三話 顔合わせ

 車に乗り込み走り出すととシェイラが俺に紅い双眸を向ける


 「…あの!先程はありがとうございました」

 

 シェイラが目をキラキラ輝かせながらそう言う。


 「あ…ああ」


 純粋な感謝の言葉をかけられて、目を逸らして気が抜けた返事を返す。

 仕事柄、女性と関わる機会は全くと言ってもいい程なく、唯一関わる女性はリゼのようなロクでな……自称善人の相手ばかりしているため、人畜無害そうな美少女にどう接したらいいか、戸惑ってしまう。


 「あの、ジン・イーザウさんですよね?リゼ指揮官から頂いた資料で見ました。凄いですね、同い年なのに特別一級に認定されるなんて」

 「過大評価だ。君の等級は?」

 「二級です」

 

 ザイファ教会の等級は基本的に六〜一等級に区分されており、俺は一級の中でも、隔絶実力を持つ特別一級に認定されている。

 だが、そんな特別一級認定された者が束になっても相手にすらしてもらえない世界の理から外れた正真正銘の化け物が存在する。その者達は特色と呼ばれ、色彩を冠した二つ名を教会から授けられる。現在特色は国内で三名存在し、国民の羨望の的になっている。


 「君も十分凄いじゃないか」


 違和感を抱えながらそう言うと、シェイラが嬉しそうに口を緩める。

 二級認定があの程度の襲撃に対応できていないことに違和感を抱える。二級認定なら、あの程度の相手に遅れをとることなど本来ありえないはずだ。


 「これからよろしくお願いしますジンさん」

 「ジンでいいよ」

 「じゃあ私もシェイラって呼んでください」


 嬉しそうに微笑みながらそう言うシェイラに胸が熱くなり、思わず口元を緩める。


 車を走らせ、高層ビルが立ち並ぶビジネス街の中でも一際大きく存在感を主張する「ニヴァネル・グループ」が所有するビルの地下駐車場の一角に車を止める。

 車から出て、リゼに先導されてシェイラと共に駐車場の壁に設置されている昇降機向かい、両脇に陣取るニヴァネル・グループの刻印が施されたコンバットギアで全身を固めて、大型のアサルトライフルを構える警備兵に会釈をして昇降機に乗り込む。

 軽い浮遊感と共に降下していく。

 浮遊感は長く続いた。一体どれだけ降下しているのだろう。途方のない時間を過ごしたように感じていると、浮遊感が消えてドアが開き視界が開ける。


 「到着したね、行こうか」


 リゼの声に従い昇降機と地面の境を越えると、その先には広々とした空間があった。

 長方形のアンティーク調のテーブルの周りに凝った彫刻が施された椅子が並び、すでに三人座っている。吹き抜けになっているので、他の階の様子も確認できた。フロアごとに潚酒な扉が並び、ガラスのフェンスが通路を囲っている。

 

 「ここが君達新しいの拠点だ、どう?豪華だろ」

 「お洒落…」


 シェイラが感嘆の息を漏らすと、リゼが満足げな表情を浮かべる。


 「ほら君達、そこに座りたまえ。顔合わせと行こうじゃあないか」

 

 リゼに促されるまま空いている椅子にシェイラと並んで座るり、リゼがテーブルの上座にる。


 「皆んな揃ったな。じゃあ、適当に自己紹介したまえ。」


 リゼがそう言うと、俺の向かい側の優男風の男性が手を挙げて立ち上がる。


 「僕はアッシュ・グレイ。歳は十九。一級認定の元皇国軍大尉だ、よろしく頼む」


 アッシュと名乗る青年に目を向けると、既に特選部隊所属を表す灰色の軍服を身を纏っていた。やや長めな消炭色の髪に特徴的な翠緑の双眸、口元には人懐こそうな笑顔が浮かんでいた。

 次に立ち上がったのは、プラチナブロンドの玉虫色の光沢を放つ長い髪に、碧い双眸、形の良い鼻と小さな唇と整った容姿をしていた。

 軍服の下から、とても大きく押し上がられた胸元が、存在感を主張していた。隣に座るシェイラを見ると豊満な胸と自分の胸を交互に眺め、意気消沈としていた。

 シェイラ、比べる相手が悪いぞ。


 「フィオナ・カミュです。今年で十八になります。士官学校から卒業したばかりで、二等級認定です、皆さんのお役に立てるように精一杯頑張ります」


 優美な笑顔を浮かべ、穏やかな所作で一礼すると、周りが一段と明るくなったかのように錯覚する。

 フィオナが座り、俺とシェイラが自己紹介を済ませた後、一人の人物に視線が集まる。

 軍服を着崩して粗暴な雰囲気を漂わせる。

 右頬に刻まれている傷跡が目を引き、短く刈り込まれた茜色の髪に異様に鋭い黒い虹彩の三白眼が周りを睨め付ける。


 「君は自己紹介しないのかい?」


 アッシュが困ったように微笑みかける。


 「生憎、お前ら如きに名乗る名前は持ち合わせてなくてね」


 そうアッシュに返すと嘲るように鼻で笑う。


「へぇ、なるほどね」


 アッシュの双眸が細まり、困ったように微笑むが、翠緑の目は笑ってはおらず危険な色を湛えていた。内心でアッシュを『怒らせてはいけない人』、傷跡三白眼野郎を『嫌い』に分類する。

 シェイラとフィオナが間に入って止めようとするのをリゼが手で制して、楽しげに眺める。性格悪いな。


 「おい、傷跡三白眼、『慎み』という言葉は知ってるかい?」


 挑発するように言うと、ギロリと睨みつけられ、大袈裟に肩をすくめる。


 「どうやら死にたいみたいだな」

 「よく吠えるな」


 弱い犬ほど、と言外に含み言う。

 リゼが他の三人を連れて、いそいそと離れるのを横目に見る。


 「おら!」


 掛け声一閃、投げつけられた椅子を掴み地面に放る。


 「異能行使は駄目だからな!」


 楽しげにそう言うリゼの声に、傷跡三白眼が獣のように獰猛に笑う。

 机を飛び越えて、斜め上から鉄槌のように振り下ろされる踵落としを、半身身を引いて躱わす。嵐のように激しい拳の連撃を全て見切り軽く往なし僅かな隙を見て、顎を蹴り上げる。

 頭が跳ね上がり、地面に体が叩きつけられ、重く硬い音を響かせて沈黙する。

 突然体がぴくりと動く。

 大の字の倒れ伏していた姿勢から両足を振って反動ですたっと立ち直し、喚き始める。


 「おい!テメェ間に手を入れてなかったら死んでるぞ今の!」


 その言葉に舌打ちを返す。


 「うっわむっかつく!…殺す気だったのかよ!」

 「喚くな、うるさいぞ、傷跡三白眼」


 呆れた声色で返すと、指を指してもっと喚いてくる。

 子供の喧嘩のようにわーわー言い争っているような風情にシェイラとアッシュが吹き出し、フィオナが、曖昧な笑みを浮かべる。


 「さて、負けは負けだぞ」

 「んなことは分かってる」

 「名前と等級は?」

 「……ヘルマン・ハイネ一等級だ」


 渋々そう呟くヘルマンに満面の笑顔を向ける。


 「これからよろしくな、傷跡三白眼」

 「おい!馬鹿にしてるだろ」


 決着がつき、リゼ達が近づいてくる。


 「さぁ、自己紹介も済んだ事だし、歓迎会といこうじゃないか!」


 リゼが手を叩くとドアが開きメイドの格好をした少女が様々な飲み物や料理が載ったサービスワゴンを押して来る。

 どこからどう見てもれっきとしたメイドで顔立ちは、とても整ってはいるが目の下の隈が不健康そうな雰囲気を醸し出している。


 「メイドのアリスちゃんだ、これから何かあったらアリスちゃんに言いたまえ」

 「アリスです。何か御用がありましたら私にお申し付けください」


 アリスが恭しく一礼するとテーブルに皿と料理を並べ始める。いきなり登場したメイドの少女に皆が驚きを隠せない様子で席に着き始める。

 皆が席に着き大皿に載った料理や食器が並べ終わると、リゼがワイングラスに並々とワインを注ぎ込み高らかと掲げる。


 「かんぱーい!」


 そうリゼが元気よく言うと、各々がやや硬い声で続けて言い、料理に手をつける。

 最初は硬い雰囲気だったが、フィオナやシェイラが口を開き話始めると徐々に場が和み、皆が楽しげに談笑しながら料理を口にする。

 ただ一人ヘルマンは黙々と料理を口に運ぶ。意外と食い方綺麗だな。

 

 「これからよろしくね、ジン」


 シェイラが楽しげに微笑みながら俺を見つめて言い、俺もシェイラに笑いかける。


 「こちらこそよろしく、シェイラ」


 シェイラが傾けてくるグラスに自分が持っているグラスを軽く当てて、これからの日々に思いを馳せるのであった。

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