第16話:姫の魔力制御訓練とシステムの安定化
地下深くの古の工房は、
アリアンナの夢に向けた、
新たな段階へと進んでいた。
資材の供給は潤沢。
試作機「グライダー箒型」も、
物理的な滑空は可能になった。
だが、あのテストで明らかになったのは、
「もっと繊細な魔力制御」の必要性だ。
いくら魔力が圧倒的でも、
荒々しいだけでは、理想の飛行はできない。
アリアンナは、自身の魔力特性を深掘りし、
より精密な制御を体得するための、
地道な訓練を開始した。
彼女の訓練は、誰もいない工房の隅で、
密やかに行われた。
掌に魔力を集中させ、
それを微細な光の球に変える。
その球体を、空中に描いた、
複雑な軌道の上で、寸分の狂いもなく動かす。
時には、複数の光の球を同時に操り、
それぞれ異なる軌道を辿らせる。
魔力は、彼女の意図に完璧に応えるが、
その「完璧さ」を維持し続けるのは、
想像を絶する集中力と、魔力の消費量を要求した。
彼女の額には、うっすらと汗がにじむ。
腕や指先が、細かく震えることもある。
それでも、彼女の瞳は、一点の曇りもなく、
ただひたすら、輝きを放っていた。
彼女の魔力は、常に溢れんばかりに満ちている。
だが、それを細く、長く、精緻に操ることは、
肉体と精神に、大きな負荷をかけるのだ。
まるで体内で、特殊な魔力の歯車が、
高速で回転しているかのような感覚。
それが、後の「魔力代謝負荷」と呼ばれる現象の、
萌芽であったことを、この時の彼女は知る由もなかった。
彼女は、数式を壁に書き出し、
それを見ながら、魔力の流れを調整していく。
まさに、科学者と魔導士の融合だった。
一回の訓練で、数時間は集中し続ける。
体力の限界まで、自分を追い込むのだ。
だが、その顔には、いつも満足げな笑みが浮かんでいた。
ゼファーは、そんなアリアンナの訓練を、
片隅で静かに見守っていた。
彼もまた、システム安定化の作業に没頭している。
グライダー箒型に組み込む魔導回路の最適化。
魔力伝達効率の向上。
彼のドワーフとしての卓越した技術は、
高純度アゼリア石を微細に加工し、
魔力伝達ロスを最小限に抑えるための、
複雑な回路網を組み上げていく。
彼は、姫の訓練中の魔力出力を、
特殊な魔導計測器で詳細に記録していた。
そして、そのデータを分析し、
機体の回路設計へとフィードバックする。
「姫様の魔力は、まるで嵐のようだ。
強大だが、今のままでは、
機体の制御に、多大な負荷がかかるだろう。」
ゼファーは、自身の計測器のデータを見ながら呟いた。
彼は、この圧倒的な魔力を、
どうすれば安定して、効率的に飛行に転用できるか、
その答えを探っていた。
そして、ある結論に達する。
姫の魔力は規格外ゆえに、
従来の魔導回路では、その出力を受け止めきれないのだと。
彼は、姫の魔力に耐えうる、
新たな魔導回路の設計に着手した。
これがのちに、「高負荷魔導翼」の推進力と姿勢制御、
魔力代謝負荷への耐性向上に繋がる、
重要な伏線となる。
「この制御が実現すれば、
人類が空を飛ぶ時代は、確実に早まる。」
ゼファーの瞳には、熱い光が宿っていた。
フィリップも、姫の訓練の様子に、
静かな感動を覚えていた。
彼の植物魔法は、工房内の湿度を調整し、
アリアンナが集中しやすい環境を整える。
時には、微細な魔力感知を要する、
特殊な植物の標的を作り出すこともあった。
アリアンナが魔力で操る光の球を、
彼は植物の蔓で構成された迷路の中を、
寸分違わず通してみせるように指示する。
「姫様は、まるで魔力の天才だな。」
フィリップは、そう心の中で呟いた。
彼の目には、姫の努力が、
確実に実を結びつつあるように見えた。
工房の空気は、アリアンナの魔力によって、
常に微かに震えているようだった。
アリアンナは、訓練の合間に、
ゼファーの組み上げた新たな回路の設計図を眺める。
「ねえゼファー、この回路だと、
魔力の流れがすごくスムーズになるのね!
まるで私の魔力が、直接、
機体の神経になったみたい!」
彼女は、自身の魔力操作と、
魔導回路の設計が、
密接に関わり合っていることを理解し始めた。
これまでの座学で培った知識が、
実践で次々と活かされていく。
彼女の顔には、疲労の色が浮かぶこともある。
だけど、彼女の瞳は、いつも明るく、
探求心に満ちていた。
「もっと精緻に。もっと速く。もっと自由に。」
彼女の向上心は、尽きることがない。
彼女は、まるでゲームのレベルを上げるかのように、
自身の魔力制御能力を、高めていった。
そうして、姫の個人的な訓練が、
知らず知らずのうちに、
「高負荷魔導翼」の実用化に向けた、
極めて重要な基礎を築いていくのだった。
工房の熱気は、姫の夢を乗せて、
さらに高まっていく。
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