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「魔石にはマナ充電機能があるから、魔力マナが回復するまで時間は掛かりますが、路傍の石になることはないです。自然回復するには一日くらいは掛かりますけど」

 と井上が補足した。


「つまり、わたしの通信魔石はマナが枯渇こかつした状態なんだね。それ、先に教えてよね」

 笑里が睨むと、井上は苦笑いを浮かべて、なにやら魔法陣を書いた紙をテーブルに置いた。

「この真ん中にマナがなくなった黄色の通信魔石を置いて下さい。数秒で復活しますから」

「数秒で? 本当?」

「はい。何度も検証済みです」

「な~んだ、アフターケアもちゃんと考えていたんだね。キミは出来る男だったんだね」

 そう言って笑い、魔石の指輪を魔法陣の上に置いた。

 指輪の魔石は、明るい光を数秒放っただけで、すっと光が消えた。


「もしかして、今のでマナ充電完了なの?」

 驚いた顔をする笑里に井上は頷いた。

「従来あるマナ充電の魔法陣に、他の魔法陣なんかも組み合わせて、おれなりに改良を加えたんです」


「おまえすごいなぁ。天才かよ」

 おれは心の底からそう思った。

「アクジアのロイドさんが魔導師として街に留まって欲しいと言ったのは、井上のこんな才能を見抜いていたんだな。頭が下がるよ」

「何いっているだよ。おまえのバイオリンと料理だって凄いと思うぞ――。まあ、今はこんな冗談は言ってられないんだ」

 井上が真面目な顔をした。

「正直言うと、今、臨戦態勢なんだ。ニイルさんはすぐに戦闘がおこる様子はないから、待機していいと言ってくれたけど、それは分からない」

 その時になってヒロとリョウがこの場にいないことに気がついた。バヤンの傍にいたはずのカトリーヌもいなかったし、風見もいなかった。


「距離は取っているけど、村の正門前方に敵が集結しているそうだ」

 バシムが通信魔石を耳に当てながらおれたちに向かってそう言った。会話の相手はニイルのようだ。

 村の外との連絡は出来ないが、村の中での通信は出来るようだ。おそらく、村の外壁に沿ってアンチ魔法が掛けられているのだろう。


「行ってくるよ」

 とバシムは腰の剣を確認すると走り去った。

「戦える者は戦闘の準備しないといけねぇな」

 ユウの言葉にミオは頷いた。

「とにかく門に向かうわ」

 ミオがそう言うと、二人は部屋を飛び出して行った。

 ニイルさんのリビングには、怪我人以外の男はおれと井上しかいなかった。


 ――どうする?


 井上の目が訴えていた。

 この男もおれと同じで戦闘には向かないタイプなのは分かっている。

 しかし――。

 戦場に出るのは怖いが、外の状況が分からないのも怖い。


「仕方ない。おれも出るよ。おれは戦わないけど――いや、でも、いざとなったら、馴れない武器を手にしないといけないかもしれないけど……今、外で何が起こっているのは知っておきたい」

「だよね。とにかくこの目で見て、現状を把握しないと、対策も立てられれないからね」

 と笑里が言った。

「井上君は無理しなくていいよ。雅人君は本当にだいじょうぶ?」

「笑里さんは行くんでしょ? おれだって行きますよ」

「じゃ、行こうよ」

 おれと笑里が部屋を飛び出すと、井上は少し遅れてついて来た。



 外に出て柱状節理の一番高い所に上ろうと思ったが、見上げると、そこにはすでにニイルたち年配者がいた。

 ニイルたちの視線はクヴェレ村の門の先に集結した盗賊の一団があった。五キロ以上はあるだろうか。かなり距離を取っていた。

 見かけないと思ったら、その中に風見が加わっていた。村に賊が入ってきた時の索敵でも依頼されたのかもしれない。カトリーヌも傍にいた。

 ニイルさんは村の外を見下ろしながら黄色の魔石を使って、村の中にいる仲間と連絡を取り合っている様子だった。

「ここは戦い馴れたベドウィン族のおさに任せて、わたしたち――あっ、ちょっと待ってね――」

 と言ったところで、笑里は足を止めて考え込んだ。

 そして――。

「ここは裏手にある温泉に向かった方がいいかもしれないよ」

 言いながら笑里は温泉のある方向に向かって走り出した。

 おれが笑里に続くと井上も後ろからついて来た。

「白沢さん、何か思いついたみたいだね」

「ああ、この奥の柱状節理の反対側には岩盤の露天風呂があるんだ。笑里さんのことだから、何か気付いたことでもあるんだろうな」

「柱状節理……岩盤の露天風呂?」

 井上はそう口にすると駆け出し、おれの隣りに並んだ。


「何か気づいたことでもあるのか?」

「露天風呂は高台にあるんだろ?」

 おれの問いには答えず、井上が質問をかぶせて来た。

「ああ、そうだ」

「柱状節理の住宅側は村の中にあるけど、露天風呂の外側はどうなっている? 村の中にあるのか? それとも村の外側か?」

「そうだな――」

 おれは、露天風呂のへりから覗き込んだ、薄暗くてはっきり見えなかった地面を思い出した。

「村の外になっていたと思う。暗くてよく見えなかったが――80度以上ある断崖絶壁になっていて……三十メートルくらいの高さがあったな。その地面は村の外だったが、垂直に近い岩盤だった。登って来れるとは思えないけど」

「岩肌はどんな感じだった?」

「岩肌は……そうだな。きれいに整備はされていなかったな。ゴツゴツした岩がむき出しになっていた……」

「……それだ!」

 井上はおれを追い抜いて走り出した。

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