第20話 会社での立ち位置の話
「……先輩、だいぶヤバいですよ?」
眉間に皺を寄せ、そう言ってきたのは、福本杏。言われるまでもなくわかっているつもりだったが、実際は思っている以上にまずい状況であることを知る。
「私が聞いた話だと、先輩ってば上に掛け合って、無理矢理新海さんの下に就いたってことになってるし、その理由が片山先輩から新海さんに乗り換えたからだって」
「……うわ、最低」
この“最低”は、そんな噂を立てられていることへの嘆きでもあり、そんなことするやついたらマジで最低、という意味でもある。
「で、実際どうなんです?」
「なにが?」
「新海さんとですよぉ。なんかあったんですか?」
「なんかって……」
あったというほどのことは何もない。なにかあったというなら新海亜門より、断然片山大吾の方だ。こっちは明らかに「なんかあった」に当て嵌まるだろう。なにしろ、直接好きだと告白されているのだから。
「新海さんから好意を向けられてるのは、なんとなくわかるのよ? だけど、それだけ。私はなんとも思ってないし」
「うわ、先輩って修行僧か何かですか?」
驚いた顔で杏に言われ、息を吐く。
「なんでよ」
「だぁって、あのスペックの男性に言い寄られたら、普通イチコロでしょ? 見つめられても平気なんですか?」
「ああ、ビジュアルに関しては、私イケメン慣れしてるから平気」
いらんドヤ顔をすると、杏が喰いついてくる。
「それってどういうことですっ? 先輩イケメン好きでしたっけ? いつも見てるから慣れてるの、って言い方に聞こえましたけど、先輩の周りにイケメンいましたっけ?」
「……ノーコメント」
ディーノと一緒に住んでいることは誰にも話していない。言えば「会わせろ」と言われるに違いないのだから、言えるはずもない。
「福本さん、こんなとこにいたのか……って、おお」
杏を探しに来た大吾が資料室に入ってきた。そこに凛音の姿を見つけ、一瞬言葉に詰まる。その様子を見た杏が、すかさず突っ込んだ。
「片山先輩、やっと告ったんですね~」
「へっ?」
「はぁぁぁっ?」
凛音と大吾が同時に声を上げる。
「ちょ、やだなぁ。大きな声出さないでくださいよぉ」
「おまっ、な、なななんでっ」
焦る大吾に、杏はスンとした顔で、
「ずっと一緒に働いてたじゃないですか。わかりますって」
と言い放つ。
「てか、あれで気付かないの、市原先輩だけっしょ」
「えええ? 私って、そんな鈍い……?」
「……マジか。俺、ちゃんと自覚したの最近なのに……」
大吾が漏らすと、杏が二人を交互に見、
「二人とも、馬鹿なんですか?」
と、腰に手を当て溜息を吐いた。
*****
視線が、刺さる。
用があって別部署に行くたび、女子社員からの視線がビシビシと刺さりまくる。
それだけではない。これ見よがしに凛音を見遣り、コソコソと何かを囁き合うのだ。なにを言われているかは知りたくもないが、あからさまにそういう態度を見せつけられると、さすがに気持ちのいいものではない。
「市原さん」
キラキラオーラ全開でやってきた亜門に気付き、更に気持ちがどんよりする。誰が見ていようとも、亜門のスキスキビームらしきものは健在であり、隠そうという気もないようだ。故に、そんなところを見られようものなら、社内での陰口は増す一方なのである。
「新海さん、資料でしたらさっきメールで……」
「ああ、届いてました。ありがとう。市原さんは仕事が早くて助かります」
「いえ……あは、あはは」
適当に受け流す。
「午後の会議の件だけど、少しいいですか?」
スッと凛音の腰に手を伸ばす亜門を、凛音が流れるように避ける。亜門のエスコートは海外のそれであり、日本で実行されると困る、スキンシップ型だ。しかもここは会社の中。場違いにもほどがある。
「では、デスクでお聞きしますね~」
ササッとその場を離れ、凛音は営業部へと向かった。
その後ろを亜門が追おうとした時、人事部の主が亜門を引き止めた。
「新海さん、少しいいですか?」
「……なんでしょう?」
立ち止まった亜門に主が言う。
「市原さんって、片山さんから乗り換えて新海さんに付け入ろうとしてるって噂があります。あまり近付かない方がよろしいのでは?」
「そうですよぉ。新海さん、騙されてるんです!」
「仕事なら、他の営業事務使った方がいいかもしれないですよっ?」
寄ってたかって、というやつだ。
「……ああ、お気遣い痛み入ります。ですが、申し訳ありません。彼女にゾッコンなのは私の方なんです。全然振り向いてもらえなくて困ってて……。どうか皆さん、応援よろしくお願いします」
ニッコリと営業スマイルを向けると、さっきまでやいのやいの言っていた三人の顔が、トロンととろけそうに和らぐ。
「ええ~、そうなんですかぁ?」
「やだもぅ、応援しちゃう~」
「新海さん、頑張ってくださぁい」
甘ったるい声で返す三人を横目に、亜門が背を向ける。去り際に「雑魚が」と呟いた声は、誰にも聞こえてはいなかった。
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