ボクらはきっと星をすくい取る(小鳥遊言葉)

 どうしてあんなことをしたの、と知らない人に言われることが、よくある。


 その後は決まって、悪いことをしては親御さんが悲しむだの、やっぱり異能力者は物騒だだの、貴方には悪魔が憑いているだの、揃いも揃って勝手なことばかり続ける。その内1つだって、私の心に寄り添うものはなかった。


 自分で言うのもあれだが、全ての異能力者を皆殺しにすると言った私に、よくそんな持論を語れるなと思う。私が目の前にいるお前を脅かす可能性があるのだと、分からないのだろうか。無鉄砲なのか、想像力がないのか、それとも心のどこかでは自分とは関係がないことだと考えているのか。まあ全部なんだろうな、と思う。


「言葉は言葉だよ」


 そして身勝手なことを言われる私の手を優しく握り、そう言ってくれるのが彼女だった。

 彼女は別に、言われることに対して私を庇ったりしない。ただ聞いているだけだ。流石に、こちらの写真を撮るとか暴力に訴えてくるとか金銭を要求してくるとか、度を過ぎたものが来たらきちんと間に入って逃げてくれるけど。


 基本的に彼女は、私の隣にいるだけだ。


 私は罪を犯した。沢山の人を危険な目に晒し、怖い思いをさせた。これはその罰だ。だから彼女も庇ったりしない。ただ、隣で同じようにその罰を受ける。


 ずっと、手を繋いでいた。

 その手の温もりを、ずっと私は確かめている。





「……灯子」

「あ、言葉」


 しゃがみ込んだ彼女に、私は声を掛ける。彼女は顔を上げると、小さく微笑みかけてくれた。

 そしてその足元には、きらきらと光る宝石が。


「……何してるの」

「工作」


 そう言うと彼女は手の平を上に向ける。するとその手の中に、足元に散らばっているような宝石が生成された。「Z→A」。彼女の異能力。


 ああ、と思う。本物ではなく、レプリカか。確かによく見ると、その宝石たちは内部で太陽の光を鈍く消してしまっている。本物だったらもっと乱反射し、自身を美しく輝かせるだろう。


「百均とかに宝石のおもちゃが売ってるでしょう。その中に小さなライトを埋め込んだものを想像して、生成してるんだ」

「……光る仕組みは?」

「水に触れると光る」

「水……」


 私は彼女から少しだけ視線を外す。その先にあるのは……プールだ。


「……そういえば今日、ナイトプールパーティ、とかいうやつ、やるんだっけ」

「うん、入水禁止だけど」


 数日前から張り紙が出ていた。夜のプールサイドで食べたり飲んだり談笑しましょう、という、いわゆる親睦会を開催すると。

 張り紙の前で「一緒に行こう」という話がされている場面を、私は頻繁に見ていた。


 ……私は、知っている。それは目の前にいる彼女が主催であるということ。そして、この学園に所属する生徒に少しでも学園にいることを楽しんでほしいと、彼女が色々考えていることも。


「これから飾りつけをするんだ。僕はセンスがないから……良ければ手伝ってほしいんだけど」


 どうかな、と立ち上がって彼女は私に尋ねる。いいけど、と私は答えた。





 日が落ち、夜になった。


 昼間に飾り付けた電飾が灯り、温かな雰囲気を出す。集まった生徒たちは、思い思いに食事や談笑を楽しんでいた。内容までは聞こえないけれど、楽しそうな声が響いているのは分かる。


「言葉、やっぱりここにいた」

「……灯子」


 振り返るまでもない。私はその名前を呼ぶ。返事の代わりに、彼女は私の横に立った。


「言葉はいつも、全体が見渡せる場所にいる」

「……ここが落ち着くだけ」

「まあ、それもあるんだろうけど」


 彼女はそう言って微笑む。私は、何も返さなかった。代わりに別のことを告げる。


「……あそこにいなくてもいいの。生徒会長なのに」

「後で行くよ。とりあえずはやっぱり、全体がどうなってるか把握しておきたいからね」


 ちゃんと光って良かった、と彼女は続ける。それは恐らく、昼間に生成していた光る宝石のことだろう。


 パーティが始まる直前に彼女はそれをプールにばらまいていた。私はそれを、ここから見ていた。均等に散らばるようにするのに苦戦している様子だった。


「参加者も、それなりにいて良かった。1人も参加しなかったらどうしようって思ってたから」

「……前よりは減ってる」

「……うん、言葉がそう言うなら、そうなんだろうね」


 私も、生徒会長の時は頻繁にこういうイベントを立ち上げたり、他の人が立ち上げたのに関わったことが多かった。

 この学園に所属する生徒は、基本的に楽しいことが好きだ。面白そうなイベントがあれば、積極的に参加してくれる人の方が多い。


 ……それなのに参加者が減っているのは……やはり、私のせいなのだと思う。

 彼らを脅かし、大きな爪痕を残した私が、この学園に残り続けているから。


 胸の中を、夜のような暗闇が埋め尽くし始める。やっぱり私は、消えた方が良いのだと思う。あの時も本当は、誰にも何も言わず、消えた方が良かったのだ。私は、私がいたから、私がいたら──。



「──言葉」



 灯る。


 空虚な右手。それを包むように、温もりが。



 顔を上げる。そこでは彼女が、こちらを見て微笑んでいた。


「見て、綺麗だよ」


 彼女はそう言って視線を前方に戻す。促されるように私も前方を見ると……そこには、プールサイドで盛り上がる生徒たちが。

 装飾の光に照らされ、その笑顔がよく見える。きらきら、光っていて。


「……きれい、だね」


 周りが暗い中、あそこだけ輝いている。それは、心細い夜道を歩いている時、ふと見上げた夜空の中にいる──一番星のようで。

 きれいだと、そう、おもう。


 ……一応そういう感性が残っていることに、なんとなく安堵する。安堵してすぐ、思う資格があるのかと思う。

 星を仰ぐ権利は、私には。


「言葉と一緒に見れて良かった」


 再び隣を見つめる。彼女は私を見て、笑っていた。


「大好きだよ」


 そして恥ずかしがる様子もなく、彼女はそう言い放つ。……そう堂々とされると、こっちが恥ずかしい。


「……そう」


 それだけ答えて、私は視線を逸らす。やっぱり、何と返せばいいか分からない。

 私がそれだけしか答えないのはいつものことなので、彼女も特に何も気にした様子はなかった。


 そこで下から、バッシャーンという盛大な音が響き渡る。次いで、何してんだよお前~! と笑い交じりの声が聞こえた。どうやら誰かがプールに落ちたらしい。


「あーあ、まあ一回くらい誰か落ちるだろうとは思ってたけど」


 彼女は苦笑い交じりにそう言うと、私から手を離した。


「行ってくるね」

「……うん」


 彼女は私に軽く手を振る。そして膝をぐっと折り曲げると、真上に飛び上がった。そのまま屋上のフェンスを飛び越え、プールを目掛けて落下していく。

 私はそれを、じっと見ていた。


 彼女はプールに飛び込む。ほぼ直角に落ちたので、音1つ立てることはなかった。そして先程落ちたらしき男子生徒を引き上げると、「Z→A」で風を吹かせる。その風は彼女自身と男子生徒の体を乾かした。

 ぺこぺこと頭を下げる男子生徒に、苦笑い交じりに何かを言う彼女。まあ、気を付けてくださいねということを言っているのだろう。


 そのまま眺め続けていると、ふと彼女が顔を上げる。そしてこちらに笑って手を振った。別に、振り返さない。私のことなんて気にせず、そっちに構えばいいのに。

 そう思う、けど。彼女はきっとそうしない。学園にいる生徒と同じくらい……否、それより、私のことを大事にしてくれる。誰1人として、取りこぼさない。


 生徒たちの輪に紛れ始めた彼女を確認してから、私はパーカーのポケットに手を入れた。取り出したのは、彼女が作り出した水に触れると光る宝石だ。何故か、1つあげるよと言われて貰ってしまった。

 水中にいないこの宝石は、当然光らない。


 私はそれを夜空に掲げた。レプリカの宝石だから当然不透明で、夜空の星も不鮮明だ。


 ……灯子ならきっと、こんな星だって見逃さず、すくい取ってしまうんだろうな。


 私がそうされたように。なんて思いながら私は、宝石を大事にポケットにしまうのだった。


 ──────────


朝本箍(@asamototaga)様からいただいた題名で書いた短編です。ありがとうございました!

https://x.com/asamototaga/status/1957009756394058071

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