホンマの事らしい。

 あの子もオレと一緒で、そこそこ普通じゃない人生を送ってたって事やろ? じゃなきゃ、死んだ筈やのに生きてたなんて話にはならへんと思うんよ。

 どっちにしろ、今のジジは死んだ事になってるから、連絡を取るならルノしかいてへんねんけど。

「ルノ、大事な話やねん」

 ぽかんとしてたけど、ルノはようやくポケットから携帯電話を取り出した。それをカチカチしながら、電話を掛ける。

「ボンジュール、オスカー?」

 ルノはそこからずっとフランス語でなんか言うと、こっちを見た。

「日本にいてるって言うてるけど」

「いてんの? どっかに留学してるんやなかったん?」

「なんか仕事で日本にいるって」

 ルノは携帯に向かって、ちょっと黙れって言うとオレに差し出した。

「もしもし、お久しぶりです。ダンテです」

 オレは電話に向かって声をかけた。

 久しぶりに聞く声が、嬉しそうにオレの名前を呼ぶ。

「ダンテ、どうしたの? オレに用事?」

「ちょっと聞きたい事があるんやけど、今どこにいてんの?」

「奈良の実家だけど」

 チャンスかもしれへん。

「出来るだけ早く会いたいんやけど、梅田まで来られる?」

「大阪だよね? じゃあ明日、関空からイタリアに行く予定だから寄るよ。それでもいい?」

「ホンマに? ありがとう」

 ルノの親戚とは思えへん。ホンマにこの子、ルノやジジと同じ血が流れてるんか? 全然似てへんと思うんやけどな。オスカーって、ルノとは桁違いに賢いみたいやし。

「それって大事な話? 何時間くらいかかる? 午前中には着くようにするけど、飛行機の時間もあるから長居出来ないと思うよ」

「半日もいてくれるんやったら十分」

 ありがとうってお礼を伝えると、オレは携帯をルノに返した。ルノはちょっと面倒くさそうにオスカーと話をすると、電話を切った。

 それにしても、なんでルノはオスカーとフランス語を使うんやろ。日本語でもいい筈やない? オスカーは関西弁もちゃんと分かるみたいやけど、変なの。

「明日、一階の会議室使っていい?」

 オレはジェームスに尋ねた。

「いいけど。ちゃんと説明しろ」

 確かにその通りやった。急いでたから、すっかり忘れてた。

「多分、ポルトって組織の事、その子が知ってる」

「それはなんとなく分かった。でもなんで知り合いなんだ?」

「パリの電車で会った」

 オレは立ち上がると、ジェームスを見つめた。

「ルノと一緒に、明日オスカーから話を聞いてみる。その子がゲイト社のファイヤーウォールを設計してるんよ。幹部やったって話やから、きっとなんか知ってる筈」

「それ、他に誰か立ち会わせられないか?」

「こっちの事情まで話さんなあかん事になるで? ええの?」

「それは確かに困るな」

 ジェームスは少し悩むと、こっちを見た。

「そういう事なら、ルノとダンテに任せる」

「俺も立ち会わんなあかんの?」

「ルノが立ち会わんかったら困るんやけど」

 オレはルノを見下ろすと、溜息をついた。

 もしかして、ルノはいとこに会いたくないんかな。確かにあんまり仲が良くなさそうな感じやったけど。そんなに会ってる訳やないんやから、仲良くしたらええのに。

「うちは立ち会ったらあかんの?」

 ジジがちょっと不思議そうな顔をした。

「ジジもジャンヌちゃんも、フランスで死んだ事になってるだろ?」

「そう言えばそうやった」

 ジジはちょっと残念そうな顔をした。

「じゃあその代わりに、明日はうちがミランダをいたぶってもいい?」

「ダメに決まってるだろ。本当は今回みたいな尋問も禁止されてるんだ」

 ジェームスは真面目な顔でジジを見つめた。

「なんで?」

「国際法ってやつで決められてるんだよ。ここは一応国の運営してる組織だから、バレたら怒られるんだよ」

「ヴィヴィアンは殴ってたやんか」

「他に尋問をした事のある人がいなかった」

 ジェームスは大真面目にそう言うと、ジジを見つめた。

「ジジはベッドから出るな」

 大怪我してるのは確かやし、ごもっともやと思う。でもめちゃくちゃ文句ありそうな顔をして、じっとジェームスを見つめた。そんな顔しても無駄なんやけど、ジジはジェームスが部屋を出て行くまで、ずっとそんな顔をしていた。

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