第15話
何が起きても、日は昇り沈む。
心にぽっかりと穴が空いたまま、おりんは畑にいた。
「そろそろ終えるか」
夕闇の中で、弟の駒吉の声が後ろに聞こえた。
駒吉の声は鴉の鳴き声といっしょに、さびしい秋の終わりの野に響く。
おりんは一人、村の道を進んだ。もう、足元は暗い。
おかあや駒吉といっしょに、家に帰るつもりはなかった。
といって、どこへ行くあてもない。
昨日一日は、懸命にかなしみをこらえていたが、もう今日は、いつもの顔をして過ごすのは堪えられなかった。
村では富吉の亡骸にすがりついたおりんのことが噂になっている。
それを知ったおかあが、おりんを急かした。
一日でも早く、嘉助のところへ行けというのである。
また今夜もそう言われると思うと、おりんの足は、知らず知らず家から遠のいていく。
川の土手に出て、ぼんやりと水の音を聞いた。
急な水の流れは、泣きたいおりんの気持ちを揺さぶる。
富吉は、いったい、誰に殺されたのか?
おりんは風の中に立ちすくんだまま、唇を噛み絞めた。
――自分の目を信じて、自分で考えるようにせんとあかん。
そう言った、生真面目な富吉の瞳が浮かぶ。
だが、何をどう考えればいいのか?
両手で顔を覆い、おりんは泣いた。
富吉に教えてもらいたかった。
自分には学問もなければ、おみよ婆のような力もない。
そのとき、道の向こうから、女が駆けて来るのが見えた。
おかあだった。
おかあは血相を変えて走ってくる。
袖で涙を拭ってから、おりんは顔をあげた。
「大変や! 新造さんが、庄屋様のところに火を点ける言うて」
おかあが言うところでは、野良から家へ帰ってみると、家に来ていた新造目当てに、二、三人の樵たちがやって来たのだという。
村から山が奪われるのが、どうしても許せんと、樵たちは口々に言い、それを黙認している庄屋はじめ村役人たちを問い詰めると息巻いていたそうな。
おかあに腕を引っ張られた。
火事を知らせる早鐘が鳴り響き、走るに連れて、辺りは騒然となっていった。
焦げた臭いが漂い、人の怒号が激しくなる。
見えてきた庄屋の屋敷は、火に囲まれていた。
人垣を作っている村人たちが、呆然と燃える屋敷を見ている。
消火に奔走しているのは、数人の屋敷の雇われ人だけのようだ。火の勢いが強く、安易に近づけないのだろう。
天罰やと、叫ぶ声が聞えてきた。
その中には、明らかに新造の声もする。
「あかん、もう、おしまいや」
おかあはぺたりとその場にしゃがみこんだ。
今日の風は強い。
風に煽られて火は高く空に舞い、母屋から隣の厩にも移ろうとしている。
「あぶねえぞう!」
と、誰かが叫んだ。
声のした方へ顔を向けると、見慣れない男たちがいる。
木地師たちだった。
彼らの顔に赤々と炎が映っている。
そのとき、厩の影から、女が二人、飛び出してきた。
一人はおこと。
そしてもう一人に目をやったおりんは、思わず両手で口をふさいだ。
あの髪型は、おきよのものじゃないか?
そう思ったのもつかの間、女の姿は惑う人々に紛れて見えなくなり、おりんの目は、その後に続いた順蔵に引き寄せられた。
順蔵の目が、先を行くおことを
もしかすると。
順蔵の走る背中を追いながら、稲妻のように、おりんの心に過ぎるものがあった。
順蔵かもしれない。
庄屋の
駒吉が霧谷へ行く順蔵を見たといったことも蘇った。
そして何より、順蔵はおきよ殺しの下手人を探すなと言ったではないか。
順蔵が殺したのかもしれない。おきよも、そして富吉も。
おことは庭先を抜け、屋敷の裏へ回り、庄屋の屋敷へ向かう人の流れに反対に、村の道を駆けていく。
順蔵が追いかける。
おりんも憑かれたように追った。
まるで、さっき見たおきよに導かれているかのようだった。
あの祭りの夜のときのように、おきよがすぐそばにいるような気がする。
土手を行き、橋にさしかかったとき、ふいに茂みからぬっと人影が現れた。
「おみよ婆……」
「行っちゃ、なんねえ」
婆がおりんの腕を掴んだ。
「なんで止める? 順蔵をとっ捕まえて、富吉が死んだ理由を知りたいんや」
「死ぬぞ」
婆がおりんの目を見据えた。
「――見えとるんか?」
婆はこっくり頷いた。
「若い男の死んだ顔が見える」
「あてが、殺す、言うんか?」
「わからん。おらにわかるのは、若い男が死ぬことだけや」
婆の手が緩み、代わりに
「必ず、戻ってこい。婆のところへ」
うんと、おりんが
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