第15話 初めての尾行の話

「……んで、なんで俺が巻き込まれるわけ?」


 黒い服にキャップ、マスク着用で会社の近くまで来いと呼び出しを食らったディーノは、凛音の姿を確認するや、眉間に皺を寄せた。こうして人間の姿で外に出ることは間々あるが、呼び出されたのは初めてかもしれない。


「ごめん、忙しかった?」

「飯の支度してた。それにお前、俺と一緒にいるとこを知り合いに見られるのは嫌だ、とか言ってただろうが?」

「いや、それはそうなんだけどね、今回は緊急事態だからさぁ」


 会社の人間、友人、すべてから遠ざけられてきたディーノである。人に擬態しているときのディーノは日本人離れしすぎている。どういう関係かと言われた時、対処できないから、という理由で一緒に歩くことはほとんどなかった。


 手短に福本杏の事情を説明する。ストーカーがどんな人間かわからないため、男手が必要だった、と正直に告げた。すると、さっきまで不機嫌そのものだったディーノの機嫌が、少しばかり良くなったのである。


「ほ~ん、そっか、頼れる男手……ねぇ」

 頼れる、とまでは言っていないのだが、本人がその気になったようなのであえて否定はしなかった。

「そこまで言うなら仕方ねぇ、付き合ってやってもいいけど」

「やった! ありがとね、ディーノ!」

 帽子の上からディーノの頭をポンポンと叩く。本来のモフモフなディーノの時からの癖で、誉めるときはいつもこれなのだ。しかしディーノは何故かパッと凛音の手を避け

「やめろよ、こんなとこでっ」

 と口を尖らせた。

「こんなとこ、って、誰も見てないよ?」


 ビルとビルの隙間。通りからは少し離れた場所で、杏が会社から出てくるのを待っている。辺りはもう暗く、誰かに見られるようなことはない。

「……ったく、ほんと、わかってねぇな」

 ディーノがそうひとりごちる。凛音は首を傾げ、ディーノを見上げるが、それ以上なにも言われなかった。


「……で、その福本さんっていつ来るの?」

「もうすぐだと思う。さっき携帯に『そろそろ出ます』って連絡来たから……あ!」

 通りの方に視線を移すと、ちょうど杏が出てきたところだった。同僚らしき誰かと手を振り、右と左に別れた。


「では、本日のミッション、スタートします!」

 ディーノに向け敬礼をすると、大股で凛音が一歩前に出た。そんな凛音の首をディーノが掴む。

「うごっ」

 首がカクンと後ろに引かれ、息を詰まらせる凛音。

「ちょっ、なにすんのよっ」

「あのなぁ……今出てったら近すぎ」

「へ?」


「尾行のコツは、対象者との距離にある。近付き過ぎは論外。それに俺たちが尾行するのは福本さんじゃなく、福本さんを尾行してる誰か、なんだろ? だったらなおのこと、距離を取らねぇと」

 至極真っ当なことを冷静に言われ、凛音が目をぱちくりさせる。

「やだ、ディーノってば探偵の才能あるの?」

「ほっ、本で読んだことがあるだけだよっ」

 もじょもじょと誤魔化す。まさか「凛音の後をつけたことがある」とは言い辛い。昼間はやることもなくブラブラしているため、面白半分で後ろをついて歩いてみただけだ。しかしその結果、人に擬態して街を歩くと第三者から声を掛けられることが多く、とても尾行どころではない、ということがわかった。そのほとんどがナンパや芸能事務所の勧誘だった。


(今日は暗いし、顔も隠してるから問題ないはず……)


 理由はどうあれ、人の姿で凛音と街を歩けることに、ディーノは少しばかり浮かれていた。元の姿のせいで、凛音はディーノをぬいぐるみの延長のように見ている。今日の活躍如何では、自分の存在価値を見直させる機会になるかもしれないと考えていた。

 つまり、張り切っていたのだ。


「よし、そろそろ行こう」

 まずは主導権を握る。いつもは凛音の背中を見ているだけの置物だが、今日は前に出て凛音を誘導するのだ。

「オッケー、行きましょう」

 スッと並んで通りを歩く。凛音がギンギンの眼差しで杏を見つめていることに気付き、ディーノが声を掛ける。

「そんなにガン見したらダメだって。尾行ってのはあくまでも自然に歩かないと」

「あ、そっか。……難しいな」


「探偵なんかだと、男女ペアで恋人同士を装ったりするんだぜ?」

 内心ドキドキしながら、提案する。

「恋人同士ぃ?」

 怪訝な顔でディーノを見上げる凛音だったが、ディーノは構わず先を続けた。

「そ。こうやって」

 手を伸ばし、凛音の手を取った。本当は心臓が口から出そうなほどドキドキしていたが、それは顔に出さないよう、自然に振る舞う。


「ちょっ、急になにっ?」

 狼狽える凛音を見て、脳内でガッツポーズをとる。

「あくまでも自然体で、なんか話でもしながら行こうぜ」

「……わかった」


(変な感じ)


 凛音は凛音で、ディーノに握られた手から感じる温かさに戸惑う。本来の姿をしているときは一緒に寝たりもしていたのだから、手を繋ぐくらいなんてこともないはずだ。だが、今目の前にいるディーノは人型で、人型のディーノはすこぶる王子様的外見をしている。毎日見ているから見慣れているとはいえ、こんな風に触れ合うことは今までなかった。


「あれ? 福本さんって、電車に乗る?」

 ディーノに言われ、凛音は

「うん、乗るけど?」

 と答えた。

「やばっ、少し急ぐぞっ」

 グイっと手を引かれ、走る。

「えっ? なんでよっ」

「同じ電車に乗らねぇと家まで付いていけねぇだろうがっ」

「あ、そっか」

「ったく、電車に乗るならもっと距離詰めてもよかったじゃねぇかっ」

「そんなの、知らないもんっ」

「コケるなよ、凛音っ」

「コケないわよっ」


 杏が、地下へと潜っていくのが見える。凛音とディーノは別の入り口から地下へと潜っていった。

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