魔王軍に敗れた女聖騎士は、魔王の護衛として第二の人生を謳歌する

左腕サザン

第1話

 私の名前はイルミナ=ルーシー。

 つい先日まで、エスペラー王国聖騎士団団長を務めていたのだが、今はこうして腕を後ろで縛られ、魔王の前に跪いている。

 ここまでの私の身に何があったのか、経緯を軽く説明しよう。



 

 私はエスペラー王国に、第一聖騎士団騎士団長として務めていた。

 だが、長年抗争状態にある魔王軍との戦いにて敗れ、第一聖騎士団から数多の重傷者を出してしまった。

 幸い、死者は1人もいなかったものの、聖騎士団長として、この責任は負わねばならない。

 そして、つい先日、国王様より、第一聖騎士団騎士団長の解任の命を言い渡されてしまったのだ。


 これが、解職であれば、私は騎士団長としての座を失うものの、聖騎士団に残ることは出来たのだが、今回は被害が大きかったためか、国王様は解任との判断に至り、私は聖騎士団自体を辞める運びとなったのだ。


 聖騎士団を抜けた私に行くあてなどなかった。

 両親を幼き頃に亡くし、幼き頃より剣ばかり握ってきたのだから……。


 そうして私はしばらく家に籠るようになり、目が覚めた時には、この魔王城に監禁されていたのだ。

 いつからここにいたのかは分からないが、体の状態から、そこまで長くは監禁されていなかったように思える。




 こうして私は現在、魔王に呼び出され、魔王城の謁見の間にて、跪かされているのだ。


「くっふっふ……実に良い女だ」


 私の正面に座り、妖しげな笑みを浮かべる男。

 奴こそ、人魔族の頂点に立つ、我々聖騎士団最大の厄災、魔王アビスだ。

 アビスは22という若さで魔王の座を受け継ぎ、そこからたったの8年で、急激に魔王軍の勢力を拡大させている、屈指の実力派の魔王だ。


「……その拘束、そろそろキツイだろう?」


 アビスは私を見下しながら、嘲るかのようにそう口にする。


「ふっ、キツイものか――この程度で根を上げていたのでは、私は聖騎士団長になどなれておらぬ!」


 私はやつにそう啖呵を切った。

 今は聖騎士団でもなんでもないが、今でも敵であるこいつに屈するなど有り得ん。


「面白い――凄まじい精神力だな。だが、やはり可哀想だ。外してやれ」

「「「――え?」」」


 その魔王の言葉に、私だけでなく、私の後ろにいた護衛らしき2人も驚いた表情を見せた。

 そして後ろの護衛たちが、焦った様子で魔王に抗議する。


「で、ですが魔王様! こやつの力は魔王様も理解していますでしょう!?」

「ここで拘束を解くのはあまりに危険です!」


 剣もなければ、最近はあまり栄養も摂れていなかったから、魔力もあまりない。

 拘束を解かれても、すぐに暴れるなんてことは無いのだが、確かにこの2人の言うことは正しい。

 だが、アビスは2人の言うことを聞こうとしなかった。


「お前たちには、こいつが拘束を解かれたら、敵陣で単独で暴れるほど馬鹿なやつに見えるのか?」

「い……いえ……」

「で……ですが……」


 魔王の重圧に、2人は怯え、言葉が詰まる。

 私もこの状況に困惑していたが、敵に情けを受けるなど、私のプライドが許さぬ。


「ふっ――魔王アビス! 私がこの程度の拘束で苦しいとでも思っているのか!? 敵に情けをかけるなど、随分と腑抜けた奴だな!」


 私は魔王軍に捕らえられた時点で、既に命など捨てている。

 仮にも私は聖騎士団長だったのだ。敵に情けをかけられるくらいなら死んだ方がマシ……。

 そう思って、私は奴に再び啖呵を切ってやった。


 すると、アビスの眉がピクリと僅かに動く。

 次の瞬間、アビスが椅子から立ち上がったかと思えば、そこから姿を消した。


「なっ!」


 そして、私の目の前に黒い煙とともに瞬間移動をしてみせたのだ。

 アビスはその場にしゃがみ込むと、私の体を、目を見開いてじっと見つめた。

 そして、何かに気がついたかのように話し始めた。


「まさかお前、監禁していた昨日一日、一食も摂らなかったのか?」


 そう、私は昨日の朝目を覚ますと、魔王城に監禁されていた。

 監禁部屋には食事が提供されていたが、私は一切手をつけなかった。


「ふっ。当たり前だろう! 誰が敵が用意した飯を信用するのだ!」

「お前、顔色がかなり悪いぞ。声も以前ほどの張りが無いし、体は小刻みに痙攣している」


 魔王は真顔でそう告げた。

 私だって分かっていた。栄養を摂っていなければ、ろくに睡眠もしていない。

 私の体は、とうに限界を迎えていたのだ。


「……だからなんだ……貴様らに情けを受けるくらいなら、ここで死んだ方がマシだ」


 そう言うと、アビスは呆れたような顔をして立ち上がった。


「流石は元聖騎士団長だ。何を言っても屈しない」


 そして、アビスが不敵な笑みを浮かべた。


「こうなったら実力行使といこうか」

「なっ! 何を――」


 アビスの手から黒い煙が現れると同時、アビスはその手を私の額に当てた。

 直後、私の意識は闇に落ちてしまった。




「ん……こ……ここは……?」


 次に目を覚ますと、薄暗い謁見の間とは一変、明るく白い壁に包まれた部屋に連れられてきた。

 私はなぜか、椅子に座らされ、手の拘束も解けていた。

 そして正面には、魔王アビスが座っており、後ろには先ほどの護衛が立っている。


「くっふっふ……ようやく目を覚ましたか……」

「ここはどこだ? 何をする気だ?」


 私が問うと、アビスはニヤリと笑った。


「ここは魔王城内の食堂だ。お前には何を言っても無駄だろうからな。少し強引にいかせてもらうことにした」

「……な、何を――うっ!?」


 私は思わず声を上げてしまった。

 なぜなら、私の背後から、私の鼻の奥を激しく刺激する良い匂いがしてきたからだ。

 すると、シェフのような白い衣服を着た男が、何かをテーブルに運んでくる。


「お待たせ致しました。こちら、カレーライスになります」


 そうして男は、テーブルに4つのカレーライスとやらを並べ始めた。

 私はそんな男を見て驚き声を上げる。


「なっ! 貴様、人間ではないか!?」

「はい」


 なぜ人間が魔王城で働いているのだ?


 私がそう疑問に思っていると、アビスが口を開いた。


「あぁ、驚いたか? 奴は私がこの世界に呼び込んだ異世界人だ」

「なっ!? 異世界人だと!? 異世界から人間を呼び込むのは禁止されていたはずじゃ――」

「それは人間の法だろう? この国では別に禁止していない。それに、断ればしっかり元の世界にも帰している。何か悪いことがあるのか?」

「くっ……」


 私は何も言い返すことが出来なかった。


「くっふっふ。ほら、食べないのか? カレーライスが冷めてしまうぞ?」

「――い、いらぬ! 腹など減っておらん!」


 その直後、私の腹部から、ゴォオという大きな音が鳴った。


「あっはっはっは! やっぱり腹が減っているのではないか! 遠慮することはない。これを作ったのはあそこの人間だ。毒も盛ってはいない」


 カレーライスは知らないが、カレーはエスペラー王国にも存在した。

 あのピリリと舌を刺激する辛さと、塩辛さ。

 私はカレーが大好きなのだ。


「ぐっ……食べたい……でも……ダメ……」

「もう食べたいとはっきり言っているではないか。では、冷める前に私はいただくぞ。2人も席に着きなさい」

「失礼します」


 アビスの言葉に、2人は私の後ろから離れて席に着いた。


「いただきま〜す!」


 直後、3人がスプーンにカレーライスを乗せて、それを食べ始めた。


「「「美味いっ!!!」」」

「ぐうっ――でも我慢……」


 私はもう、理性を失う寸前だった。

 私の好物を目の前に出され、匂いが私の鼻を刺激し、目の前で3人が美味しそうに食べる……。


 その時、アビスがシェフの男に目線を送り、何かの合図をする。

 すると、男が私の近くにやってきて、スプーンで私の前にあるカレーを掬い、目の前に差し出してきた。


「ほら、我慢しなくて良いのですよ? カレーは温かいうちが一番美味しいんですよ〜?」


 男がカレーを乗せたスプーンを、私の鼻の目の前に持ってきて、さらに追い打ちをかけてくる。

 

「はっ……はぁ……うっ……」


 私は息が荒くなり、ついには唾液までが出始める。

 そして……ついに……。

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