第4話記録の眠る研究室

東京都内、私立・瀬ヶ谷大学 工学部脳科学研究室。

古びたビルの一室に、法条律は足を踏み入れた。


出迎えたのは、智也の研究仲間だったという学生片瀬 凛(かたせ りん)。

スラリとした体格に冷静な目元。だが、どこか怯えた様子が漂う。


「……まさか、智也くんが殺人容疑だなんて。絶対に、そんな人じゃないって、分かってるんです」


「僕も、そう思ってるよ」


法条は穏やかに頷いた。


「彼が使っていた研究用睡眠記録装置。まだ残ってるかな?」


片瀬は黙って頷き、部屋の奥にあるロッカーを開けた。

そこには、1台の古いニューラルレコーダーが保管されていた。


「本人の許可があれば、内部データを解析できます。ただ……妙なことがあったんです」


「妙なこと?」


「1週間前、研究室のサーバーに不審なアクセス履歴が残っていて……それ以降、智也くんの記録ファイルだけが破損してました」


法条は即座に反応した。


「それは、誰かが“彼の記憶に関わるデータ”を消そうとしたということだね」


片瀬がうつむいたまま、口を開いた。


「……数ヶ月前から、“司法AI導入に関わってる企業”の人が、大学に頻繁に出入りしてるんです。脳科学や感情データの提供を求めていて……智也くんも一度、面談してたみたいです」


「企業の名前は?」


「“ニューロリンク・ジャパン”って……聞いたことありますか?」


その瞬間、法条の眉がピクリと動く。


ニューロリンク・ジャパン。


それは、AI裁判を推進する国際的企業体の日本支部。

法廷AI「JUDGE-β」の開発にも深く関与しており、政府と水面下で協定を結んでいた“次世代司法の黒幕”と囁かれている存在だった。


「……なるほど。全てが、一本の線で繋がってきた」


智也は、意図的に選ばれた。

“優等生の若者が強盗殺人を犯し、AIが正確に裁いた”――という“成功例”を、

世間に示すためのデモンストレーションだったのではないか?


つまり、事件そのものが、演出された

可能性がある。


そして、真犯人は「単独犯」などではない。

AI裁判を世界に広め、既存の司法を塗り替えようとする組織の一員。

彼らにとって、「冤罪」などは“必要な犠牲”にすぎない。


法条律は、心の中で静かに息を吐いた。


「相手は……とんでもない“化け物”だな」


だが、それでも彼は逃げるつもりはなかった。

むしろ燃えていた。


AIが“正義”を語る時代に、

人間の尊厳を守る最後の弁護士として、

彼は、戦うことを選んだ。

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