憧れと力の責任
ひどい目にあった。せっかく再開出来た後輩に殺意を向けられるわ、割と殺しにかかってくるわでもう何が何だか。しかし、一体何が原因なんだ。あんな恨まれるなんてきっと相当なことやらかしてるぞ、おれ。やっぱ直ぐ連絡した方がよかったかな。
まぁ、今日は帰ろう。小羽の件でハチャメチャに疲れた。もうおうち帰る!受付のお姉さんに帰宅の旨を伝えに行くか。
エレベーターで上の階に戻り、受付へと歩を進める。するとだばだばと騒がしい団体が正面入り口から入ってきた。なんだ?見た目は探索者ってかんじだな。
「いや、すいません!ひとつ前のダンジョンが長引きまして」
「いや、武藤さんが資源欲張って持って帰ろうとしたから…」
「んん!!とにかくダンジョンブレイクのサポーター部隊で参りましたチームガッツクラブです。まだ間に合いますかな?」
なんだか賑やかな人たちみたいだ。ダンジョンブレイク、アヤメさんから話は聞いていたが今日だったのか。ダンジョンを破壊するとなればボスとの戦闘は避けては通れない。過酷な戦いになるだろうな。
「えーと、ガッツクラブ、ガッツクラブ、はい。確認できました。まだポータルはあいております。今回の参加人数は5人でよろしかったですね?」
受付の人がテキパキと処理を進めていく。その間にも探索者の人たちも装備の点検などを行い、次の戦いへの準備をしていく。かつて憧れた探索者。そんな彼らを見ると少し懐かしい気持ちになった。
「お待たせしました、では奥の4番ゲートへお進みください」
「待ってました!じゃあ、皆。気合入れていくぞ!」
「「「おぉー!!」」」
掛け声と共にぞろぞろとゲートへ向かう彼らの背中にある種の頼もしさを感じた。俺の目の前まで来た。何か応援の一言でも言っておくか。
「あの、頑張ってください」
俺のそんな言葉に先ほど武藤と呼ばれた人が足を止めた。
「応援ありがとう、ガッツクラブをよろしくね」
そう言って握手を交わし彼らはゲートへの歩みを再開した。頼もしいな、彼らのような人たちがいるなら今回のダンジョンブレイクもきっと成功するだろう。
んじゃ、改めて帰りますか。ちょっと気持ちも晴れたし、小羽については帰ってゆっくり考えますよ。先生に相談してみるのもいいかもな。
そんな事を考えながら受付へ向かっていると、ゲートの方から歪な力を感じた。思わずゲートを見る。さっきの彼らがちょうど転送されたところだった。どうにも嫌な予感がする。ゲートの向こう側の気配が肌に刺さり、危険だと告げている。
「あの、ダンジョンブレイクって俺も参加できたりします?」
気づけば受付の人にそう聞いていた。
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ダンジョン名・
ダンジョンブレイクは協会よりアマテラスギルドへ依頼。アマテラスより第三攻略チームが派遣される。アマテラスの人員は最速で最下層を目指し、そのサポートとして蒼牙ギルド、九龍ギルドがサポートとして探索者を派遣。更に協会からの要請でA級チームであるガッツクラブも参戦。
計画の実施日は4月2日が予定されている。
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穢土花園内・中層。
「どりゃあ!!」
ガッツクラブのリーダーである武藤が振るうハンマーが巨大な食虫植物の様な見た目のモンスターの頭部を軽々と砕く。その余波で下の体が地面から引き抜けて、壁まで飛んでいく。その光景にチームが沸き立つ。
「さっすが武藤さん!そのごつい体は伊達じゃないねぇ」
「はっはっは、当然だ!ダンジョン出来る前から鍛え上げてた肉体だぞ」
武藤はメンバーにいじられてマッスルポーズをとりながら応える。その間もモンスターは次々と襲い掛かってきていたが、彼らはそれを物ともしなかった。理由は単純に彼らが強いのだ。
Bクラスダンジョンはけして簡単な場所では無い。探索者の中でもBクラスで通用すれば上位層と呼ばれるほどなのだ。それを雑談しながらでも対処できる、ガッツクラブは日本におけるトップ層の探索者チームであった。
「しかし、思ったより楽な仕事になりそうですね」
射手である鮎川がそうこぼす。
「ま、楽な仕事で金がもらえる。良いことじゃないか」
武藤は淡々とモンスターを狩りながらそう答える。
「体なまっちゃいますよー」
武藤は正直引退気味である。自身の年齢ももうすぐ50歳に差し掛かろうとしていた。故にガッツクラブを作り、未来の新たなトップ探索者を育てる後進に力を入れていた。
今日のダンジョンブレイクの補佐も彼らが受ける様な依頼ではないが、チームのメンバーの成長を見るために受けたようなものである。そして、武藤は安心していた。もう自分が居なくてもこのチームはA級である、と。
ばつん!と何かが引きちぎれる音が彼らの耳に響く。少し遅れて絶叫が続く。武藤が振り返るとタンクを担当している相川が血が噴き出している左腕を押さえて地面に倒れていた。その前には蔦が絡み合って人型を形成するモンスター。
チームは迅速に動く。武藤はモンスターの前に立ち、射手である鮎川がそれのカバーに、炎を操るスキルが使える夢原が炎で周りのモンスターを警戒、回復スキルを持つ浅田が傷を負った相川を回収し治療。
「たくっ、仕事が終わるまで気を抜くんじゃなかったぜ!全員、いつもどおりやれ!!」
「「「はい!」」」
号令がかかり、それに応える。先ほどまでの緩かった空気がなくなり、戦場にふさわしい雰囲気となる。
蔦のモンスターが腕を大きく振るう。それを武藤がハンマーを盾にしながら受け止める。そのぶつかり合った衝撃であたりに空気が押し出される。力が拮抗しあい、動きが止まる。
鮎川の構えた弓がぎちぎちと音を立てて引き絞られていく。矢じりにオーラがふんだんにこめられ、更に風を操るスキルで加速。ぼっっっ!!!と空間ごと切り裂くような矢が放たれ、蔦のモンスターに命中。体に大穴が空き、後ろへとのけぞる。が、すぐさま穴は塞がり、上から振り下ろされた一撃が武藤を襲う。
「ぐっ!」
こいつ、これ程の力。A級ダンジョンの下層クラス、いや下手すればボスクラスか?
そんな考えが武藤の中に広がる。事前に聞いていた情報にない存在、想定以上の強さ。しかし、ガッツクラブは揺るがない。
「玄さん、仕事変わってもらって悪いね」
半透明のシールドが蔦のモンスターを弾き飛ばす。傷を負っていた相川が治療を終えて復帰。武藤の横に並び立ち、シールドを構え腰を落とす。
「はっ、もうちょい休んでいてもよかったんだぞ?」
全員が戦線に復帰し、チームとして完成した強さを見せつける。
先ほどまで押され気味だったチームがどんどん押し上げていく。蔦のモンスターは攻撃を受け続け、再生が追い付かなくなっていた。後、少し。そう全員が思った矢先だった。
「それはちょっとまずいかもなぁ」
蔦のモンスターが更に二体。周りの雑魚を相手にしながら戦うには分の悪い相手であった。
「武藤さん、俺のスキルで空間ごと焼き払うか?」
夢原がオーラを高めながら提案する。しかし、武藤は後々のことも考える。広大な空間を焼き払うとなると、夢原のオーラが持たない。が、今を切り抜けなければ結局同じことであった。
せめて、一体誰かが請け負ってくれれば…
「武藤さんっ!!」
思考に集中していた武藤に鋭い蔦の鞭が唸りを上げて振り下ろされる。胸板に直撃してみしみしと体が軋み、足が地を離れ壁へと体を叩きつけられる。ぶつかった衝撃で壁がひび割れ、そこに体がめり込んだ。
武藤を吹き飛ばした個体が更なる追撃のため飛び上がる。体は人型ではなくなり、全身の蔦を千切り散らしながら空中で分裂、無数の棘を帯びた触手となって雨のように降り注ぐ。あたりの空気が殺意で震え、影が一瞬にして覆い尽くした。
武藤はなんとか壁から体を引きはがして反撃の態勢に入ろうとするが、先ほどの一撃がクリーンヒットであった為足元がふらつきまともに構えられない。
武藤はハンマーを正面に構え、防御の姿勢を取ろうとした。だが、わかっている。これは防げない。次の瞬間、自分は砕かれる。
固く目をつぶり、その時が来るのを待つしかなかった。
ごうっっ!!と大きな音が響き、降り注ごうとしていた触手が吹き飛ぶ。地面へと散らばった触手が元に戻ろうともぞもぞと毛虫のように這って動く。
武藤が目を開くとそこには剣を携えた黎が立っていた。振り返り、手を差し伸べて武藤に告げる。
「手を貸しますよ、ガッツクラブさん」
黎の手を取り、武藤は立ち上がる。触れた際に伝わる力にお互いが驚く。武藤は黎のオーラの片鱗を、黎は武藤の鍛え抜かれた肉体を。お互いに実力者であると理解しあった。
「あぁ、本当に助かった。私は武藤。君は他のサポートチームの?それともギルド所属かい?」
武藤にそう聞かれて黎は笑いながら応える。
「いえ、ただの飛び入り参加ですよ」
その言葉に武藤は首をかしげたがそこまで気にはしなかった。
黎が体に纏うオーラを強める。その場にいた全ての者がそのオーラに気を奪われた。圧倒的な存在感、輪郭が歪むほどのオーラの密度。言葉の通り、異様であった。
武藤の頭には自らの知り合いであるS級の探索者たちが思い浮かぶが、その誰とも被らない存在。それが目の前に立つ男に対する評価であった。
黎のオーラに触発されたのか、蔦のモンスターがすべて黎の元へと駆け出す。
「すみません、一体はお任せしてもいいですか?」
その言葉を聞いてガッツクラブは驚いた。チームで対処すれば問題ないが、A級上位の力を誇るモンスターを単独で二体も、と。しかし、黎の纏うオーラがその発言が強がりではないと告げていた。
「わかった、一体はこちらで処理する。任せたよ、えーと」
「黎です、九重 黎。じゃ、頼みます」
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ふぅ、何とか間に合った。受付で『いや、事前の登録がない方はちょっと…』て言われた時はどうしようかと思ったけど、朝比奈さんが口きいてくれてよかった。ただ、借りを作ることになっちゃったけど。
さて、お相手は植物の化け物か。通りすがりの探索者さんが剣貸してくれてよかった。これなら殺しやすい。
飛び込んでくる三体を見る。核は常に体の中を動き回ってる。一匹だけかなり弱ってる。この弱った一匹は武藤さんたちに任せるか。
相手を分断するためにあえて大振りの斬撃を放つ。剣の刃に込めたオーラが迸り、空間を切り裂く。もちろん避けられたけど、これでいい。狙い通り、二体と一体に分かれてくれた。
二体のほうへ強く踏み込んで距離を潰す。蔦の鞭が襲い掛かるが、この距離じゃあ大した速度も無い。体をそらして軽々と避ける。反撃として逆袈裟斬りを放つ。蔦がちぎれ飛び、悲鳴のような音を出した。
もう一体が俺の背後に陣取り、挟み込まれる形になった。二体が腕の触手に蔦を何重にも絡まて強化する。オーラが触手全体に漲り、当たれば痛いで済まないことは明白だった。
「来いよ」
俺の言葉に合わせて触手がぶわっ!!と振るわれる。空気を震わせ地面を抉る強力な攻撃。しかし、俺に届くことはなく、四本の触手は宙に舞った。相手が攻撃するタイミングに合わせてこちらも攻撃したのだ。
オーラを触手へと集めていた二体の体は隙だらけ。正面のを突きで核を壊し、引き抜く動作のまま後ろの奴へと切りかかる。体の真ん中あたりで剣が止まる。体の部分を形成している蔦を絡めてきたみたいだな。
モンスターは蔦に棘を生やし、そのまま俺を押しつぶそうとした。
「はああああ!!」
剣にオーラを注ぎ込み内側からエネルギーを炸裂させる。その一撃に耐えられず、核を含めた体が消し飛ぶ。オーラを入れすぎたようで剣にもひびが入り、そのまま崩れた。
やばい、借り物の剣壊しちゃった……。後で土下座しなきゃ。
ガッツクラブのみんなの方に目をやるとそちらも既に片付いていた。いつの間にか周りに湧いていた雑魚モンスターが居なくなっていた。なにか嫌な予感がするな。
ずずん……とダンジョン全体が揺れる様な振動。そして下の方から感じるとんでもないオーラ。ボスの気配がここまで感じられるとは。
「い、今のは!?」
ガッツクラブの面々が戸惑いを見せる。当然だ、こんな事態、10年ダンジョンに籠ってた俺でもそんなに体験したことない。
「皆さん、ダンジョンを出てください。俺はこのまま降りてボス討伐を手伝います」
それを聞いたみんなは躊躇いを見せた。しかし、武藤さんが決断し口を開いた。
「この体たらくじゃ、援護に行ってもお荷物だな。そうさせてもらう。しかし、下に向かうのか。強いな、君は」
褒められて嬉しくなった。やっぱ、褒められるって良いわ。うん。
ガッツクラブのみんなと一通り挨拶して別れる。その際に浅田さんが体の疲労をスキルで癒してくれた。便利なスキルだ。俺も欲しい。
ほんとはこのまま帰りたかったけど、下でまだ戦ってる人を見捨てるわけにはいかない。さぁ、最下層に向かおう。
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