第18話:愛を選ぶ決意

金色の花との出会いから数日が過ぎた。ルカの中で蘇り始めた記憶の断片は、日に日に鮮明になっていたが、その正体については依然として謎のままだった。同時に、エテルナ世界全体により深刻な変化が現れ始めていた。


朝、玲奈が庭園を散歩していると、昨日まで美しく咲いていた花々が、さらに色褪せているのに気づいた。アクアローズの青色は薄くなり、他の花々も生気を失いつつある。


「やはり、世界の異変が加速している...」


玲奈の心に不安がよぎった。自分たちの愛が本物になったことで、何か予想外のことが起こっているのかもしれない。


その時、後ろから足音が聞こえた。振り返ると、ルカが深刻な表情で立っていた。


「玲奈、少し話があります」


「はい」


二人は庭園の奥にある東屋に向かった。そこは二人が初めて出会った思い出の場所でもある。


「実は、昨夜また夢を見ました」


ルカが口を開いた。


「以前よりもずっと鮮明な夢でした」


「どのような?」


「光に包まれた庭園で、誰かと手を繋いで歩いている夢です。でも、その人の顔は見えませんでした」


ルカの声には困惑が込められていた。


「そして、その人が消えていく時、胸が張り裂けそうになりました」


「消えていく?」


「はい。光の中に溶けるように消えて、僕は一人取り残されました」


玲奈は胸が痛んだ。その夢は、きっと神様がエルシアを失った時の記憶なのだろう。


「でも、不思議なことに、夢の中の僕は神様のような存在でした」


ルカの告白に、玲奈は息を呑んだ。


「神様のような?」


「はい。光に包まれていて、強大な力を持っているような感覚がありました」


ルカは空を見上げた。


「これが何を意味するのか、僕にはまだ分かりません。でも、一つだけ確かなことがあります」


「何ですか?」


「君への愛だけは、夢の中でも現実でも変わりませんでした」


ルカは玲奈の手を握った。


「どんな正体だったとしても、君を愛する気持ちに偽りはありません」


玲奈の目に涙が浮かんだ。


「私も同じです。あなたがどのような存在でも、愛する気持ちは変わりません」


二人は見つめ合った。お互いの愛だけは確かで、揺るぎないものだった。


その時、東屋の近くでリリスの姿を見つけた。彼女はいつものように音もなく現れ、微笑みながら二人を見つめている。


「リリスさん」


玲奈が声をかけると、リリスは近づいてきた。


「お二人とも、深刻な顔をしているのね」


「実は、世界の異変のことで悩んでいるんです」


ルカが説明すると、リリスは頷いた。


「そうね。確かに世界は変化している。でも、それが必ずしも悪いことだとは限らないわ」


「どういう意味ですか?」


「あなたたちの愛が本物になったことで、世界も新しい段階に入ろうとしているの」


リリスの説明に、二人は興味深そうに聞き入った。


「新しい段階?」


「そう。代役の愛から本物の愛へ。それは世界にとっても大きな変化なの」


リリスは金色の花を指差した。


「あの花が現れたのも、その変化の一部よ」


「では、異変も一時的なものなのでしょうか?」


玲奈が希望を込めて聞くと、リリスは少し考えてから答えた。


「それは、あなたたちの選択次第ね」


「選択?」


「これから、とても重要な選択を迫られることになるでしょう」


リリスの表情が真剣になった。


「その時、何を選ぶかによって、世界の未来が決まる」


「どのような選択ですか?」


ルカが聞くと、リリスは首を振った。


「それは言えないわ。自分で見つけなければ意味がないから」


「でも、ヒントをくれませんか?」


玲奈が頼むと、リリスは微笑んだ。


「愛を信じることよ。どんな困難があっても、お互いを信じ続けること」


「それが一番大切なヒントよ」


そう言うと、リリスは再び姿を消した。


午後、二人はミカエルに呼ばれて神殿の会議室に向かった。そこには多くの神官たちが集まっていて、深刻な表情で議論している。


「玲奈さん、ルカ、お疲れ様です」


ミカエルが二人を迎えた。


「実は、緊急事態が発生しています」


「緊急事態?」


「はい。各地からの報告によると、世界の異変が急速に拡大しているようです」


セバスチャンが地図を広げて説明した。


「花々の色褪せ、動物たちの異常行動、川の水位低下。すべてが加速度的に悪化しています」


玲奈とルカは顔を見合わせた。やはり、世界の状況は深刻になっているのだ。


「そして、最も深刻なのは...」


ミカエルが言いにくそうに続けた。


「人々の心にも変化が現れていることです」


「心の変化?」


「はい。愛し合っている恋人同士が突然別れたり、仲の良い夫婦が争ったりすることが増えています」


セバスチャンの報告に、玲奈は衝撃を受けた。


「それは...私たちの愛が原因なのですか?」


「原因というより、副作用のようなものでしょう」


ミカエルが慎重に答えた。


「お二人の愛があまりにも強すぎて、他の愛が相対的に弱く感じられるようになっているのかもしれません」


神官たちの表情は複雑だった。二人の愛が世界を救ったのは事実だが、同時に新たな問題も引き起こしている。


「では、私たちはどうすればいいんですか?」


ルカが困惑して聞くと、神官の一人が口を開いた。


「愛を弱めていただくしかないのでは...」


「愛を弱める?」


玲奈が信じられないという表情を見せた。


「そんなことができるんですか?」


「距離を置くことで、愛の強度を下げることは可能でしょう」


別の神官が提案した。


「しばらく離れて過ごしていただければ...」


「離れて過ごす?」


玲奈の声が震えた。


「それは...私たちを引き離すということですか?」


「一時的な措置です」


セバスチャンが冷静に説明した。


「世界の安定のために、必要な犠牲です」


玲奈とルカは愕然とした。愛し合うことが罪だとでも言うのだろうか。


「でも、私たちの愛が世界を救ったのに...」


「確かにそうです」


ミカエルが複雑な表情で答えた。


「しかし、今度はその愛が新たな問題を引き起こしています」


「矛盾していませんか?」


ルカが反論した。


「愛で世界を救い、今度は愛を制限する。それでは本末転倒です」


神官たちは答えに困った。確かに論理的には矛盾している。


「しかし、現実問題として...」


「現実問題として、愛を諦めることなどできません」


玲奈が強い意志を込めて言った。


「この愛は私たちの命そのものです」


「玲奈さん...」


ミカエルが困ったような表情を見せた。


「お気持ちは分かりますが、世界全体のことを考えると...」


「世界全体のことを考えているからこそです」


玲奈は立ち上がった。


「愛のない世界に、本当の幸せなんてありません」


「でも、現在の混乱を見れば...」


「混乱は一時的なものです」


ルカも立ち上がって玲奈の隣に立った。


「人々は新しい愛の形を学べばいいんです」


「新しい愛の形?」


「はい。私たちの愛を見て、本当の愛とは何かを理解してもらうんです」


ルカの提案に、神官たちは戸惑った。


「それは理想論では...」


「理想だからこそ、追求する価値があります」


玲奈が力強く言った。


「私たちは愛を諦めません」


二人の決意を見て、会議室は静寂に包まれた。


「分かりました」


ミカエルがゆっくりと口を開いた。


「お二人の意志は理解しました。しかし、他の解決策も模索する必要があります」


「ありがとうございます」


玲奈とルカは深々と頭を下げた。


会議室を出た後、二人は神殿の屋上に向かった。夕日が空を美しく染めていて、二人だけの特別な時間を過ごすのに最適だった。


「大変な状況になりましたね」


玲奈がため息をついた。


「はい。でも、僕たちの愛が間違っているとは思えません」


ルカは玲奈の肩を抱いた。


「確かに、世界に混乱をもたらしているかもしれません。でも、それは成長のための痛みなのかもしれません」


「成長のための痛み?」


「はい。今まで代役の愛で支えられていた世界が、本物の愛を受け入れようとしている」


ルカの解釈に、玲奈は希望を感じた。


「その過程で一時的な混乱が起こるのは、仕方のないことなのかもしれませんね」


「そうです。大切なのは、僕たちが愛を貫き続けることです」


ルカは玲奈の手を握った。


「どんな困難があっても、この愛だけは手放しません」


「私も同じです」


玲奈はルカを見つめた。


「あなたへの愛は、私の命よりも大切です」


二人は抱き合った。夕日の光が二人を美しく照らし、まるで神様が祝福してくれているかのようだった。


「でも、これからもっと大変になるかもしれませんね」


玲奈がつぶやくと、ルカは頷いた。


「きっと、神官たちは諦めないでしょう。何らかの方法で僕たちを引き離そうとするかもしれません」


「それでも、私たちは一緒にいましょう」


「はい。何があっても一緒です」


二人は星空を見上げた。今夜の星は特別に美しく、まるで二人の愛を祝福するように輝いている。


「ルカさん」


「はい」


「もし、あなたの正体が何か特別なものだったとしても、私の愛は変わりません」


玲奈の言葉に、ルカの心が温かくなった。


「ありがとう。僕も同じです。君がどのような人でも、愛し続けます」


「約束ですよ」


「約束します」


二人は永遠の愛を誓い合った。どんな困難が待っていても、この愛だけは守り抜く。


その夜、玲奈は日記を書いた。


『今日、神官たちから愛を弱めるように言われました。でも、私たちは断りました。


この愛は私たちの命です。どんな理由があっても、諦めることはできません。


確かに世界に混乱をもたらしているかもしれません。でも、それは本物の愛を受け入れるための成長の痛みだと思います。


ルカさんの正体についても、まだ謎のままです。でも、どのような真実が明らかになっても、愛する気持ちは変わりません。


これから、もっと困難な試練が待っているかもしれません。でも、二人で力を合わせれば、きっと乗り越えられます。


愛こそが、すべてを乗り越える力なのですから。』


日記を閉じて、玲奈は窓の外を見た。エテルナの夜空には満天の星が輝いている。


明日からは、さらなる試練が待っているかもしれない。でも、愛する人と一緒なら、どんな困難も恐くない。


玲奈とルカの愛は、新たな決意と共にさらに深く、強いものになっていた。


そして、その愛の力が世界をどのように変えていくのか、まだ誰にも予想できなかった。


しかし、二人は確信していた。愛さえあれば、必ず道は開ける。


真実の愛を貫く決意を固めて、二人は明日への希望を抱いていた。

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