死亡率70%の異世界物件に住んだら、隣人が世界を滅ぼす聖女と人体実験好きの錬金術師とNTRソムリエと悪徳不動産屋だった件
もこもこ
第1話 死亡率70%の優良物件
「ぎゃあああああ!」
絶叫が、夜の闇に響き渡った。
赤い目をしたゴブリンの群れが、真一を取り囲んでいる。手にした錆びた剣が、月光を鈍く反射した。
「なんで、なんでこんなことに!」
真一は必死に逃げ回るが、出口は塞がれている。背中が壁にぶつかった。もう、逃げ場はない。
ゴブリンのリーダーらしき個体が、にやりと笑った。
そして、剣を振り上げ――
『24時間前』
* * *
「死んだ」
佐藤真一は、その事実を淡々と受け入れた。
通勤中のトラックとの衝突。痛みすら感じる暇もなく、意識は闇に沈んだ。走馬灯も、後悔も、何もなかった。
ただ、死んだ。
そのはずだった。
「おめでとうございます!あなたは異世界転生の権利を獲得しました!」
眩しい光の中、金髪の美女が満面の笑みで両手を広げていた。豊満な胸を強調するような純白のドレスに、ウェーブがかった金髪が腰まで流れている。透き通るような白い肌に、ぷっくりとした唇。背景には雲と虹。まるで安っぽいゲームのガチャ演出のようだ。
「は?」
「転生特典として『不死身』の能力を差し上げます!どんな致命傷を受けても24時間以内に完全回復。素晴らしいでしょう?」
「いや、ちょっと待っ」
「それでは、良い第二の人生を!」
抗議する間もなく、真一の体は光に包まれ――
* * *
気がつくと、石畳の上に倒れていた。
中世ヨーロッパ風の街並み。石造りの建物が立ち並び、行き交う人々は剣や杖を持っている。間違いなく異世界だ。
「本当に転生しちゃったのか...」
立ち上がると、ポケットに羊皮紙が入っていた。
『異世界生活スタートガイド:まずは住居を確保しましょう!』
住居。確かにそれは必要だ。
真一は周囲を見回した。通りの向こうに、派手な看板を掲げた店がある。
『デッドハウス不動産 ~あなたの死に場所、見つけます~』
不吉な店名だが、不動産屋には違いない。真一は意を決して扉を開けた。
「いらっしゃいませ~♪」
店内から、鈴を転がすような声が響いた。
カウンターの向こうには、完璧なスーツ姿の金髪美女が座っていた。ピンストライプのタイトスーツが、豊かな曲線を隠しきれずに主張している。胸元のボタンが今にもはじけそうなほど張り詰め、スカートから伸びる脚は黒いストッキングに包まれていた。碧眼が真一を値踏みするように見つめる。
「初めてのお客様ですね?私、エリザベート・フォン・デッドハウスと申します。本日はどのような物件をお探しでしょうか?」
営業スマイルが眩しい。
「えっと、安くて安全な部屋を...」
「安くて安全!素晴らしいご要望です!」
エリザベートは勢いよく立ち上がると、分厚いファイルを取り出した。その動きで豊かな胸が大きく揺れ、真一は思わず視線を逸らした。彼女はそんな真一の反応を楽しむように、わざとらしく身を乗り出してファイルを広げる。
「ちょうど良い物件がございます。家賃は月額銀貨3枚、セキュリティも万全です!」
* * *
物件は街の外れにあった。
いや、正確には街の外れの、さらに外れ。森に面した崖っぷちに建つ、明らかに廃墟じみた建物だった。
「これが?」
「はい!『ダンジョンサイドレジデンス』です。24時間モンスターが警備してくれる、最高のセキュリティ物件ですよ」
エリザベートは胸を張った。
確かに、建物の周りをゴブリンやスライムがうろついている。
「これ、セキュリティじゃなくて危険なのでは...」
「まあまあ、内見してみましょう♪」
有無を言わさず建物に連れ込まれた。
中は意外にも清潔で、家具も揃っている。
「ほら、素敵でしょう?前の住人が残した家具もそのまま使えます」
「前の住人は?」
「お亡くなりに...あ、いえ、お引越しされました♪」
今、絶対に『亡くなり』って言いかけた。
「このダンジョン物件の生存率は?」
「30%もあります!」
エリザベートは誇らしげに言った。
「つまり死亡率70%...」
「ポジティブに考えましょう!3人に1人は生き残れるんです」
それはポジティブとは言わない。
* * *
断ろうとしたが、エリザベートの営業トークは止まらなかった。
「家賃3ヶ月分前払いで、仲介手数料無料!」
「でも危険が...」
「火災保険もつけます!」
「火災よりモンスターが...」
「今なら特別に、脱出用アイテムもプレゼント!」
そう言って、小さな水晶を渡された。
「これを割れば、一度だけ街まで転送されます。ただし」
エリザベートの笑顔が、一瞬だけ影を帯びた。
「使えるのは契約後、24時間経ってからです。それまでは...頑張ってくださいね♪」
結局、所持金の関係で他に選択肢がなく、真一は契約書にサインしてしまった。
「ありがとうございます!それでは、素敵な新生活を♪」
エリザベートは満面の笑みで真一を見送った。
その笑顔の裏で、小さく呟いた。
「ふふ、不死身ねえ...本当かしら?」
* * *
夜が来た。
真一は部屋の中央で、家具でバリケードを作っていた。
窓の外では、赤い目が光っている。時折、壁を引っ掻く音が響く。
「なんで初日からサバイバルなんだ...」
ドアを激しく叩く音。
『開けろ!新入りがいるのは分かってるぞ!』
ゴブリンの声だ。
真一は震えながら、脱出用水晶を握りしめた。しかし、まだ使えない。契約から24時間経っていないのだ。
『扉を壊すぞ!』
ガンガンという音が大きくなる。
「くそっ、騙された!」
その時、扉が砕け散った。
赤い目をしたゴブリンが、涎を垂らしながら部屋に侵入してくる。
「うわああ!」
真一は必死に抵抗したが、相手は複数。あっという間に追い詰められた。
ゴブリンの爪が、真一の胸を貫いた。
激痛。
血が溢れる。
意識が遠のく。
(ああ、転生して即死か...)
真一の意識は、再び闇に沈んだ。
* * *
「っ!?」
真一は飛び起きた。
朝日が窓から差し込んでいる。体を確認すると、傷一つない。
「夢...?」
いや、違う。床には血痕が残っている。破壊された扉も、壊れた家具も、全てが昨夜の惨劇を物語っていた。
「本当に...不死身なのか」
呆然としていると、壊れた扉から人影が入ってきた。
「あら♪」
エリザベートだった。相変わらず完璧なスーツ姿で、満面の笑みを浮かべている。
「まだ生きてたんですね!素晴らしい」
「まだって...あなた、知ってて」
「知ってて?何のことでしょう」
とぼけた顔で首を傾げる。
「この物件が危険だって」
「あら、ちゃんと説明しましたよ?死亡率70%だって」
悪びれる様子もない。
「普通は止めるでしょう!」
「でも、あなたは不死身でしょう?」
エリザベートの瞳が、意味深に光った。
「だから大丈夫かな~って♪」
「どうしてそれを...」
「企業秘密です♪」
ウインクをしながら、エリザベートは壊れた扉を見回した。
「あらあら、随分と派手にやられましたね。修繕費は家賃に含まれていませんので、別途請求させていただきます」
「は!?」
「それと、今月の家賃の件ですが...」
エリザベートは請求書を取り出した。
真一は頭を抱えた。
この美女、間違いなくやべー女だ。
「ところで」
エリザベートが付け加えた。
「明日、お隣に新しい住人が越してきますよ。聖女様なんです♪」
聖女。その単語に、なぜか嫌な予感がした。
そして、これが真一と『やべー女たち』との、長い付き合いの始まりだった。
【次回予告】
隣に引っ越してきた聖女セラフィーナ。
彼女の掲げる「世界平和」の正体とは!?
「浄化って、皆殺しのことですよね?」
第2話「不死身だから大丈夫?」へ続く!
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