聖樹に誓って
猫太郎
一話 祝福あれ
憂鬱だ。
あたり一面に広がる血の海を眺めながら、今日数えきれない程吐いた溜息を吐く。
地面に落ちている血に塗れた無線機から耳障りなノイズが聞こえ、拾い上げる。
「ジン?ジン・イーザウ?聞こえるぅ?」
聞き慣れた甘ったるい猫撫で声が聞こえて思わず舌打ちをする。
「聞こえてますよ、リゼさん」
「あら、今回も生きてたのね?」
「はい、未登録の特級テリオン撃破、サンプル回収済みです。」
淡々と報告をしながら、折れて使い物にならない高周波ブレードを放り捨てる。
「また一人?」
リゼの声色が硬くなり張り詰めたものに変わる。
周りを見渡すと、血の海に浮かぶ肉片や腰から上が消えた、見るも無惨な死体に混じり、幸か不幸か息がある人を見つける。
「はい、一人です。」
「そう、ジンだけでも無事でよかったわ。直ちに帰還しなさい」
「了解」
無線機を放り捨て、ホルスターから敵に向けるには、あまりにも頼りない半自動拳銃を抜き、辛うじて息がある男へと歩みを進める。欠けた脇腹から、とめどなく血が溢れていた。
銃口を頭に向けると、男が安堵したように息を吐く。
「言いたいことは何かあるか?ジョン」
目の前の男が自分を見上げて無理矢理口角をあげる。
「あ…ああ、そうだな、昨日もうちょい酒飲んどけば良かった。……ジン死ぬなよ。聖樹の祝福あれ」
「…聖樹の祝福あれ」
引き金を引き、銃口から硝煙が立ち上る。
周りを見渡すと日が荒廃した街の向こうに沈み、辺りが闇に覆われる。
顔を上げると遥か彼方に巨大な聖樹が燦爛と輝く。
「祝福か…あるといいな」
自然と口から漏れ、思わず自傷気味に笑う。
初めに番の聖樹があった。二つの聖樹によって命が作られ、世界は彩られていった。
聖樹の周りには希望が満ち溢れ人々は祝福を受け病も飢えも克服し、豊かな時代を築いていった。
次第に人々は聖樹から与えられた祝福だけでは飽き足らず、恩恵を己の欲望のまま貪り、快楽に溺れ聖樹を穢した。
聖樹が人間に牙を向けるには、そう時間はかからなかった。
次第に聖樹は光を失い、色褪せ爛れていき、人々に狂気を振り撒いた。
狂気に蝕まれ理性を失い、人の形を保てずに異形の怪物と化し人に危害を加えるようになり、世界の大半は禁足地と化した。
人々は縋ったもう一つの聖樹に、そして過ちを悔いた。
聖樹は祝福を与えた、異形の怪物に対抗する力を。
「採取したサンプルは研究部に提出しました、それと」
黒檀で作られた重厚なデスクの上に赤黒く汚れたドックタグの束を置くと、目の前の男がその金属片を一瞥して目を細める。
アルザス皇国の首都アルカルドに会社を構える民間軍事企業『ニヴァネル・グループ』の社長がその男、イーサン・ニヴァネルの肩書きだ。
「これで特選部隊はお前を残して全滅か」
「はい」
長いとは言えないが苦楽を共にしてきた仲間が自分以外全滅し、やりきれない思いを抱える。
「お前に非があるわけではない」
「わかってます」
そう、俺に非はない、いや仲間全員に非はなかった。油断も驕りも無かった、ただ運が無かった。ただそれだけだ。
「報告は読ませてもらったよ、作戦ポイント到達後、未登録の特級テリオンによる異能により部隊の大半が精神汚染による同士討ち、なんとか撃破するが、一級六生存者一名…政府直属の開拓者も落ちたものだな、一級事案だと寄越したものが、その実特級だとは…」
暫くの沈黙の後にイーサンが重々しく口を開く。
「ジン、もう辞めろ」
「辞めません、もう決めた事です」
そう毅然とした態度で答えると、イーサン息を吐きはデスクの上に置かれた金属片に視線を移した後、目線を上げる。
「ジン、俺は兄貴に託された子を、これ以上死地に送りたくない、お前の事は息子同然に思っている」
イーサンの言葉に思わず口元が緩む。
「わかってるよ、叔父さん」
自分の身を案じる視線に思わず苦笑する。
「俺死なないから、知ってるだろ?」
そう言うとイーサンは諦めたように溜息を吐き目を閉じる。
「それなら、身を粉にして働いてもらうぞ、ジン」
「はは、精一杯頑張らせて貰いますよ」
「大変よろしい、次の仕事まで体を休めろ」
「了解しました、叔父さん」
おどけたように言い背を向けて部屋から出る。
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