【完結】ナナのいない世界

片霧 晴

爪痕を残す


「ねえ。生まれ変わったら何になりたい?」


 もう随分と昔の──、そう、まだ学生の時分だったか。今程適当に受け流すことを知らなかった私は、身に受ける全てのものを吸収していた。生き方の下手くそな私に対し、知人は明るく素直な子だった。



「わたしは、花になりたい」



 押し黙るような暗い瞳の彼女と、この時期のことはよく覚えている。春を帯びた穏やかな陽気に、ぼんやりとした視界。皆そろいも揃って眠たそうだった。普段とはまるで別人のような彼女に、ざわざわとした気持ち悪さが湧く。彼女にではなく、この陽気さに。



「だって花は、綺麗だから」



 綺麗だから──。口元の無意味な明るさが、私を少しだけゾワリとさせる。

 知人の言葉は、彼女自身の本質だろう。それはきっと、願望が凝縮された結果なのだ。知人が綺麗な花ならば、私は悠々と泳ぐ海の生きものになりたかった。


 彼女は今どうしているだろう。私は変わらず海から空を仰ぎ見ている。あのゾワリとした笑顔と、未だ燻り続けている彼女の言葉を思い出しながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る