ムキムキなヤツ侮られがち
黎がオーラブレイドを目の前の男に向けて振るう。容易くかわされて鋭い蹴りの反撃を喰らう。顔のすぐそばを過ぎ去ったそれは容易く人体を破壊できる威力が込められている。お互いに距離を取り合い、出方を伺う。時間感覚が希薄になり世界が引き延ばされる。
「
先に静寂を破ったのはルシアンであった。詠唱によるスキル発動、背中から光を伴って人形が現れる。しかし、先程のとは違い胸部、腕部、脚部に追加装甲が足され、その手には大きな剣が握られていた。ルシアンが黎を指さすと騎士人形が駆け出し黎を狙う。
鋭い剣閃が黎の首を狙う。それをオーラブレイドで受け止める。ぎしっ、と強い圧力が黎の身動きの自由を奪う。そして鍔迫り合いの間を縫うように現れたルシアンの拳が黎の腹部へと深々と突き刺さる。一瞬にして肺の中の空気が押し出され、踏ん張りが効かずにそのまま吹き飛ぶ。
追撃の為に騎士が先行、その後を追う形で駆け出す。騎士の振り下ろす剣が吹き飛んでいる黎に向かって振り下ろされる。空気を割き、その先にある肉を刻むため。ガキャン!!とガラスが砕ける音と共に騎士の胴体が消し飛ぶ。その先には腰を落とし拳を構えた黎が鋭い目つきでルシアンを見据える。
「三体式・崩拳」
三体式、三好道場体術式。崩拳は衝撃の一切を表面に走らせること無く、その全てを内側へと伝える技。本来なら音も無く相手を制圧する技であるが、黎はまだそのレベルでは無かった。
ルシアンは直感的に感じ取った。あの技は耐えられない。ならば、近寄らずに隙を付く。先程と同じ作戦、しかしより強力に、より激しく。オーラが高まり手に集まっていく。体に光る線が走り、スキルが発動する。
「
ルシアンの全身が光を放ち、その体からずるりと新たに人形が召喚される。その見た目はルシアンと全く同じ姿であった。同じようにもう二体が現れる。全部で四人のルシアンが黎の前に立ちふさがる。
「今日は分身野郎ばかりだな」
黎のこぼした愚痴にルシアンが笑いながら苦言を呈す。
「ははは、僕のをあんなのと比べないでよ。こっちはもっとすごいよ」
分身が一気に襲い掛かる。先程の騎士よりパワーはないがスピードは圧倒的にこちらが上。黎は反撃する隙間を見つけられず防戦一方に陥る。攻撃が少しずつ黎を削る。傷が増え、ルシアンの本体から遠のいていく。
狙い通りだ、黎は内心でほくそ笑む。次の瞬間ルシアンの本体へと光剣が突き刺さる。ルシアンがふらつきながら剣が来た上空に目を向けると、翼を大きく広げた小羽が居た。黎の目には空を飛んでいる小羽が映っていた。故に本体の注意を引き、不意を突いたのだ。
本体が剣で貫かれた事によって分身も動きを止めた。電源の切れたロボットの様にだらりと力なく項垂れる。オーラの反応も消失し、もう警戒する必要はないと黎は判断した。
「助かったー!ありがとう」
黎は小羽へとお礼を告げるが反応が無い。遠いが確かに聞こえているはずだ。そう考えていると足に鋭い痛みが走る。目を向けるとそこには剣を持った小羽が居た。驚きで動きが固まる。何故なら上空にも小羽が居るからだ。移動したわけではない。完全に同時に存在している。
混乱する頭をなんとか落ち着けて、攻撃してきた小羽をオーラで弾き飛ばす。そこで気付いたが先程まで項垂れていた分身がいない。そして、今しがた攻撃した小羽の顔にひびが入っている。つまり、こいつは分身。
しかし、どうやって小羽の分身なんて生み出したのか、そこが引っかかっていた。見た目どころかオーラの反応までそっくりな分身。オーラの探知に優れた黎であっても一目で見極めるのは至難の業であった。
「面白いでしょ、僕のスキル」
先程、剣に貫かれたはずのルシアンが地面に腰を下ろしいる。その体には傷が一切なかった。あくびをしながらルシアンが自身の力について語り始める。
「このスキルは対峙した者の親しい存在、もしくは嫌悪する存在の姿と力を記憶から読み取って姿を変える。君のはどっちだったかな?」
飄々と自身の力を明かすルシアン。戦いに興味が無い、そういう風にも取ることのできる態度であった。が、黎にはそんな事は関係なかった。小羽の姿を使い、欺いてきた敵に対する怒りで精神を支配されていた。眉間に皺をよせ、怒りをあらわにする。
「こわいなぁ、そう怒んないでよ。ほら、彼女にそんな表情見せられる?」
そう言い終わると同時にルシアンの姿が小羽に変わる。小羽がしない邪悪な表情を浮かべて光剣を手に黎へと突撃する。分身も同じ様に構えて駆け出す。剣が黎の体に迫る。しかし、黎は反応していない。ただ待っていた、その刃が自身に降りかかるのを。
剣が一斉に黎を襲う。かららん、と地面に何かが落ちる。ルシアンが目を動かして確認すると、それは光剣の剣先であった。すべての剣先が折れて、下に落ちていた。ぐわん!!と強烈な圧力、黎が拳にオーラを溜めていた。凄まじい程の凝縮、ずず、とルシアンの体が黎の拳へと引き寄せられる。
「はは、これ程とは───」
振り下ろされた拳がルシアンを捉え、そのまま地面へと叩きつける。バキバキ!とコンクリートが砕け、そのまま地面に大穴を開ける。その中心点で小羽の姿を維持できなくなったルシアンが動かなくなっていた。
本体であるルシアンがやられた為か、小羽の姿をした分身たちが頭から透明な砂になり崩れていく。穴の淵でルシアンを見下ろした黎が言葉を投げかける。
「まずな、来るならお前が来いって言ったよな。分身なんかでコソコソしやがって。それとお前のスキル悪趣味だからもう使ってくんなよ。最後に、小羽の力はこんなもんじゃ無い。俺の後輩をなめんじゃねぇ」
ルシアンは既に動けず、黎はまだ余裕がある。決着はついたかに思えたが。バキィン、と穴の中心で倒れていたルシアンが砕ける。先程崩れた人形の砂が穴へと導かれ殺到する。砂は砕けたルシアンを中心として球体を形成し始めた。ぐにぐにと繭のように蠢くそれは程なくして、ひびが入り砕けた。中には無傷のルシアンが立ち、冷や汗を流していた。
「いや、これを使わされるなんてね。君は強いね、是が非でも欲しくなった」
ルシアンが再びオーラを纏う。それを見ていた黎はため息をついて構え直す。
「何回来ても同じだ。心が折れるまでしばいてやるよ」
二人が再び激突する。が、ルシアンのオーラは目に見えて減っていた。対する黎はまだ万全といっても過言ではない状態。決着は近い。
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時は少しさかのぼり、黎とルシアンが黒ずくめの波と戦い始める前。小羽はギルドから剣の翼を使い、現場へと高速で向かっていた。もちろん、ダンジョン外でスキルを使うには許可がいる。至る所にオーラやスキルを感知する機器が設置されている。本来であれば協会や対異災から制圧員が素早く派遣されて小羽を止めたであろう。
しかし、協会はS級の暴走を抑える為に人員が割かれており、対異災の異能取り締まりを専門とする部隊、
小羽が降り立った場所は黎たちが初めにいた場所から少し離れた地点だった。そこを選んだのは道路に怪しい人物がぽつん、と立っていたからである。合流するよりも確認が必要だと小羽は感じた。
小羽は勘によく頼る。ダンジョン内で困ったときや選択を迫られた際、悩んでいる時間が確保されている状況は少ない。そういう時には勘を信じて進むしかない。だが、小羽程の探索者になれば『勘』というのはただの当てずっぽうではない。その時その場で感じた様々な事象、今までの経験則、そして言語化不能な直感。これらを用いて判断する小羽の『勘』はあの怪しい人物を調べるべきだと告げたのだ。
「すみません、あなた何者ですか。この件に関わっているならお話を伺いたいのですが」
小羽の問いに黒ずくめの男は答えない。ただ手に持ったくすんだ鈴をちりん、と鳴らすと男と全く同じ姿の分身が現れる。明らかに敵対的な態度。それなら手加減する必要もあるまいと、小羽も剣を両手に握りこみ構える。
「面倒だ、とっととくたばれ」
黒ずくめの一言で分身が飛び掛かるが一瞬で切り伏せられる。その勢いのまま切っ先が黒ずくめへと向かう。素早く取り出した短剣が光剣の軌道を逸らす。二合、三号と切り結び、お互いに距離を取る。
対して強くない。それが小羽の眼前の敵への評価だった。試しで仕掛けたがかなり疲弊している。これならさくっと片づけて先輩たちと合流だ、と考えていた時にぞわっ、と背中を突き抜ける悪寒が走る。
「それなりに溜まっているな。こんなもので良いだろう」
黒ずくめが鈴を握りしめて破壊すると、それを口に含み嚥下する。途端に、黒ずくめの体がドクン、と脈動して大きくなる。体だけで無くオーラの反応も高まっていく。黒ずくめが飲んだそれは
異造器とはダンジョンで算出した特殊な効果や力を持った道具である。今回使用された異造器は千影装、効果は使用者を著しく弱らせるが破壊されるまで大量に分身を生み出すことが出来、その生み出した分身が多ければ多いほど、最後にそれを体内に取り込んだ時に得られる力が大きくなる。そのような効果を持っていた。
先程までの姿からは想像出来ない程、筋骨隆々になった黒ずくめが小羽を見下ろして言う。
「今すぐ逃げるならば見逃してやる。貴様程度に構っている暇はない」
それを聞いた小羽はむっ、と不満を顔にして剣を構え直し翼を展開する。戦闘する意思を見せつける。自分をなめるな、と。
「愚かな、すぐさまその選択を後悔する事になるぞ。小娘」
「言葉はいいからかかってきなさいよ、それとも私が怖い?」
拳が振り下ろされ地面が砕ける。巻き起こった風が小羽の前髪を巻き上げる。二人の戦いが始まる。
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