バイオリニストの異世界夢想
白鳥かおる
① 見知らぬ場所
1
目を覚ますと、雲一つない吸い込まれるような青空が、目の前に広がっていた。
何故かおれは、
(えっ? どういうこと?)
ムクッと上半身だけ起こした。
そこは広い草原だった。
辺りをキョロキョロするも、今いる場所が分からない。
加えて、自分が置かれている現状も理解出来なかった。
(ここはどこ?)
少し離れた背後に森が広がり、おれが今いる草原が高台になっている事ぐらいは分かった。
周囲をよく見ようとしておれは立ち上がった。
高台から
おれの名前は、
確か昨日は、自宅で酒をあおってぶっ倒れ、意識を失ったはずだ。
ソロキャンをしていたわけではないんだ。
それなのに―――。
こんな自然の中で目を覚ますなんておかしいじゃないか。
(何が起こったんだ?)
はやる気持ちを抑えて、おれは昨日の事を少しだけ振り返った。
あまり飲めないおれが浴びるほど酒を飲んだ理由は、十五年連れ添った妻・美弥子が離婚届を置いて、仮眠をしている間に娘・沙紀を連れて出て行ったからだ。
(それじゃ、これは夢なのか?)
そう思ってみた。
だけどすべてがリアルだった。
降り注ぐ日差しにはほのかな温もりがある。おれの髪をなびかせる
ギャグマンガのように、頬をつねって「イテェ!」なんてパフォーマンスは必要なかった。
(もしかしてここは……あの世なのか?)
と一瞬思ったが、すぐに否定した。
(恐らくこれは現実だ)
そう思った時、少し離れた所で悲鳴にも近い女の子の声が聞こえた。
「エェェェ―――! なんなのよ、これ!」
声のした方を振り返ると可愛い顔した中学生くらいの女の子が、
そしておれと目が合うと、駆け寄って来た。
「有栖川君、ここ何処なの? わけ分かんないよ! ねぇねぇねぇ―――」
女の子はパニクっていた。
(有栖川君? この子おれのこと知っているのかよ。それにしても四十一歳のオッサンに有栖川君はないわぁ)
そう思いつつも女の子をマジマジと見つめているうちに、
(この顔……見覚えがあるぞ)
そう思えて来た。
「ここはどこなの?」
「なんでわたしたちはこんな所にいるの?」
「どうしたらいいのよ!」
女の子は相変わらずパニック状態だったが、おれは意外と冷静だった。
(誰だっかなぁ……この子)
しばらく考えたおれに、二十五・六年程前の記憶が蘇った。
(ああ、あいつだ。あいつに似ている)
中学時代の同級生で、同じ音楽部のセカンドバイオリンとして、いつもおれの近くにいた風見
「あのさ」
とおれは女の子に声を掛けた。
「キミは風見祥子さんの娘さん、とかじゃないのかな?」
おれがそう聞くと女の子は『ハァ?』って顔になった。
「有栖川君、どうかしちゃったの?」
「えっ? 違った?」
「違うとかじゃなくて、わたしは風見祥子
「ほ、本当に風見祥子なのか?」
「もう、そんなのいいよ。冗談言っている場合じゃないわよ」
風見はムッとした顔でおれを見た後、現状把握のためだろう、周囲に視線を向けた。
(おかしい……どう見たって十代半ばの風見祥子だ。おれと同い年なんだから四十歳は超えているはずなのに……)
風見が少女のままなのも不思議だが、中年になったおれを見て、何の疑問もなく『有栖川君』と言って来た事にも違和感があった。
(少し質問してみるか)
「なあ、風見はどういう
「そんなの分かんないよ。何が何だか分からなくて、頭がおかしくなりそうよ」
と
「ああ、すまん。聞き方が悪かった。おれが聞きたいのは、ここで目が覚めた直前に何があったか覚えているか? ということだ」
おれの言葉に風見は動きを止め考えた後、口を開いた。
「そうだわ。高校に入学した最初の土曜日、駅前の楽器店に来ていたわ……」
と風見の顔色が変わった。
「店内に飾ってあったストラディバリウスを眺めていたら、車のエンジン音と物がぶつかる音が聞こえて、振り返ったら、自動車が目の前に迫っていた……」
言いながら風見はぶるぶると震え、再び動揺し始めた。
「避けられなかった………。わたし……自動車にはねられ……壁に飛ばされた次の瞬間……もう一度……自動車がわたしに突っ込んで来て……わたしは……わたしは……」
言いながらその場にしゃがみ込み、顔を押さえて号泣した。
(そうか……風見も死んだのか……)
つまり、風見と同じ場所にいるおれも、そういう事なんだ。
やっぱりここは、あの世という事なのか。
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