吸血者探偵は記憶を吸う

青冬夏

1章 双子

1 吸血者探偵

 ある日の昼下がり。都内のコンクリートで作られた、灰色の五階建てのビルが日光を跳ね返している。ビルの最上階フロアに向かうと、そこは至って普通の内装。そのフロアには、羽賀野なつという一風変わった女性探偵が、背もたれに寄りかかりながら革製の椅子に座っていた。


 少し視線を移動すれば、蒼白な肌とキリッとした目つきの男性。波岩奈里人は羽賀野なつへ視線を向け、何も話しかけずにジッと見つめ続けた。


 その視線に気がついたのか、なつは波岩に「なんだ?」と首を傾げた。


 「……いや」

 「なんか言ってみれば?」

 「なんかって?」

 「ほら……なんか言いたげそうな顔」

 と言い、羽賀野なつは顎をしゃくった。


 「言いたげそうなって──まあ、色々と言いたいことはあるんだけど」

 「ほう……例えば?」

 「……事務所を開いて二年も経過するのに、どうして誰も入ってこないんですか」


 そう問われると、なつは「ほうほう……興味深い」と顎をなで始めた。

 少しの間沈黙が走る中、彼女は「あそっか!」と声を上げた。


 「きっと場所が悪いんだ!」

 「違う!」


 波岩はなつの言葉に食い入るようにして声を上げ、これまでのこと──事務所に誰一人として客が入ってこない原因をつくった過去を脳裏に思い浮かべた。




 ──今思えば、二年もの間に解決した出来事は全て……羽賀野が個人的に首を突っ込んで解決した事件ばかりだった。ばかり……というより『しか』の間違いだけど。




 ある時は偶々乗り合わせたタクシーで拉致事件が起きて、その事件を解決。

 またある時は、偶々乗り合わせた電車内で毒物による殺人が起きて、その事件の犯人を見事突き止める。

 そんな感じで、自ら首を突っ込むというより偶々そこに居合わせた結果、事件が起き、そして犯人を見事突き止める。

 そんな感じの過去が波岩の記憶に残っていた。




 「事務所の宣伝をしないからじゃないですか? だから人が来ない」

 今までの記憶をなつに伝えた上、波岩は早口で捲し立てる。そんな様子を見たなつは歯痒い表情になりながらも「……そ、それは……」と答えた。




 「こ、怖いから……」

 「え?」

 「だって、怖いんだもん‼」




 ──何が怖いんだよ。




 内心悪態をつきながら、波岩は色白な額に手を当てる。

 その時、波岩の傍から鈴の音が部屋中に響く。

 音に二人は扉の方向に視線を向けると、そこには凜々しい顔立ちをした女性がそこに立っていた。耳にはイヤリングをしており、髪型が整っていることから、清潔な印象を彼らに与えた。


 「……ここ、羽賀野なつさんの探偵事務所で間違いないですか」

 女性は静かな声で呟いた。

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