第38話:伝説の誕生、空の姫

王宮の広場は、今、

歓喜の渦に包まれていた。

アリアンナの「箒型魔導翼」が、

滑らかに着地した瞬間、

それまで張り詰めていた空気が、

一瞬で弾け飛んだのだ。

割れんばかりの拍手と歓声が、

夜空を揺るがすように響き渡る。

地面が、人々の足踏みと喜びの叫びで、

微かに震えているかのようだ。

人々は、我を忘れ、

発射台へと押し寄せようとする。

王宮の衛兵が、必死に群衆を制止していたが、

その顔にも、興奮の色が滲んでいた。


広場に集まった人々は、

皆、歓喜の涙を流していた。

その中には、膝から崩れ落ち、

天を仰ぎながら、

「生きててよかった……! この日が見られるとは!」と、

絞り出すように叫ぶ老人もいた。

彼は、杖を突きながら空を見上げ、

「人間が、本当に空を飛んだのか……」と、

信じられないといった顔で呟く。

その瞳には、子供のような純粋な輝きが宿っていた。

若者は、互いに抱き合い、

「やったぞ!」「空だ!」

この奇跡を分かち合っていた。

顔には、希望の光が満ちている。

子供たちは、純粋な awe に目を輝かせ、

「僕も!僕も空を飛んでみたい!」と叫び、

小さな手で、拙い紙製の飛行機を空に飛ばす。

誰もが、その目に、

未来への、希望の光を宿していた。

何世紀もの間、誰も成し得なかった、

人類の夢が、今、確かに現実となったのだ。

その感動は、言葉では表現しきれないほどだった。

歓声は、王都全体へと広がり、

街中が歓喜に包まれていく。

酒場では、グラスがぶつかり合う音が響き、

パン屋からは、焼きたてのパンの香りが、

祝福の匂いのように漂っていた。

広場にいる外の国の使節団は、

その光景を呆然と見つめていた。

彼らの顔は、驚愕と、

そして、焦りの色に染まっていた。


アリアンナは、機体から降り立つと、

集まった人々に、にこやかに手を振った。

彼女の顔は、喜びと達成感で、

最高に輝いている。

その姿は、まさしく、

夜空を舞い降りた、希望の女神だった。

人々は、彼女を称え、

その名を叫び続けた。

「姫様!」「アリアンナ様!」「空の姫!」

その声が、彼女の耳に心地よく響く。

王国の重臣たちも、感極まった様子で、

アリアンナの元へと駆け寄ってきた。

財務長官は、涙を流しながら、

「姫様……よくぞ、よくぞ成し遂げてくださいました!」

と、その手を握りしめた。

彼の目には、未来の王国の姿が、

はっきりと見えていた。

国王は、誇らしげに胸を張り、

アリアンナを抱きしめた。

その腕には、深い愛情が込められている。

「姫よ……そなたは、この王国に、

まさしく奇跡をもたらした!」

その言葉には、揺るぎない信頼と、

未来への確信が満ちていた。

ゼファーとフィリップもまた、

静かに、しかし深い喜びをもって、

この光景を見守っていた。

彼らは、互いに目を合わせ、

無言で、固く頷き合った。

「やったな」「ああ、やったぞ」

その視線が語りかけていた。


その時だった。

広場の一角から、

一人の老女が、震える声で叫んだ。

彼女の目は、アリアンナの姿を、

まるで幻でも見るかのように見つめていた。

それは、古くから語り継がれてきた、

失われた「異端者たち」の物語に、

通じるものがあったのかもしれない。

「ま、魔女だ……! 魔女が空を飛んだぞ!」

その言葉は、まるで伝染するかのように、

瞬く間に広場全体へと広がっていった。

「魔女のようだ!」「魔女だ!」「魔女の箒だ!」

人々の口々に、その言葉が繰り返される。

それは、恐怖の声ではない。

畏敬と、驚嘆と、

そして、純粋な憧れが入り混じった、

興奮の声だった。

アリアンナの操る「箒型魔導翼」は、

彼らが童話や神話でしか知らなかった、

「空を駆ける魔女」の姿と、

あまりにも酷似していたのだ。

そして、その強大な魔力と、

人類の常識を超えた偉業は、

まさに「魔女」という言葉でしか、

表現できないものだった。

こうして、アリアンナは、

「空の姫」としてだけでなく、

「大空の魔女」という伝説として、

人々の心に深く刻まれていく。

その名前は、喜びと、

そして未来への希望の象徴となった。


王国の常識は、一夜にして覆された。

魔法は、血筋に縛られるものではなく、

探求と創造によって、

無限の可能性を秘めていることを、

人々は実感した。

空は、もはや遠い存在ではない。

人類の新たな時代が、

今、確かに始まったのだ。

王国の学術機関では、

古文書の解析がさらに加速し、

各地の工房では、

姫の魔導翼を模した、

新たな魔導具の開発が密かに始まる。

王都の街角では、子供たちが、

木の棒を箒に見立て、

「いつか、魔女になる!」と叫びながら、

空を夢見て走り回っていた。

アリアンナは、歓声の中心で、

小さく微笑んでいた。

彼女の夢は、確かに現実になった。

だけど、彼女の心の中では、

まだ、本当の夢の続きが、

静かに燃え盛っていた。

この壮大な飛行は、あくまで第一歩だ。

もっと高く、もっと遠くへ。

あの星の彼方まで、私の箒で。

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