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 おれたちは無為無策で走り出したわけではなかった。

 今宵こよいが新月で、月明りのない夜である事も、決起けっきする条件の一つだった。

 

 おれたちが目指しているのは、もちろん敵の殲滅せんめつではない。

 三百人を超える相手を九人で相手できるとは思ってなかった。


「アンチ魔法スキル――相手にこれがある限りおれたちは、すべての魔法攻撃だけに限らず、あらゆる魔法防御さえ無効化されるんだ」

 井上の言葉に笑里も頷いた。

「捕獲対象はアレクシアだよ。彼女の居場所の特定はキミに任せるよ」

「分かりました」

 と風見は軽く身震いしながらも相槌を打った。

 風見の索敵・感知能力は、この世界にいる者の魔力を感知し、保有する魔力の種類も特定できるのだ。

 アレクシアはアンチ魔法スキル保持者だからこそ、個人の特定もしやすかった。

 索敵スキルの中で、魔力の欠片も持たない人物を見つければいいのだから。


 ただ、ひとつ懸念材料があった。

「実はね、有栖川君だけに魔力を感じないの」

 再会して間もない頃、風見がおれにそう言った。

「わたしは魔力は全然ないの――なんていう人は何人かいたけど、この世界に生きる人は、魔法の行使が出来ないまでも、微小な魔力マナを誰もが持っているのよ。でも、有栖川君は違う。どれだけスキャンしても、一ミクロンも魔力マナを確認できないの」


 何を言いたいかというと――。

 アンチ魔法スキル持ち以外にも、おれの様な魔力ゼロの人間が相手側にいた場合、間違った捕獲対象に向かっている可能性があるかもしれない、という事だ。

 おれたちが危惧しているのは、それだった。


「問題ない」

 井上はそう言った。

「敵の中に感じる魔力無能力者の存在は一人だけなんだろ?」

「うん」

 風見が頷くのを見て井上は続けた。

「アンチ魔法スキルはそもそも魔法を解除してしまう魔法だ。だけど有栖川は違うだろ? 魔力マナがゼロだから自力で魔法を発動できないだけで、魔道具はちゃんと使えるんだ。――風見の索敵・感知スキルがどのような見え方をしているのかおれには分からないが、今風見が感じている、魔力ゼロの相手と有栖川の感じ方は同類のものなのか?」

「そういえば……有栖川君だと、なんにもない真っ白な空間――といった感じだけど、敵の中にいるその人は、真っ白なんだけど、ブラックホールみたいな感じなの」


「なんだよ、それ」

 とおれが言った。

「ブラックホールって言ったら、黒い感じがするんだけど」

「感覚的には有栖川君と同じ真っ白なんだけど、人物の詳細を知ろうとピンポイントで魔力を注ぐと、わたしの感知マナが勢いよく吸い込まれるの。わたしの魔力を根こそぎ持っていかれそうなくらいの勢いでね。だから、その人に限っては、それ以上深く索敵できないのよ」


「なるほどね」

 と井上は納得したように頷いた。

「なら、そいつがアレクシアで間違いないよ。おれの魔法陣も、アンチ魔法結界に触れただけで、吸い込まれるように消滅したからな」

 井上の言葉に風見は少し安心したのだろう。ホッとした顔を見せた。



 それからもおれたちは、月明りのない星空の下を、井上が展開した空間魔法陣の加護を受けながら前進した。

 ゲルマン王国で多く見られるステップ地帯とは違い、クヴェレ村周辺は火山噴火の名残りがあり、サバンナの中にいくつもの岩山が点在していた。

 安山岩や玄武岩――それに流紋岩などの岩山があるのは、過去に何度も違うタイプの噴火を繰り返した証らしい。

(まあ、井上の受け売りなんだけどね)


 振り返るとクヴェレ村の柱状節理が一キロぐらい後方にあった。

 すでに敵の陣の中と入っている言っていいだろう。


 ふと風見がみんなを制止させた。

「誰かがこちらに向かってくる――数人……五人よ」

 おれたちは息を飲んで立ち止まった。

(隠ぺいは出来ているんだろうか……)

 思わず井上を仰ぎ見た。

 井上は「だいじょうぶ」と言わんばかりに頷いてみせた。


 大人しくしていると、馬に乗った五人の敵は、何事もなかったようにおれたちから2、30メートル程接近して通り過ぎて行った。

 彼らが向かった先には別の岩山があった。


「あそこの岩山だけは索敵・感知スキルが働かないの」

 風見の言葉に井上はしたり顔をした。

「たぶんあの山が本陣だ。アンチ魔法スキルを自分たちの本陣にだけ付与して、すべての攻撃魔法を受けないようにしているんだ。いま目の前を通過した連中は、本陣に対して連絡事項があったのかもしれない。アンチ魔法スキルの結界で通信魔石が使えないから、直接連絡を取るしかないんだろうな」


「主要メンバーがいる本陣にだけアンチ魔法結界を張っているということね」

 ミオがそう言うと、ユウは力強く握った右のこぶしを左手でバシッと受け止めた。

「アイツらの性根しょうねが見えたぜ。下っ端を見殺しにしてでも、自分らだけ助かったらいいって連中だ。そんなやからは真っ先に殲滅せんめつしてやりてぇ――」

「ユウ、落ち着きなよ」

 卑劣な手段で無念の最期を遂げたユウたちだ。

 そんな思いがあったのか、いつもならパシッと後頭部を叩くミオなのに、今は優しくその背中を叩いていた。


「とにかく、感情的にはならないでください」

 井上はそう言いながら前方の少し低い岩山に視線を向けた。

 そこは風見が索敵した、アンチ魔法スキル保持者がいる場所だ。

「アンチ魔法保持者の拘束が最優先事項です。アンチ魔法結界を解除しなければ、この戦局をひっくり返すことはできませんから」

 井上の言葉に、おれたちは同意した。

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