第13話「煙と旋律のあいだに」

あの飲み屋の夜から、胸の奥がざわついていた。

バンド練習をしていても、歌声の芯が揺れるのが自分でもわかる。


 そんな中、猫さんから「来い」とだけ書かれたメッセが届いた。

 場所は、新宿のレトロ喫茶・PEACE。

 扉を開けた瞬間、深煎りのコーヒーと、かすかなタバコの匂いが混じった空気に包まれた。





「……座れ」

 カウンターの端、猫さんはすでに灰皿の横に煙をくゆらせていた。

 私が何も言わないうちに、厚みのある紙袋を差し出してくる。

「何これ?」

「プレイリストだ」


 中には、手書きの曲順リストと、やけに年季の入ったCDが十数枚。

 メタリカ、Dream Theater、Green Day、LUNA SEA、陰陽座、SOUL’d OUT……ジャンルも国籍もバラバラだ。





「……あんた、どんだけ聴いてんの」

「全部じゃねぇ。氷山の一角だ」

 猫さんは煙を吐きながら、淡々と解説を始めた。

「メタリカは硬派なリフの教科書だ。Dream Theaterは構成美と技巧の極み。Green Dayはシンプルで刺さる衝動、LUNA SEAは音と空気を操る天才集団……陰陽座は和とメタルの融合、SOUL’d OUTは日本語のリズム感を壊して作り変えた」


 まるで世界地図を広げられて、点と点が線で繋がっていくみたいだった。





 そこへ、少し遅れてアビが現れた。

「おー、やってんじゃん猫さんの音楽地獄講座」

「地獄じゃねぇ。極楽だ」

 二人は笑いながら、音楽談義に突入した。

 私はそのやりとりを聞きながら、胸の奥に火がついていくのを感じた。





「……ベスティ」

 猫さんが急に私を見る。

「才能あるんだから、もっと爆発させろ。感情なんて隠すもんじゃねぇ」

 その言葉に、私の中で何かが静かに弾けた。

 今まで絡まっていた糸が、一本ずつほどけていくような感覚。


 アビが笑ってコーヒーをすする。

「ほら、もう顔が変わってる。これ、来るぞ」





つづく


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