第4話 三人目~天才ゆえの悩み~

💐前半問題文(改稿あり)


 明るい悩みってのはなかなかに厄介だ。

 軽いようでいて、その根は意外に深い。


 霧野介きりのすけさんと出会って、俺はそれをまざまざと感じたんだ。



「なぁ、お前ら、天才と秀才の違いってぇのは何だか知ってるか?」


 と、霧野介さん。


 豪快な回転花火の基となる『巴車はぐるま』作りの最中に、いきなり投げかけてきた。


「天才は努力しなくても達人の域にいける人、秀才は努力して成し遂げる人、でしょうか?」


 くそ真面目に二尋さんが答える。


「そうだな。世間様ではよくそう言われているな。でも、もう一段奥があるんだな」


 指を振り、チッチと舌打ちしながら楽しそうに続ける霧野介さん。


「……本当の天才ってのはさ、才能の土台があって人並み以上に努力もできる奴のことを言うのさ」


「じゃあ秀才は?」

 

 続きを待ちきれずにせっつく俺。


「天才には絶対に勝てない奴のこと。まぁ俺がそう。自分で秀才って言っちゃってるのは痛いけどね」


 あっけらかんとそう言うけれど、なぜだか霧野介さんの笑顔が泣いているようだった。


 

 俺が知っている霧野介さんは、とにかく何をやってもうまかった。星造りだって、玉貼りだって、星を手順書通りに並べる事だって、どれも素早く完璧にこなしてしまう。

 その上、仕掛け作りもうまいとくれば、『天才』の看板を背負ってると言っても間違いはねぇだろう。


 それなのに、なぜそんなに自分を卑下しているんだろうか?



「霧野介さん、今度の両国橋、俺の仲間になってもらえませんか」


 意を決して頼み込む。

 

「あー、俺、そう言うの目指してねぇんだわ。筆頭花火師とかさ、皆様に最高の夜空を、みたいなヤツ。だからあきらめな」

「そこを何とか! 俺、霧野介さんの仕掛けの完璧さに、いつも憧れていたんです」


「よ、よせやい。おだてても、無理なもんは無理。てかさ、熱くなりすぎ。もっと気楽にいきなよ。楽しみながら作るのが一番。これ、俺からの真面目な忠告」


 熱くなりすぎ……か。


 俺の中でいつもとは違う熱が暴れ回っているのは確かだ。その力みが、吉と出るか凶と出るかは分からねぇ。


 でも、なんて言えばいいのかな。


 仲間を募るうちに、俺一人の問題じゃなくなってしまったんだ。

 俺を信じて仲間になってくれた、二尋さんと良辰さんに、こいつの仲間になって、一緒に花火を作って良かったと思ってもらいてぇ欲、みたいなものが出てきちまった。


 だから……花火作りのどの過程も、妥協したくねぇ。


 こぶしをギュッと握りしめた。


 霧野介さんはもっともっと熱くなれる人なのに。何故はなから諦めたような事を言うんだろうか?


「でもさ、誘ってくれたのはうれしかったよ。じゃあな!」


 さわやかな笑顔を残して、ひらひらと手を振って去ってゆく霧野介さんを、必死の思いで引き留めた。




💐ここから解答


「何だって器用にこなせる霧野介さんだったら筆頭花火師だって目指せるのに、何で勝負する前から諦めているんですか?」


「何だって器用か……器用にできるから、最高を目指せるってわけじゃねぇよ。むしろ、何者にもなれねぇってことだ」


 自嘲気味に口角が上がる。

 

「清七。俺はさ……お前みたいに四六時中、花火のことばっかり考えているような花火馬鹿にはなれねぇんだよ。そこそこ器用に立ち回って、楽して金稼いで、遊んで生きる。それが人生の目標なんでね」


 その言葉を聞いて気づいた。

 何故親方がひよっこの俺を選んでくれたのか。


 花火馬鹿……違いねぇ。


 俺はまだまだ未熟だし、経験も浅い。

 でも、花火が好きで、花火師になりたくて、ついでに言うと、俺の花火で江戸中のみんなを楽しませたい! その気持ちだけは、枯れない湯水のように溢れ出て止まんねぇんだ。


 今まではその情熱を、一人で抱え込んでいるだけで良かった。


 けれど、実際に夢を形にしていこうとすれば、決して一人の力では成し遂げられない。


 この情熱に一緒に巻き込まれてくれる仲間がいなけりゃ、いずれブスブスと黒い煙をあげて燃えかすになっちまうだろう。


「……絶対に」

「ん?」

「絶対に、霧野介さんを楽しませるんで」

「は?」

「絶対に、霧野介さんを楽しませてみせるんで、仲間になってください!」


 一瞬の沈黙。目を見開いた霧野介さんの口元が、開きかけては閉じるを二回繰り返した。


「俺、仲間集めを始めて気づいたんです。何かに夢中になる原動力には二つあるんじゃねぇかって。一つは自分の好きなことをやってる時、で、もう一つは、仲間と一緒に切磋琢磨している時なんだって」


 遮ることなく、霧野介さんは真剣に聞いてくれた。


「別に好きでも何でもねぇことでも、誰かと一緒にやったら楽しいじゃないですか。俺、甘い物はからきしなんですけど、二尋さんと一緒に食べに行くみつ豆だけは、不味く思ったことねぇし」


 ぷふっと霧野介さんが吹き出した。


「何でここで食い物の話」

 

 からからと笑いながら。


「二尋は酒より甘味か」

「いや、両刀で」

「ほう、そいつは女にモテそうだな」

「そりゃ、もう。本人は気づいてねぇようですが」

「勿体ねぇ」


 「勿体ねぇ……か」霧野介さんが繰り返した。その表情に、微かに迷いが生まれていた。


 ここで落とすぞ!


 俺は表情を引き締めた。


「一人でできることって、たかが知れてると思うんです。仲間と一緒に補い合わなけりゃ、辿り着けない場所ってのがある。俺は今無性に、仲間と一緒だから誇らしいって瞬間を味わいたいんです」


 深々と頭を下げた。


「だから、お願いします! 俺の、俺達の仲間になってください」

「お願いします」

「頼む」


 いつの間にか、俺の横で良辰さんと二尋さんが一緒に頭を下げてくれていた。


「えっ、そんな、良辰さんまで」


 大先輩に頭を下げられて、慌てふためく霧野介さん。「はぁ」と小さくため息をつくと、真っ直ぐに向き直った。


「そこまで言われて断っちゃ、男が廃るってもんよ。どうぞ、よろしくお願いします」


 こうして、三人目の仲間が決まった。



【作者より】


 今回は苦労しました💦

 なかなかピンとくるストーリーが思いつかなくて。でも、出来上がりは気に入っています(笑)

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