第33話 コル・イラディアの話

「魔法少女から、開放?」


 まるで“奴隷解放”のような言いっぷりに、驚く。亜門が向けた鋭い視線の先では、人の姿をしたディーノが眉間に皺を寄せている。


「こいつはなんと言ってお前をそそのかしたのだ?」

「そそのかしたって……。私はディーノの世界が困っているから助けてほしい、と」

「ほう、困っているとな。それは何故?」

「あんたたちアフェクタリアの魔物が、コル・イラディアを侵略しようとしてるからでしょっ?」

 さすがに、この部分に関して嘘はないだろうと思っているのだが。


「ふむ。それで?」

「それでって……それで、コル・イラディアの民たちは、魔力はあるけど魔法は使えないから、この世界で魔法少女を探して……」

「まず一つの疑問だ」

 ピッと人差し指を立て、亜門が口を挟む。

「疑問?」

「そうだ。何故でなければならない?」

「それは……」

 それは凛音も疑問に思っていた。どうして少年ではダメなのか、と。


「解。若い女は騙しやすいからだ」

「え?」

「年端もゆかぬ若い少女は、扱いやすいからだよ、ポニー……いや、凛音」

「まさか、そんなっ」

「言い方に語弊があるかもしれないが、要約すれば遠からず、だろう。少女と呼ばれる年齢の女性は、一般的に協調性や外向性が高まる時期だ。それに比べ少年は、女性に比べて内向的になる傾向が見られる。もともとこの世界では、男性より女性の方が早熟。違うか?」

 言われ、考える。確かに学生時代の男どもは幼い印象がある。


「間違っては……いないかもだけど」

「元々、女性は感情や共感を交えながら、自身の正義感を構築する。男性は論理や事実に基づいて、自身の正義感を構築するものだ。つまり、情に訴えるという簡単な方法を取るなら、男性より女性がいい。更に、若ければ若いほど、思うように操れる」

「そんなっ」

 自分が操られていたのだとは思いたくなかった。情に訴えかけ、の部分に関してはなんとも言えないが、いいように利用されていたなどと思ったことは今まで一度だってなかった。


「そもそも、自分たちの国の平和のために、異世界の少女一人を戦わせることそのものが非道なのでは?」

 亜門の言うことはもっともだった。

「でも、それは歴代の魔法少女たちがそうであったみたいに、私が、自分の意志で続けていたことだわっ。だったら自己責任じゃない?」

「それは、洗脳というのだよ」

「……洗脳?」

 次々に怖い単語が出てくる。


「ブラック企業のやり口となんら変わらない。『やる気搾取』というやつだ。そうだろう? お前が戦うことで得をするのは、コル・イラディアの民だけ。お前は自己肯定感を餌に、ただ働きをさせられているんだぞ?」

「そんなっ」

 そんなことはない、と口にしたかったが、できない。言われれば言われるほど、亜門の言葉が正しいように思えてくる。


「魔法少女は使い捨て」

 亜門の呟きに、ピクッと凛音の肩が震える。


「今まで何人もの魔法少女に出会ったが、数年ごとにコロコロと変わっていた。人生の中でも大切な青春時代を戦いなどに捧げ、記憶を消され使い捨てにされている。それが魔法少女の実態ではないのか?」

 ぐうの音も出ない。改めて考えれば、そうだ。


「ほんの数年、正義を盾に特別な自分を経験できるというのは、人間にとって利なることなのかもしれぬが……凛音、お前のように長きに渡り利用されている者にとって、それは本当に利になるのか? あとにはなにも残らんというのに」

 シャンパングラスを一気に煽る亜門の目には、怒りと憤り。

「私は、許せぬ。自らの一族のためとはいえ若い娘を誑かし、我々を異世界へと誘導し戦わせようとするコル・イラディアの民のやり方が、正しいこととは到底思えん!」

「ちょ……待ってよ、これじゃまるで……」


(どっちが悪だかわかんないじゃないっ)


 動揺する。


「我々アフェクタリアの魔族は、生きるために、ある粒子を必要とする。しかし我が国ではその粒子を十分確保することができず、資源が豊富なコル・イラディアを手に入れる計画は確かにあった。だがそれはあくまでもこちら側の問題。違うか?」

 問われ、首を振る。

「それは……そうかもしれない。でも、自分たちの生活を脅かされるかも知れないと知ったら、それを逃れる術を探すのは当たり前のことじゃない?」

「自分たちは高みの見物で、なにひとつ努力もしない。それでもか?」

 グッと喉の奥が詰まる。確かに、ディーノは戦いに参加したりはしない。いつだって戦うのは凛音だけ。


「お前も、今までの魔法少女も、いいように利用されていただけだ。俺はそう考える。考えることを放棄し、他力本願に生きているクズめ」

 ディーノに向かって、言い捨てた。

「我々はその粒子に変わるものを、とっくにこの世界で確保したというのに」

「ええっ?」

「むううっ」

 凛音と同時に、口を塞がれていたディーノも驚きの声を上げた。そしてその向こうでは四天王が、各自溜息を洩らしながら「さすがだよな」「ああ、まったく」などと声を漏らしている。どうやら本当のことらしい。


「争いの根本は、必要な粒子の奪い合いだ。そこさえ解決すれば、無駄な争いなど必要ない。我々ハートブレーカーは、この世界でそれを見つけ、アフェクタリアに供給する方法を構築した」

「なにそれっ。一体なにを見つけて、どうやって別世界に供給してるっていうのよっ」

 資源とは、限りあるものだ。もしなにか大切な資源を横取りされているのだとしたら、黙っているわけにはいかない。


「案ずるな。我々が必要としているものは、この世界に溢れているし、尽きることはないものだからな」

「……なにそれ?」

「『感情』とでも言えばいいのか? 人が、人を思う時の『情』だ。特にマイナスの感情は最高だ。恨み、妬み、苦しみ、悲しみ……。これらが、この世界から無くなることはない。それを特殊な器具で集めている」

「特殊な器具って……そんなもん、どこに?」

「ソーラーパネルだ」

「……へ?」


 唐突に思い出す。新海亜門に連れられて出向いた会社のパーティー。確か、あの会社はソーラーパネルの会社だった。


「あんたっ、まさかあの仕事でっ?」

「そうだ。太陽の光を吸収し、電力に変えるというあの仕組みには驚いた。しかし、同時に利用できるかもしれないと思ってな。あの器具に魔方陣を埋め込み、人間たちの放つ『情』を集め、アフェクタリアに必要な粒子に変えて供給しているのだ」

 ある意味、発明である。凛音は素直に感心した。


「じゃ……もう戦う必要は」

「ないな」

 しれっと言ってのける亜門。

「だったらなんで今まで黙ってたのよっ」


 戦いをやめようと言わないのは何故か? 無駄な争いを続けていたのだとしたら、それにどんな意味があるというのか。


「……言ったであろう。私はお前が好きだと。この地で人の姿になり今まで仕事をしてきたのは、その供給源を確保するためでもあったが、同時にこの地でお前と共に暮らすためだ」

 まっすぐに見つめられ、凛音はやっと気付いた。アモール・ヴァンデロスというこの暗黒の王は、自分と対峙するためにだけ、戦いを続けていたのだと。それだけではない。異世界であるこの地で、自らの力だけで今の地位までのし上がった。ほんの数年の間に、だ。


「コル・イラディアにもう用はない。それはコル・イラディアがお前を必要としなくなったということでもある。凛音、お前はもう魔法少女でなくてもいい」


 ドクン、と胸が苦しくなる。


 魔法少女でなくなる自分……。それは、少し先の未来の話だった。それを今、ここで「もう終わりだ」と言われることが、こんなに苦しいとは思わなかった。

 魔法少女であることは、凛音にとって自分の一部だった。中身はどうあれ、誰かのために戦っている自分というその事実は、大きな心の支えだったのだと改めて知る。


「……そんなこと、急に言われても」

「お前は魔法少女でなくとも、魅力的で素晴らしい女性だ。わかっていないのか?」

 軽く首を傾げる亜門に、思わず赤面する。ストレートな誉め言葉は、戦いで繰り出される技よりよほど凛音にダメージを与えてくる。


「……そろそろいいだろう。あの者の口輪を外す。真実を知れば考えも変わるさ」

 パチン、と亜門が指を鳴らすと、四天王のひとりがディーノの口輪を外した。


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