第40話:空からの警鐘

王国が、姫の飛行成功に沸き返る中、

アリアンナは、新たな日常を送っていた。

公務の合間を見つけては、

密かに、しかし頻繁に、

彼女の「箒型魔導翼」で、空を飛んでいた。

夜空を駆けるその時間は、

彼女にとって、至福の瞬間だった。

星々が、まるで宝石のように輝き、

冷たい夜風が、頬を心地よく撫でる。

地上に広がる王都の灯りは、

まるで巨大な光の絨毯のようだった。

加速すれば、王都はあっという間に点になり、

彼女は、かつて夢見た、

流星のような速度で、大空を駆け巡る。

その飛行は、日を追うごとに、

さらに洗練され、精密になっていった。

彼女は、機体を、

まるで自分の体の一部のように操り、

時に優雅な曲線を描き、

時に音速を超えるような加速を見せた。

この「箒」は、もはや、

彼女の夢そのものだった。

その飛行中に、彼女は、

自身の魔力制御能力の限界を試す。

高高度での空気の薄さ。

高速飛行時のGへの耐性。

全てが、彼女の知的好奇心を満たした。

空は、無限の可能性を秘めた、

広大な研究室だった。


その日も、アリアンナは、

いつもより高く、そして遠くまで飛んでいた。

地平線の彼方、山脈の向こう側。

そこは、王国の偵察隊が、

通常、到達できない領域だ。

澄み切った夜空の下、

彼女は、心ゆくまで飛行を楽しんでいた。

夜空の静寂は、彼女の独り言を許す。

「もっと高く……もっと遠くへ……。」

そんな言葉が、夜風に溶けて消える。

その時だった。

遥か遠く、地平線の境界線に、

微かな、しかし不穏な黒い影を見つけた。

最初は、雲かと思った。

だが、その影は、まるで意思を持つかのように、

規則正しい隊列を組み、

ゆっくりと、こちらへと向かってくる。

「あれは……?」

アリアンナの瞳が、僅かに細められた。

彼女のチートな視覚が、

その影の正体を、瞬時に捉える。

それは、黒い鎧に身を包んだ兵士たち。

彼らの装備は、月光を受けて鈍く輝いていた。

掲げられた旗には、

見慣れない獣の紋章が描かれている。

その数、何千、何万……。

夥しい数の軍勢が、

夜の闇を突き進み、

王国の国境へと迫っていた。

彼らが巻き上げる土煙が、

空高く舞い上がり、

月光を遮っている。

王国の歓喜を打ち砕くかのような、

不穏な進軍。

アリアンナの心臓が、ドクン、と大きく鳴った。

夢に浸っていた心が、一瞬で現実に引き戻される。


「敵軍……!」

アリアンナの心臓が、ドクン、と大きく鳴った。

夢に浸っていた心が、一瞬で現実に引き戻される。

このままでは、王国が危ない。

彼女は、すぐに箒型魔導翼の姿勢を転換させた。

機体が、キュィン、と電子的な音を立て、

猛スピードで、王宮へと引き返す。

魔導炉の推力が最大まで引き上げられ、

機体は、夜空を切り裂く流星となる。

風が、轟音を立てて彼女の耳元を過ぎ去る。

王都の市民は、まだ祝祭の余韻に浸り、

夜空の異変に気づいていない。

その無邪気な灯りが、アリアンナの目に、

一層の焦りをもたらした。

今、この危機を知るのは、私だけ。

私が、王国を、守らなければ。


王宮に帰還したアリアンナは、

休む間もなく、国王の執務室へと急いだ。

廊下を駆け抜ける足音が、

静かな夜の王宮に響き渡る。

執務室では、国王と軍師が、

夜遅くまで、王国の未来について語り合っていた。

テーブルには、今日の祝宴の残りが、

まだ残されている。

彼らの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。

「姫よ、どうしたのだ? 息を切らして。」

国王が、驚いたようにアリアンナを見た。

アリアンナは、乱れる息を整え、

一言、告げた。

「陛下……敵軍です。

北東の山脈を越えて、

大規模な軍勢が侵攻しています!」

彼女の言葉に、国王と軍師の顔から、

一瞬で血の気が引いた。

テーブルの上のグラスが、

微かに震える。

「まさか……この時期に?」

軍師が、信じられないといった顔で呟く。

彼の顔には、警戒の色が浮かんでいた。

「偵察隊からの報告はまだないはず……」

アリアンナは、その言葉を遮った。

「空から、私の目で見てきました。

王都から、遥か百キロメートル先の、

山脈の向こう側です。

掲げられた旗は、見慣れない獣の紋章。

兵の数、およそ十万。

進行速度から見て、夜明け前には、

国境に到達するでしょう!

彼らは、複数の隊列に分かれ、

奇襲を企んでいます!」

彼女の報告は、あまりに詳細で、正確だった。

国王と軍師は、顔を見合わせた。

彼らの知る常識では、ありえない情報だ。

しかし、アリアンナの瞳には、

揺るぎない真実が宿っていた。

国王は、冷静さを取り戻し、

軍師に命じた。

「すぐに偵察隊を派遣せよ!

そして、全軍に警戒態勢を敷け!

王都の防衛を固めよ!」

国王の号令が、王宮に響き渡る。

兵士たちが、慌ただしく駆け出し、

伝令の魔力が、宮廷中に瞬く。

平和と歓喜に満ちていた王宮は、

一瞬で、緊迫した戦場へと変貌した。

アリアンナの「空を飛ぶ」という夢の道具が、

今、まさに、王国を守るための、

最重要な「目」となる瞬間だった。

彼女の空への夢は、

新たな使命を帯びたのだ。

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