第2話 TSエルフさん、拾われる
心地の良い日差し。
鳥が軽やかに季節を歌っている。
「おい、クソガキ!そろそろ起きな!」
「あだっ!?」
やたらと威勢の良い言葉が、文字通り俺の脳天に直撃する。
ぐっすりと就寝中だった無防備な状態での一撃に、すぐに目が覚める。
起きるのは非常に億劫ではあるが、仕方ない。
このまま二度寝に入ってしまえば、さらに強力な一撃をお見舞いされることだろう。
ベッドを転がり、地面に落下。
のっそりと起き上がる。
寝ぼけ眼をこすりながら、部屋のドアを開け廊下に出る。
一歩一歩前に進んで、縁を掴みながら階段を下りる。
その先にはすり鉢で薬を調合している老婆がいた。
俺を叩き起こした最悪のエネルギッシュ婆だ。
名前は知らない。
ただ婆さんと俺は呼んでいる。
……あれ、そういえば俺の名前付けられて無い?
今までクソガキとしか呼ばれていなかった気が……う、眠くて頭が回らない。
「おはよう!さっさとこれ食いな!食ったら仕事だよ!」
「……おあよう」
よたよたとおぼつかない足どりで席に着く。
朝食として食卓に置かれたパンを一齧り。
「………………」
「こら、寝るんじゃない!ちゃんと目ぇ開けて食いな!」
ちゃんと言う通りにしないとまた飛んでくると思った俺は、目を開けて食う。
婆さんは一瞥した後ふんっ、と不機嫌そうに鼻を鳴らしてまた調合に戻る。
すり鉢でギコギコと薬草をすり潰す音を聞きながら、俺はパンをかじる。
婆さんは、親から捨てられた俺を拾ってくれた恩人だ。
転生してからあの日に、何があったかはほとんど覚えていない。
どうして俺が捨てられたのかが分からなかった。
多分親であった優しい視線をくれた彼らがどうして俺を捨てるのか皆目見当もつかない。
だが現実に俺は捨てられたらしい。
少しは気になるが、正直どうでもいいというのが今の心境だ。
だって婆さんに拾われてから十年も経過しているから。
たかだか一瞬の出来事にそうも意識を割いてはいられない。
婆さんは変わった人で、人里離れた森の近くに家を構えてそこで薬師をやっている。
たまに街へと繰り出して調味料とかを買ってくる以外基本的に自給自足の生活だ。
普段の家事に加え、狩りをしなくてはならないし、森へと採集に出かけることは日常だ。
本当に忙しく、面倒臭い生活だ。
「ん、食べた」
「そうか!じゃあ、森にいつもの薬草と……それとヒラケ草とアンドライカの肉を取ってきな!」
「えー、注文多くない?」
「さっさと支度しな」
面倒臭い、俺はぶーたれながら席を立ち、自室へと戻る。
ベッドが目に入り、飛び込みたい衝動に駆られたがそれをしたが最期、婆さんによって何をされるかなんて分かりきっている。
ため息を吐きながら、姿見の前で寝巻を脱ぎ下着姿になる。
そして脱いで露わになった自分の姿を見て、再度ため息。
「……まさか、女になっちゃうとはねぇ」
手術を受けたわけではない、最初からこうだったのだ。
最初に見たときは魂が抜け落ちるほど驚いた。
客観的に見てムンクの『叫び』のような仕草をしていたと思う。
凹凸に富んだ女性的な体と、人形のように整った顔立ちは、見る者が見れば魅了するだろう自負がある。
昔は緊張にも似た感情を自分自身に抱いていたが、何年もこの体を見ているのだ、流石に慣れた。
「それに、このなっがい耳」
この体は、身体的な特徴を多く備えていた。
その中の一つが長く鋭く尖った耳だ。
婆さんによると俺はエルフとして生まれたらしく、この長い耳はエルフの特徴なのだそう。
「おっと、早く着替えないとまた婆さんにどやされそうだ」
インナーを着て、その上にベストを着る。
タイトパンツを穿き、ブーツを履く。
長いくせ毛の髪を頭の後ろで一本にまとめる。
ナイフを二本ホルダーにセットして、ボウガンと矢筒を手に取る。
非常時に備えた婆さん特製の応急セットも忘れずに持っていく。
「よし、行くか」
全ての支度を終え、自室を出る。
また階段を降って、まだすり鉢で調合をしている婆さんに挨拶をする。
「行ってくる~」
「行ってらっしゃい、飯の時間には帰ってきな」
「あーい。めちゃくちゃ早く帰ってくるから、そしたら休憩していいよねー」
老婆の言葉を待たずに俺は家を出る。
家の外はいつ見ても大自然が広がっていて、生命に彩られている。
心地のよさを感じながら、俺は森への道を進んでいく。
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「……はぁ、まったくあんのクソガキは。姿はすぐに変わったっていうのに、いつまでたっても生意気だね」
ことり、とすり鉢にすりこぎを置く。
老婆は溜息を吐きながら、森の奥へと消えていったエルフを見つめる。
その視線には心配の色なんて微塵も含まれていない。
老婆が彼女を拾ってから今まで、教えられる全ての事を叩きこんできた。
エルフとしての最低限を持たず、そしてそれ故に最上を失った彼女は生きていくのでさえ難しいだろう。
だから、死なないよう、笑っていられるように叩きなおした。
エルフにとっては少しばかり、いや過剰なほどに忙しない日々だっただろう。
それでも付いて来てくれたことは評価に値する。
「……ふん」
老婆は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
その対象は生意気なエルフの少女ではなく、彼女を追放した彼ら——いや一人のクソカスに対してであった。
「おかげで、いい迷惑だよ全く……長命種ってのはどうしてこうも……」
誰にも届かない文句を言いながら、老婆は再度薬の調合へと戻る。
「……そういえば、あのクソガキに名前を付けてなかったね」
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