5

「どうしたのですか。まさかわたしの美少女っぷりに見惚れたのですか」


 少しずつ涼しくなってきた空の下、天使の如く現れた、黒い髪に無数の白いメッシュが入ったゆるふわツインテールの地雷系の眼鏡美少女に目を奪われていると、彼女は単刀直入に俺に尋ねてきた。


「うん」


 俺はただ、頷く他なかった。何かの冗談か運命の悪戯で俺の脳内の妄想が具現化したのではないかと思うほど、彼女は俺がなりたいと願っているような美少女そのものだったからだ。


 昔妹が写真加工アプリで好き放題俺の顔を弄り回してできた顔そっくりな人と出くわしたことがあるが、今のそれはそんなのと比べものにならないほどの衝撃だった。青天の霹靂とはこういうことか。


「もっと近くで見てもよいのですよ」


 そう言われ、俺は柵に手を置く彼女へと一歩ずつ近づく。なぜかドロシーも俺に合わせてトコトコついてくるがそれはともかく、足を動かすにつれて彼女がより鮮明になり、俺の心をざわつかせた。


「美少女だ」


 柵を挟んだすぐそばまで近づくと、自然と言葉が口から漏れた。精巧な人形のように美しくて汚れひとつない肌と、眼鏡越しでもはっきりとわかる大きな丸い瞳に小さい鼻と口。紛れもなく、彼女は美少女だった。


「そうなのです。メメルちゃんは超絶美少女なのです」


 彼女――メメルちゃんというのだろうか――は手を腰に当ててドヤ顔で言い切った。どこをどう見ても実際そうなのだから何も言えなかった。


「えっと……」


 正直、こんな美少女相手にまともに話せる訳がない。しかしだからといって話さない訳にはいかない。彼女と話さなければ、俺は残りの人生を一生後悔して過ごすことになると魂が叫んでいた。


 ――あたしの未来のためにも、彼女と話しなさいよね!


 ドロシーもそう言ってることだし、俺は自ら左胸を鷲掴みにして心臓を落ち着かせてから、息を吸って、口を開いた。


「飼育部に入部希望ですか」

「違うのです」


 違ったらしい。はっきり言って少し、いや、かなりガッツリ期待してた。こんな美少女と一緒に毎日部活動ができれば毎日幸せだろうなって思った。


「違うんですか」

「そもそもわたしはこの学校の生徒でも何でもない、ただの美少女なのです」


 ――ちょっと! どういうことなのよ!


 俺にもわからん。ただひとつ言えるのは、彼女はとてつもなく美少女であるということだ。


「動画のネタ探しのために町を彷徨っていたら、ここまで辿り着いたのです」

「動画?」

「はい。わたしはYouTuberなのですよ」


 メメルちゃんはそう言うと、小さな肩掛け鞄をがさごそと探り、スマホを取り出し操作し始めた。スマホの背面にはメメルちゃんと彼女に似た髪色のロングヘアの美少女が2人で仲良さそうにピースサインをしているプリクラが貼られていた。


 まさか彼女の友達までもが美少女だというのかと更なる雷鳴を喰らっていると、メメルちゃんは「これです」と自らのスマホの画面をこちらに向けてきた。見るとそこにはYouTubeのチャンネル画面が映し出されていたので少し膝を落として画面を注視する。


「完璧☆超絶☆メメルちゃん☆メメルちゃんねる……?」

「はい。最近登録者数が1万人を超えたのです」


 ――なかなかやるわね!


 ドロシーのふにゃっとした鼻の感触を感じつつズボンのポケットから自分のスマホを取り出すと、忘れる前にYouTubeでチャンネル名を検索してチャンネル登録をポチっと押した。こんなチャンネル名一度見たら忘れなさそうだが、万が一にでも思い出せなくなったら一生、いや、死んでも後悔する気がした。


「登録ありがとうございますなのです。やはりわたしは幸運な美少女なのです」

「俺の方こそ、君と会えて幸運だよ」


 まさか今日で人生の幸運を使い切ったから残りの人生は全て不幸の連続になったりとかしないだろうか。少し心配になってきた。


「そろそろネタ探しに戻るのです。おふたりとも、よければわたしの動画見て欲しいのです。では」


 メメルちゃんはスマホを閉じるとそう言って手を振り駆け足で敷地の外へと去って行った。風を切って走るその姿の一挙手一投足までもが可愛らしく、まさに美少女とした形容することが俺にはできなかった。


「おふたりってことは……ドロシーも動画見ろってことなのか?」


 ――いいじゃない。あたしにも動画見せなさいよね!


「そうか。じゃあ、一緒に見ようか」


 俺が柵を背中に預けて座ると、ドロシーも俺の隣に座り、スマホの画面を鼻でつっつき始めた。


「何から見ようか……」


 ――一番面白そうなのがいいわね!


 こうして俺はそう呟きながら、スクロールを始めたのだった。

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