かつて世界を救った少年は、平凡な兄となっていた

ryu.sknb

プロローグ 英雄は兄になった

 ――かつて、少年は世界を救った。


 その名は、レン・ヴァルト=フェルディア。


 剣と魔法の異世界アルヴェリアにおいて、神に選ばれし最強の勇者だった。


 魔王との激闘は、まるで天地を裂くかのように激しかった。


 数多の命が失われ、世界は滅亡の危機に瀕していた。


 彼は孤独に剣を振るい、最後の一撃で魔王を討ち果たした。


 しかし、その代償はあまりにも大きかった。彼自身もまた、命を散らしたのだ。


 だが、彼の戦いは終わらなかった。


 目覚めたのは、夏の光に満ちた現代日本のとある家の一室だった。


 目の前に広がるのは、見慣れた畳の部屋と窓から差し込む陽光。


 蝉の声が響く。


「……ここは、どこだ……?」


 彼の名前は、一ノ瀬 れん


 由緒ある名家に生まれた長男で、両親はすでに交通事故で亡くしている。


 残されたのは、双子の妹、みお天音あまねだけだった。


 澪はしっかり者で、兄のことをよく見守っている。


 無邪気で純粋な天音は、兄を盲目的に信じ、その存在を絶対視していた。


「兄さま、今日もかっこいいね!」


 天音の言葉は、煉の胸に温かく響く一方で、彼の心を重くもした。


 才能を隠し、ただの兄として生きる決意。


 それは前世の英雄としての誇りと葛藤していた。


「……俺は、本当にこのままでいいのか?」


 彼は何度も自問した。


 力を封じ、平凡な生活に身を置くことで守れるものはある。


 しかし、目の前の幸せを守るために闘うべき時が来ることも、薄々感じていた。


 そんな彼を、澪は静かに見守り、天音は無邪気な笑顔で支えた。


「兄さま、大丈夫? 何かあったらすぐ言ってね」


 澪の優しい声に、煉は小さく頷いた。


 家族を失わぬように、守るために、彼は立ち上がる決意を新たにした。


 日々は穏やかに過ぎていたが、庭先では小さな異変が起きていた。


 澪が見つけた野良猫の死骸。


 普通ならば自然の成り行きだろうが、その猫の毛並みは逆立ち、周囲の空気が妙に冷たく感じられた。


「なんだこれ……?」


 煉の胸に、封印されたはずの力のざわめきが走る。


 何かが、確実にこの世界に迫っているのだ。


 彼は静かに拳を握り締めた。


「もう逃げられない。兄として、守るために動かねばならない。」


 蝉の声は続く。夏の光はまだ眩しい。


 だが、その裏側で、世界は確実に動き出していた。


 ――かつての英雄は、ただの兄となり、再び剣を握る日を迎える。

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