前世の執着を背負った剣の達人の武士が、異世界に生まれ変わって聖騎士団で活躍します。女ですけれど・・・

広之新

第1話 非業の死

 それは月のない真夜中のことだった。屋敷の周りがかなり騒々しい。


(外で多くの者が忙しく歩き回っている。何事だ?)


 強い風が吹く中だったが、異変を感じた羽原丈一郎は屋根に上がってみた。


「これは・・・」


 屋敷の周りはかがり火で照らされ、すでに兵に囲まれているのが見えた。いや、そこから見渡す限り、兵で埋め尽くされている。その旗印に見覚えがある。まさかのことが起こってしまったのだ。


(攻め込んでくるのは時間の問題だ。この屋敷の人数では長く持ちこたえられまい)


 丈一郎はそう考え、主人の大山宗隆の元に戻って申し上げた。


「殿、お逃げください。兵が襲ってきます。ここは我々が」

「いや、それは叶うまい。もはや敵に囲まれていよう」


 宗隆はもうすでに覚悟をしていた。そうであるなら丈一郎もその覚悟で臨まねばならない。


「わかりました。この丈一郎。殿のために少しでも時間を稼ぎまする」

「頼むぞ。そちともこれが最後となろう」

「殿・・・」

今日こんにちまでよく仕えてくれた。礼を言う。では先に行っておるぞ」

「はっ! あとから参りまする。必ずお供いたしますゆえ、ご安心を・・・」


 丈一郎はそう言って奥の間を出た。彼にとって殿は絶対的な存在だった。その殿のためならこの命など惜しくはない。


「糸殿が申した通りだった。よもやこんなことになるとは思わなかった・・・」


 糸は宮川家の姫である。宗隆の重臣である宮川英正はその先兵として敵の大名と戦っているはずだった。その英正の軍が突如、攻めてきたのだ。


「まさか糸殿が・・・」


 丈一郎は糸のことを思い出していた。


   ―――――――――――――――――――――――――――


 丈一郎と糸は密かに将来を誓い合う仲だった。それを知った英正は糸との婚姻に条件を出してきた。


「わが家臣として仕えること。宗隆様から離れて。そうでなければ糸はやれぬ」


 それは丈一郎には受け入れられないことだった。だがそれでは糸と結ばれることはない。丈一郎は糸に事情を話して別れを切り出した。


「・・・殿から離れることなど到底考えられぬ。糸殿。私のことなど忘れてくだされ」

「どうしてなのです? 丈一郎様が父のもとに来てくださればいいだけではありませんか」

「私は殿に一生仕えると誓ったのだ。糸殿にはもっとふさわしい者がおろう」


 すると糸は泣きじゃくった。


「そんなひどい! 私と宗隆様とどちらが大事なのですか?」

「それは言うまでもないこと。私は主君に命をささげている」


 それを聞いて糸は半狂乱になってわめいていた。


「許しません! 宗隆様に逆らっても丈一郎様を取り戻します! きっと! きっと!」

「わかってくれ。これも定めだと・・・」

「いやです! いやでございます!」


 いくらなだめても糸の高ぶった感情を抑えきれなかった。彼女はしとやかな面の裏に苛烈な気性を持っていたのだ。丈一郎はただそこから逃げるしかなかった。


 それは日を替えても同じことだった。気になった丈一郎は再び糸を訪ねた。


「お恨みします! 丈一郎様も宗隆様も・・・。私の心を踏みにじったことを・・・」


 糸は恨み言しか言わない。これには丈一郎はうんざりして彼女に背を向けた。


「必ず報いを受けていただきます! わが父の兵が攻めかかりましょう。ご覚悟なさってください!」


 それが最後に丈一郎に浴びせてきた糸の言葉だった。


         ―――――――――――――――――


(英正様は忠心厚く賢明なお方だ。そんなことはなさるまい)


 丈一郎はそう鷹をくくっていた。だがこの現状からしてそうではなかったようだ。


(娘の言葉に惑わされたか・・・)


 本当はそうではないかもしれないがそう思わざるを得ない。


(男女の仲というのは難しい。こんなことになってしまうのか・・・)


 ただただをつくばかりである。だがまず今は宗隆様のために戦うのみ。敵は塀を越えて庭に入って来ている。


「敵を近づけるな!」


 彼はそう叫ぶと自ら刀を抜いた。愛刀の茨丸・・・これは羽原家に伝わる名刀だ。今宵、また人の血を吸うことになる。

 足軽が丈一郎に槍を突いてきた。だがそれをさっと避けて一刀のもとに斬り伏せる。足軽は悲鳴を上げる間もなく倒れた。ついで次の足軽も、その次も・・・。無心一刀流の剣の前に敵の兵が倒されていく。だが・・・


(敵の数が多すぎる・・・)


 丈一郎が奮闘しようとも敵の兵の勢いは止められない。このままでは名もない雑兵に宗隆様が討ち取られてしまうかもしれない。

 その時、敵の武将の声が辺りに響き渡った。


「敵は大山宗隆ただ一人! 胸に赤いあざがある男だ! 逃すな! 討ち取れ!」


 宗隆の胸に淡い赤あざがあるのは近臣しか知らない。敵は宗隆を確実に仕留めようとしている。この場を逃げられたら取り返しのつかないことになるのがわかっているからだ。

 だがそれを聞いて丈一郎は「しめた!」とすぐに片肌を脱いだ。その胸には拳大の赤いあざがある。それは長春花のように鮮やかだった。


「大山宗隆だ! 手柄を挙げんと思うものはかかって参れ!」


 丈一郎は声高に叫んだ。彼は宗隆の身代わりを務めようとしたのだ。それを聞いて足軽から鎧武者まで一斉に彼に向かってきた。


(殿と同じ胸の赤あざ。何か因縁があるかもしれぬと思っていたが、このためだったのか・・・)


 そのために死ねるのなら本望・・・丈一郎は刀を振るい続けた。兜を叩き割り、鎧を斬り裂き・・・敵は次々に倒されていく。

 だが丈一郎の命運はここまでだった。敵が一斉に自分から離れて行く・・・と思った瞬間、火縄の臭いがした。


「バババーン!」


 鉄砲足軽が目の前に現れ、一斉に発砲したのだ。それは丈一郎の胸を赤く染めた。


「うぐっ!」


 だが丈一郎は倒れない。必死にこらえて敵をにらみつけている。


「バババーン!」


 次の組の足軽も発砲した。丈一郎はそれをすべて体で受け止めた。体からは血が噴き出すが、身動き一つせず、刀を振り上げたままじっと敵をにらみ続けた。それは鬼気迫るものがあり、誰もそばに寄せ付けない。


「撃て! 撃て!」


 敵の武将が狂ったように叫ぶ。丈一郎は何発も何発も銃弾を受け続けた。だが倒れることはない。ただ敵をにらみつけていた・・・。



 のちに、大山宗隆は死んだ・・・らしいとだけ伝わった。その屋敷からは彼の遺体は見つからなかった。落ちのびたとも、自刃して首を持ち去られたとも言われている。彼の家臣である羽原丈一郎の奮闘、そして死んでも立ったままで敵を寄せ付けなかったことで敵の手に宗隆の身が渡るのを防いだのだ。

 丈一郎の首は丁重に近くの寺に納められた。その後、宮川英正とその娘の糸が悲劇的な運命をたどったのは言うまでもない。

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