第5話 「ひどいな……ここまでとは」

 一瞬二人が目を合わせて、笑ったように見えた。


 だが意外にも、その申し出をマーカスは残念そうに断った。


「そうしてもらえると嬉しいんだけど、『指導担当者の資格』がないからねぇ」


「……」


 どうやら、教育システムを使っての育成生徒の指導をするには、正式な資格が必要らしい。


(だからって……このまま二人でやるつもりなのか……)


 マッキーはさすがに気が重くなってきた。


「誰でも取れる資格があれば、ずっと手伝ってもらえるんだけどなぁ」


 マーカスが横目でマッキーを見た。そこに追い打ちをかけるように、ヒューイがつぶやいた。


「資格は簡単なんだけどなぁ」


 ヒューイもちらりとマッキーの様子を確認する。


 真剣に考え込むマッキーを見ていると、なぜだか、 からかいたくなってくるヒューイだった。


(嫌だとは言わないよな)


 なぜかヒューイには確信があった。ここまで悩むマッキーの実直さが、断わらないだろうという信頼に変わっていった。


(……こいつら……)


 マッキーは気づいていた。


 前回ほとんど目も合わさなかったヒューイが、今回は手を止めてまで勧誘に加わっていることに。


(始まっているのなら、実質一年もない。資格だって一朝一夕で取れるものじゃないのに)


 そして、普段なら冷静なマーカスが、あえて止めようとしない様子にも引っかかっていた。


 二人の視線の意味を汲み取りながら、しばらく考え込んだマッキーは、深くため息をついて言った。


「ふーっ……で? どうすれば取れるんですか?」


“にこっ” 。


 マーカスとヒューイが、ぴたりと絶妙なタイミングで笑った。


「簡単だよ。専科でやってる初級と中級、合わせて800題を解くだけ。学園の6年生と同じだよ。」


 マーカスが軽やかに答えた。800題のどこが簡単なんだと言わんばかりの顔をするマッキーに、


「プログラム経験者ならすぐだぜ。基礎400題と応用の400題。知識ベースだけだから。研究課題とかはないしな」


 ヒューイがフォローした。普段は素っ気ないヒューイが、やたらと滑舌が良い。その豹変ぶりには、さすがのマーカスも目を見張った。


「……もしかして? 僕がそう言うと思ってました?」


 マッキーが疑いの目を向けても、二人は子供のように嬉しそうに“うんうん”と頷いてみせた。


 無邪気な様子を見て、マッキーは肩をすくめ、再びため息をついた。


「わかりました。努力します」


 その言葉に、ヒューイの顔が一気に和らいだ。


 ──それは


『砦』と言われた閉鎖的な作業室に、新たな風が吹いた瞬間だった。



 ◇



「軽く業務のやり方を教えるね」


 マッキーの返事に安心したのか、さっそくマーカスが笑顔で業務内容の説明を始めた。


「課題の提出があると、はじめに履歴と照合して進捗の確認をするんだ」


 マッキーは「やれやれ」という顔つきで聞いていた。


「そのあと採点ソフトにかけると、自動で結果が出るから……」


 その横で、ヒューイが軽く左手を上げ、何も言わずに席へと戻っていった。


 その背中を、マッキーは眉を上げて見送った。


「エラーが出たら、僕らが対応するから教えてね」


 マーカスは気にも留めず、説明を続けていた。



 ◇



 一週間の専属メンテナンスの期限が終わり、マッキーは本来の修理業務へと戻って行った。


 それでも休日になると、作業室を訪れて手伝うようになっていた。


「休みまで出なくても大丈夫だよ」


 マーカスが声をかけると、マッキーは軽く首を振って答えた。


「自室にいてもPCしか触ってないし、一緒ですから。それにしても……」


 ヒューイの空になった席を見ながら、マッキーが尋ねた。


「ヒューイは?」


 その問いにマーカスが短く答えた。


「教授に呼ばれたんだ」


 その言葉で、マッキーはヒューイが部屋を出ていくときの違和感に気づいた。


 作業の手を止め、


「ちょっと出てくる」


 短く言い残し、少しマッキーに目を落としたヒューイは、何も告げずに部屋を後にした。ただ、その顔は何かを思い詰めていた。


「何があったんです?」


 マッキーが尋ねると、マーカスは浮かない顔で振り返った。


「……これを見てくれる?」


 そう言って自分のモニターをマッキーの方へ向けた。


 そこには育成生徒の進捗状況が表示されていた。


 ──────────────

 課題番号 不合格回数

 a417 3回不合格2名、5回不合格1名。

 a421 3回不合格4名、……


 問い合わせコメント


「これ、問題設定おかしくないですか?」

「5回やり直した。解答がまちがってる」

「理論が破綻してる。気づかなかったのか?」


 ──────────────


 マッキーが問題番号をクリックすると、画面は該当の演習問題へと切り変わった。


「ひどいな……ここまでとは」


 マッキーが独り言のように言うと、マーカスはそれを無言で見ていた。


「これが理由で、ニール教授に呼ばれたの?」


 マッキーの問いに、マーカスは否定しなかった。


「問題の例題はマーカスが作って、演習はヒューイが作る。それをマーカスかテストランして不具合の調整。この流れで、改訂してたんだよね?」


「そう」


「じゃあマーカスも、例題にあるコードから演習問題を解いた場合、エラーが出るって知ってるんだ」


「……今、それに気づける生徒は、4分の3程度しかいない」


「だったら、元の問題に戻したほうがいい」


「──!」


「……って、今ごろ教授に言われてるんだろうね。でもヒューイには、その気がないってわけか」


 マッキーはヒューイの様子を思い返しながら、口に手を当てたまま独り言のようにつぶやいた。


 マーカスはそんな彼に、少し感心したように笑みを浮かべた。


「だったら、初級の問題を中級に合わせる必要があるな」


 マッキーはつぶやきながら、中級の演習問題400題を画面に表示させた。


 さらに更新順に並べ替え、改訂により差し替えられたコードを、くるんとした目で確認した。


「初級課題を中級の類似演習に差し替えれば、育成生徒も迷わず基礎コードに戻って、使えるようになるはずだよ」


 ヒューイはマッキーのことを単なる機械課の修理人ではないと言った。


 確かに。


 二人に丸め込まれ、800課題の履修を始めたマッキーだったが、二ヶ月も経たないうちに初級400題を履修し終えていた。


「履修したばかりだから、初級のどの問題なのかは見当はつくよ」


 マッキーはそう言いながら、作業に取りかかった。


 ◇


 その頃、ヒューイはプロジェクト統括主任のニール教授の部屋にいた。


「ヒューイ……生徒から苦情が来てる」


 困ったというよりも、呆れた顔でニール教授は言った。


「間違った問題なんか出してませんよ」


 開き直るヒューイに、教授が警告を出した。


「演習問題の難易度を例題レベルまで落とすんだ」


 有無を言わせない指示だった。

 その言葉にヒューイの顔色が変わった。



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