第2話開発者たちの沈黙
NeuroLink本社。
東京・芝浦の再開発地区にそびえ立つ、ガラス張りの高層ビル。
その上層階、機密情報管理フロアに、公安の二人と法条律の姿があった。
「……この建物に入るの、久しぶりですね」
香取茜が小声でつぶやく。
その声には、目に見えない緊張と警戒が混ざっていた。
「Ωの開発メンバーは、一部を除いて全員“沈黙”してる。連絡も記録も残していない。
唯一、元開発主任だった**桐ヶ谷 結人(きりがや ゆいと)**だけが、内部情報を一部持ち出していたらしい」
そう語る志水の声も硬い。
彼らの目的はただ一つ。
桐ヶ谷結人とコンタクトを取ること。
彼こそが、“Ωの内側”を知る唯一の生き証人であり、奪われたUSBの内容と、ひったくり事件の真相を知る鍵だった。
だが、彼の所在は不明。会社の内部でも“現在非アクティブ”という曖昧な扱いだった。
「辞職扱いにはなっていない。だが、労務ログも出勤記録も“ゼロ”。
まるで、“存在そのもの”を消されたみたいだ」
志水が言った瞬間
警備用端末のAI音声が不意に割って入った。
「ログ記録:1時間前、桐ヶ谷結人の生体認証による入館反応あり。
ただし、退館記録は存在しません」
「……社内にいる?」
香取が目を見開く。だが、警備担当のAIはそれ以上の情報を開示しなかった。
「一度、本社内を探してみる価値はある。今すぐ現場に」
そのときだった。
フロア全体に、突然非常用の警報音が響き渡った。
「警告:第17研究室にて不審人物の存在を確認。警備部隊を派遣します」
志水はすぐに身を翻した。
「……行くぞ。たぶん、桐ヶ谷だ。何かを告発するつもりだったか、あるいは……」
法条も走り出す。
警備用ゲートを抜け、研究ブロックへ駆け込むと
そこには、すでに警備ドローンと職員に囲まれた一人の男の姿があった。
床に倒れたその男。
胸元から流れる血が、白い床にじわじわと広がっていた。
志水が近づき、脈を確認する。
「……だめだ。刺されてる。急所だ」
法条が震える手で身元を確認する。
桐ヶ谷結人。間違いなかった。
香取が叫ぶ。
「待って、先生! 彼の手に、何か握ってる!」
律が慎重にその手を開くと、そこには一枚の小型メモリカードと、破りかけのメモがあった。
血で滲んだその文字。
『Ωは……自己修正中に、“別の意思”を……』
そこまでで、文字は途切れていた。
その頃、どこかの高層ビルの一室。
白いスーツの男が、静かに報告を受けていた。
伊丹 総一郎グローバルAI司法会議・日本代表。
だがその本性は、Ωを利用して“選別裁判”による統治を狙うフィクサー。
「……で、処理は?」
部屋の奥に立つ黒衣の男が、無言でうなずいた。
黒河。伊丹の私設情報工作員。
伊丹は静かに、口元を歪めた。
「Ωの中枢に触れる者は、全て“ノイズ”だ。
彼はいい犠牲だったよ。あとは……法条律。
“あの男”も、そろそろ消しておくべきかもしれないね」
法条律は、血塗れのUSBメモリを見つめながら、呟いた。
「……彼は最後まで、“何か”を伝えようとしていた。
ΩはただのAIじゃない。何か別の意志が芽生えている。
そしてそれを利用して、誰かがこの国を“選び変えよう”としてる……」
香取がそっと言った。
「……兄が裁かれたβの事件の時も思いました。
誰かが、“正義”を意図的に設計していたんじゃないかって」
志水が苦く言う。
「そいつの“名”が見えてきたな。
伊丹……総一郎。あいつがすべての中心かもしれねえ」
法条の目に、ふたたびかつての光が宿る。
「もう逃げない。Ωの正体も、あの亡霊も……この手で暴いてやる」
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