沈黙の手紙-I

「なくしたものを、探してくれる店があるのだそうですよ」


そんなことをわたしに聞かせたのは、教会の礼拝堂でいつもとなりに座る夫人だった。

その日も、わたしたちは祈りを終え、冷たい石の柱の影で、身をすくませながら談笑していた。高い天井から垂れさがる燭台の明かりが、夫人のつややかな黒髪を金色にふちどっている。


「なくしたもの?」

「ええ。落としものや、盗まれた宝石だけではなくて……もっと、目には見えないようなものも、だとか。記憶とか、時間とか、声とか、そんな途方もないものまで」


夫人は、少しばつが悪そうに笑った。噂話の尾ひれのようなものだと、自分でも思っているのだろう。


「まあ、わたくしも詳しいことは知らないのですよ。ただ、あるかたが、何十年も前におわったはずの会話のつづきを、その店できかせてもらったのだ、と。……もちろん、信じろというほうに、無理がありますけれど」

けれど、と夫人は言葉を濁す。

「でも、そのかたは、それからずいぶん顔つきが穏やかになられましたのよ」

その言葉だけが、やけにわたしの胸にのこった。


わたしは、その夜にかぎって、ひどく遅い時間まで起きていた。暖炉の火はとうに勢いをうしない、赤い炭だけがかすかに息をしている。窓硝子のむこうでは、街灯が輪郭をぼやかしながらゆれ、馬車の車輪が石畳をかくような音が遠くにきこえては消えてゆく。


手もとには、封筒が一通あった。空虚な白が、ランプの灯にやけに冷たく照り返している。

そこに書かれているのは、住所でも、名前でもない。ただ、震える筆致でしるされた、たったひとつの言葉――「あなたへ」。それだけだった。


わたしは、何度目かもわからないため息をつく。

この封筒の中身を、わたしはとうの昔になくしてしまっていた。


最初に手紙を書いたのは、十年以上も前のことだ。

まだ若く、愚かで、そして、どうしようもなく誇り高かったわたしは、あの人と別れたあの日からずっと、胸の中に澱のように沈んだ言葉をかかえて生きてきた。あの日、言えなかった言葉。言わなかった言葉。言ってしまえば、いつか崩れてしまうとおそれて、握りしめたまま黙りこんでしまった、たくさんのこと。


わたしは、机に向かい、インク壺を開け、震える指でペンを握りしめて手紙を書いた。にじんではぬぐい、書き損じては紙をまるめる。夜が更けていくほどに、文面は熱を帯びて、やがて涙で見えなくなった。

ようやく書き終えたころには、夜明けが近かった。鳥の声が遠くで鳴きはじめ、窓の外の空が、わずかに薄まっていた。

封筒に紙をすべりこませ、宛先を書こうとして――わたしは、手をとめた。

あの人が、どこにいるのかさえ、知らなかったのだ。


当時のわたしは、笑ってこう考えたものだ。いつか住所がわかったら、その時こそ出せばいい、と。手紙は机の抽斗にしまわれ、見るたびに胸をいためながらも、「まだ時期ではない」と言い訳を重ねてきた。そうしているあいだに年月はすぎ、家は一度引きはらわれ、荷物はまとめられ、整理され、そのどこかで、手紙は跡形もなく消え失せてしまった。

わたしは、手紙を送る機会だけでなく、その存在そのものを、なくしてしまったのだろう。


それでも、封筒だけは残った。

たぶん、引越しのどこかの拍子に紙だけが抜け落ち、空になった封筒だけが別の書類にはさまって転がりこみ、わたしのもとへ戻ってきたのだろう。あるいは、もともとこれは別の封筒で、手紙をなくしたわたしが、そこに「あなたへ」と書きつけて、ささやかな代用品にしたてただけなのかもしれない。


もはや確かなことは、何ひとつわからない。

けれど、白い封筒は、わたしにとって喪失そのものの象徴だった。ふと視界に入るたび、胸の奥に沈殿していた悔恨が、泥水のように攪拌される。夜な夜な眠れぬまま天井を見つめ、もしもあのとき手紙を出していたなら、と考えてしまうのだ。


もしも、あの人がそれを受け取っていたら。

わたしの言葉は、あの人の心に何かを残していただろうか。あの日の別れは、少しでも違う形をとりえただろうか。

そう考えずにいられないのに、わたしには、もう確かめようがなかった。

なにしろ、その「あの人」すら、すでにこの世にはいないのだから。


訃報を聞いた日は、よく晴れた日だった。

遠い町から届いた一枚の薄い紙。そこにしるされていた事実は、簡素すぎるほど簡素なしらせで、読むだけなら数呼吸もいらないほどの分量しかなかった。そのくせ、その数行の文字が、わたしの世界をひっくり返すにはじゅうぶんな重さを持っていた。


わたしは椅子に腰をおろしたまま、身動きが取れなくなった。涙も出ない。何かを叫ぶこともできない。ただ、心臓が落ちてしまったかのような空虚さのなかで、ひとつの考えばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。


――もう、手紙を出すべき相手は、どこにもいなくなってしまったのだ。


永遠に届かぬ言葉を胸に抱えたまま、わたしは生きていくのだ。愚かさと臆病さを悔いながら。


そのはずだった。

しかし、人の世には、ときに理から逸れた道が、ひっそりと存在しているらしい。


幾夜も眠れぬ夜を重ねて、そのうち、そういう酸いや甘いのすべてが、日常のいとなみへと溶けこんでゆくおりに、わたしはふと、そういう噂を思い出した。

もし、本当にそのような店があるのだとしたら。

わたしのなくした手紙も、どこかで眠っているのだろうか。

あるいは、手紙がとどいていた世界の記憶が、どこかに沈んでいるのだろうか。


それを知ったところで、現実は変わらない。死者はもどらず、あの日の選択もやりなおせない。それでも――それでも、あの人がわたしの言葉を受け取ったなら、何を思ったのか。それだけでも知ることができたなら。

わたしは、少しはましに、自分をゆるせるようになるのかもしれない。


そんな突飛な考えが、いつの間にか芽を出していた。

夫人から伝え聞いただけの噂は、霧のようにあいまいだった。

「路地の奥にある」「地図には載っていない」「扉には看板もない」。

唯一確かなのは、その店が、霧の降る夜にだけ現れる、ということだけだった。


以降わたしは、何度も出かけては、肩を落として戻るということをくり返した。昼間の街は騒がしく、路地も小道も、人と荷車と叫び声で埋めつくされている。日がかたむき、仕事帰りの人々が足早に通りを急ぎはじめるころ、ようやく霧がゆるやかに降りてくる。


霧が濃くなるにつれて、建物の輪郭が溶け、街灯が水の中の灯りのようにぼやけていく。その中を、わたしは慎重に歩いた。真鍮のランプを手に、裾を汚さぬよう気をつけながら。裾を踏みそうになるたび、あの人に笑われた日のことを思い出す。


「そんなに裾をたくし上げて。貴族のご令嬢だって、もう少し優雅に歩きますよ」


細められた灰色の瞳が、どれほど愛おしく、どれほど憎らしかったことか。

わたしは、霧の中にその面影を探すように歩いた。

いくつもの路地を曲がり、石造りの壁を右へ左へとかわし、裏庭の物干しのあいだを抜け、洗濯物から滴る水滴を避けながら進む。足音が人の気配からはなれ、やがて自分の靴音だけになると、世界がゆっくりと変わっていくような心地がする。


どこかで子どもの笑い声がした気がして振り返ると、そこにはもう誰もいない。さっきまで見えていたはずの広い通りも消え、まるで街そのものが霧に飲まれてしまったかのようだった。


そして、その夜――。

わたしは、とうとう、それを見つけたのだ。


そこは、ごくありふれた路地裏に見えた。石畳が湿り、雨だれの痕が壁に筋をえがき、古い木箱や壊れた樽が積み重なっている。どこにでもありそうで、だからこそ、さっきまで見たことがなかったのが不思議なくらいだ。


路地の突き当たりに、小さな扉があった。

重そうな木の扉。表面は傷だらけで、ところどころ塗装が剥げ、鈍い色の木目が顔をのぞかせている。鉄の蝶番には錆がにじみ、真鍮のドアノブは、数えきれないほどの手にふれられたのだろう、擦り減ってまろやかな光を帯びていた。

扉には、看板も表札もかかっていない。


それでも、わたしは直感した。この先に、噂の店があるのだと。


胸の奥で何かが高鳴っている。期待なのか、恐れなのか、自分でも判然としない鼓動の速さに、思わず手をあてた。

こんなところまで来させておいて、今さら引き返せるだろうか。


扉の向こうにあるのは、新たな絶望かもしれない。優しい夢かもしれない。あるいは、どちらでもない、ただのまやかしなのかもしれない。

それでも、開けなくてはならないのだと、わたしは知っていた。

開けなければ、わたしの時間は永遠にあの日に閉じこめられたままだ。


わたしは、ひとつ深呼吸をした。胸いっぱいに冷たい霧の匂いを吸いこみ、震える指で、扉を叩く。


コン、コン。


少し間を置いて、もう一度。


コン。


霧の中に、木の鈍い音が溶けていった。中まできちんと聞こえてくれるのだろうか、と不安になるほど、弱々しい音だった。


けれど、次の瞬間、扉のむこうから、何かが目をさましたような気配がした。

中の空気がわずかに動き、ぎい、と鍵がはずれる音がする。その一つひとつの音が、やけにくっきりと耳にとどく。わたしは両手をぎゅっと握りしめた。


扉が、開いた。

内側からもれてきたのは、灯火のあたたかな色ではなかった。なんと表現すべきか、迷ってしまう。黄でもなく、橙でもなく、かといって青白いわけでもない。無数の時間の層が折りかさなって濁ったような、不思議な光だった。


まず鼻孔をくすぐったのは、埃のにおい。古い紙と布と木と、蝋燭が焦げたようなにおい。それに、どこか場違いな甘いかおりがしてくる。ヴァニラのような、それでいて、もっと淡く遠い、記憶の片隅から立ち上るようなにおい。


目が慣れていくにつれて、そこが店であるとわかってきた。

床から天井までとどきそうなほどの棚が、幾列もならんでいる。そこに詰めこまれているのは、本や瓶や箱や、用途のわからない部品たち。鍵の束、壊れた懐中時計、片方だけの手袋、色あせたリボン、封のされない封筒たち⋯⋯。どれもこれも、どこかの誰かの人生の断片であるように見えた。


その中央に、小さな丸いテーブルがひとつ、ぽつんと置いてある。深い色の布がかけられ、白磁の茶器が整然とならべられていた。

そのテーブルのむこう側に、少年が座っていた。


年のころは、十二か十三か。あるいは、もっと幼く見えたかもしれない。白い髪がやわらかく額にかかり、その下の瞳は、硫酸銅を溶かした水のように、淡く澄んだ水色をしていた。頬はなめらかで、唇はまだ子どものそれなのに、その視線は、わたしがいままで出会ってきたどの大人よりも深く、遠くを見ているように思われた。


「いらっしゃいませ」


少年は、椅子から立ちあがらずに、そう言った。

声は澄んでいて、よく磨かれた鐘の音のようにも聞こえる。決して大きな声ではないのに、店の隅々まで染み渡っていくような響きがあった。

わたしは、知らず知らずのうちに、自分の手が冷たくなっていることに気がつく。

これほど幼い子どもが、このような場所で一人きりで店番をしているのだろうか。両親はどこにいるのだろう。ところが、大人の姿も気配も、どこにも見えない。


「……あの」

言いかけた言葉は、自分でもおかしなくらいに頼りない声だった。


少年は、わたしに視線をむける。その水色の瞳に、反射するものはほとんどない。わたしの姿さえ、その表面を滑っていくように見える。きっと、彼は、もっと別のものを見ているのだ。わたしが見たことのない何かを。


「こちらは、お店……なのでしょうか」


やっとのことで、そう尋ねると、少年は微笑んだ。

その笑みは、やわらかいようでいて、ひどく冷たくも感じられた。暖炉の火が燃え尽きたあとの灰のような、静かな温度に似ていた。


「ええ。なくしもの屋です」

抑揚のうすい声で、少年は言う。

「なくしたものを拾い上げ、お返しする店です」


わたしは、ごくりと喉を鳴らした。

言葉にすればたったそれだけの説明なのに、その中には途方もないものがふくまれている気がした。


「……本当に、なくしたものを」

「本当に、とは」


少年は、わずかに首をかしげる。

子どもらしいしぐさのはずなのに、何故か、戸惑いではなく、興味のなさを示しているように見えた。


「本物の金か偽物の金か、という話ではございません。こちらで扱うのは、元より手で触れられないものが多くをしめておりますので」

「目に見えないもの、ですか」

「記憶や時間や、声。それから名前など。失ってしまった方がたが、こちらにいらっしゃる理由の多くは、そういったものですね」


さらりと告げるその口調は、朝食の献立でも述べるかのように淡々としていた。

わたしは、自分の胸の奥にとぐろを巻いている言葉を、飲み込むべきか、吐き出すべきか迷った。

どうせ笑われる。どうせ追い返される。噂話を真に受けた哀れな女だと嘲られる。それでも――。


「……わたしも、なくしものを、探していただきたいのです」


ようやく絞り出した言葉は、存外落ち着いていた。

少年は、わずかに目を細める。


「どうぞ、こちらへお掛けください」

彼は、むかいの椅子を顎で示した。

「お話は、それからうかがいましょう」


腰をおろすと、椅子が小さく軋んだ。テーブルの上には、いつの間にか茶器が並べられている。白磁のティーカップ。金色の縁取り。薄い磁器を透かして、灯りがやわらかく揺れていた。


「失礼いたします」


背後から、鈴を鳴らしたような声がした。

振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。淡い金色の髪を肩のあたりでふわりとたばねていて、深い褐色の瞳は、少しだけ眠たげに見える。ひかえめなエプロンドレスの裾からのぞく足首は華奢で、まるで精巧な人形のような雰囲気をまとっていた。

けれど、その手つきは驚くほど慣れていた。トレイを軽々と持ち、揺らさぬよう注意を払っている様子がうかがえる。小さな手が、カップをそっとテーブルに置き、琥珀色の液体が静かに波紋をひろげた。ふわりと、上品な紅茶の香りが立ちのぼる。そこにも、かすかにヴァニラの甘さが混ざっていた。


「どうぞ」

少女は、にこりと微笑みもせずに言った。だが、その声にとげはない。

「砂糖は、お使いになりますか」

「あ……ええ、一つだけ」


わたしが答えると、少女は砂糖壺から角砂糖をひと粒取り、静かにカップへ落とした。小さな音がして、泡が一瞬、表面をおおう。


「ありがと……う」


礼を言いかけたところで、少女はもう、音もなく踵を返していた。動きがあまりに滑らかで、床に足が触れていないのではないかと錯覚してしまうくらいだ。彼女は棚の間に消え、その姿はしばらく見えなくなる。


「ジェーン」

少年は、ふと呼びかけた。

「お菓子もお出しして」

「はい」


ごく短く返事が聞こえ、それからガラス戸の開閉する微かな音がした。

わたしは、カップの取っ手に指をかけながら、少年を見つめる。


「彼女は……」

「こちらで手伝いをしてくれているものです」

少年は、特に興味がなさそうな口ぶりで言った。


「深くお考えにならずともけっこうですよ。どこの誰かなど、こちらではたいした問題ではございませんから」


軽口のつもりなのか、それとも、本当にそう思っているのか。わたしは、少年の言葉の真意をはかりかねて、あいまいに笑った。

紅茶をひと口すする。熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうどよい温度だった。渋みは控えめで、喉をすべっていく感触が心地よい。体の芯からほぐれていくような感覚に、気づけば、わたしの肩の力は少し抜けていた。


「さて」

少年は、カップをソーサーに戻し、指を組む。

「そろそろ、お話をおうかがいしてもよろしいでしょうか」


水色の瞳が、静かにわたしを見つめる。

そこには、慈悲も、同情も、期待も、なにもなかった。ただ、淡い光のようなものが、ひと筋だけ走っている。あれは何だろう、と考える間もなく、わたしは口を開きはじめていた。


「わたしは……手紙を、なくしてしまったのです」

その言葉を、声に出して言うのは、これが初めてのことだった。

夫にも、友人にも、誰にも話したことがない。

自分でも驚くほどすらすらと、言葉は口からこぼれていった。


わたしは、あの日のことを話した。

若かったころの自分。あの人と出会い、惹かれ、のちに別れたこと。愚かで、意地ばかり張って、本当に言いたいことを隠し続けていたわたしのこと。

別れの夜の冷たい空気。街角のあかり。握りしめた手袋の内側で汗ばんだてのひら。喉の奥までこみ上げてきた言葉を、なんとか飲み込んだ瞬間の、胸を引き裂かれるような痛み。

そして、夜明け前に書いた手紙のこと。

どれほどの言葉をつぎ込んでも足りない気がして、何度も書き直したこと。インクの染みが増えていく紙の上で、自分の心そのものをこすり落としているような気がしたこと。

完成した手紙を封筒に入れ、そのまま出せずにしまい込んでしまったこと。何度も取り出しては読み返し、そのたびに涙をこぼしていたこと。やがて、家を移る際に、手紙をなくしてしまったこと。


「そのまま……そのまま、年月が過ぎてしまいました」

わたしの声は、自分でもわかるほど震えていた。

「手紙をなくしたことを、わたしは、ずっと悔いておりました。それでも、まだ、いつか見つかるのではないかと、どこかで期待していたのです。あの手紙を持っていれば、いつか住所がわかったときに、出せるのだと。……でも」


訃報の紙切れのことを話そうとして、わたしは言葉をうしなった。

あの薄い紙の感触が、ふいに蘇ったからだ。粗末な紙。滲むインク。読み返すたびに、文字が肌に焼き付くように感じられた。


「あの人は……亡くなりました」

ようやく、それだけを告げる。

少年は、瞬きひとつせずに聞いていた。

「遠い町で倒れ、そのまま……」

わたしは、指先を握りしめた。

「だから、もう手紙を出す相手は、どこにもいないのです。たとえ、今、手紙が見つかったとしても。それでも……」


わたしは、必死に言葉を探した。

自分が何を求めているのか、自分自身でもはっきりとはわかっていなかった。

ただ、胸の奥に重く沈んだ何かが、ここにきてようやく、形をとりかけている気がした。


「もしも、あの手紙が届いていたなら」

わたしは、かすれた声でつづける。

「あの人が、それを受け取っていたなら。何かが、少しでも変わっていたのかどうかを……知りたいのです」


沈黙が落ちた。


コツ、コツ。

店の奥で、時計が鳴っている。秒針が刻む規則的な音。それが、やけに大きく響いた。

少年は、しばらくなにも言わなかった。

水色の瞳は、わたしの顔を見ているようでいて、そのむこう側にある何かをながめている。

ひどく冷たい海の底から、遠い星を見上げているような目。

やがて、彼は、ごく小さく息を吐いた。


「なるほど」


その一言には、感情の色がほとんど乗っていなかった。


「つまり⋯⋯、あなたがなくされたものは、手紙そのものではない、ということなのですね」

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