おりん
popurinn
第1話
紅い花が、誘うように藪の奥へと続く。
右に二つ、左に三つ。
獣道に咲く花は、明かりのように道しるべとなる。
暗い。風もない。
足元に広がるクマザサが、足を運ぶたび乾いた音をさせる。
藪を抜けると、さびしい谷になった。
谷は壺を逆さにしたように、先へいくと細くなる。背丈の高い草が茫々と茂り、人の手が入らぬ田畑を覆っている。
その茫々を、いま、夕焼けの残り日がさびしく去ろうとしている。
山の尾根から落ちる光は、もう勢いがない。
谷の奥に、一軒の小屋が見えた。
草ぶきの屋根の古びた板張りの小屋だ。
小屋のまわりに、草が迫り、いまにも覆いつくすかのように見えるが、目を凝らすと、板塀の隙間から煙が上がっているのがわかる。
おりんは小屋へ入る前に、手前にある柿の木の下にたたずんだ。
見上げると、青い実に交じって、わずかだが紅いものもある。
おりんはにたりと笑い、背中に背負った籠を足元に下ろすと、草鞋を蹴って裸足になった。
木登りは得意だ。こんな柿の木などわけはない。
うろに脚を掛け、背中を思い切り伸ばして、実の一つを目指す。
指先が実に触れた。
ところが、よしと勢いづいた途端に、尻から下が露わになった。
「いややぁ!」
慌てて、おりんは着物の裾を掴んで伸ばし、尻を隠した。
その拍子に、掌の実がするりと滑ってしまった。
柿の実はころころと転がって、枯れ草の中へ逃げていく。
「待て、待て!」
地面に飛び降り、柿の実を追いかける。
あった。
腰を屈めて拾い、すぐさま口に入れた。
うまい。
土が果肉といっしょになって下の先でざらつくが、甘さになんの変わりがあるものか。
「そんなに、うめえか?」
おりんはどきりとして顔を上げた。
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