第6話 町田ラブホ街に、恋と地獄は満ちていた。
町田市——この街には、かつて「神」を名乗った男が棲んでいた。
今やその名を知る者は少ないが、彼の“後始末”をする霊媒師が一人。
そう。彼こそが——葛原 美麗(くずはら・びれい)。
今日も町田の路地裏で、冷えた缶コーヒーを手に、恋愛の地縛霊と向き合っていた。
「……お前、"付き合ってもない"のに、将来の名字どうするか話してんのか?」
「……だってぇ、美沙ってば、結婚できる気がしたのぉ……♡」
「気がしたってだけで、苗字を妄想して改名願い出す奴初めて見たぞ」
恋愛依存症の女、美沙(みさ)は、"ラブホ街の悪魔"と呼ばれる男——蜜(みつ)に恋をしていた。
蜜は、サシ飲みするたびに「俺の本命はお前だけ」と囁くが、翌朝には別の女に「昨夜はありがとう」とLINEしている。
"遊び"なのか、"地獄"なのか。女たちは笑顔で地雷を踏みに行く。
「先生、私どうしたらいいんでしょうか……。
彼、仕事もお金もないけど、私といる時だけ本音っぽい気がして……」
「それ、『本音っぽい台本』を女ごとに配役してるだけだよ。
お前は“都合よく尽くしてくれる女”役ってだけ。台本に"本命"のセリフ、書かれてた?」
「……ううっ」
ラブホ街のカラオケボックス、密会用の漫画喫茶、深夜の牛丼屋。
そこに現れるのは女たちの“思念”だった。
「一度でも愛されたかった」
「私だけが特別だと、信じたかった」
——そうした怨念が、霊となって美沙の身体に入り込もうとしていた。
だが美麗は静かに言った。
「お前の本当の敵は、蜜じゃない。“私を愛してくれたら私は変われる”って幻想だよ」
「……え?」
「地獄に彼を引きずりこもうとしてるのは、お前の中の“愛されたくてたまらない女”だ。
まずそいつを祓え。話はそれからだ」
美麗はライターで線香を灯し、美沙の周囲に“恋愛脳除霊”の結界を張る。
白煙が揺らめき、地縛霊の女たちがひとり、またひとりと浮かび上がる。
その中には——かつて蜜に「俺たち、もう結婚してるようなもんだろ」と言われた女もいた。
「でも私、彼の家に一度も呼ばれなかった……」と呟きながら消えていく。
「みんな、私と同じだったんだ……」
「違う。お前はまだ戻れる。
"この男で人生最後"って言う前に、せめて"こいつでいいのか?"って確認しろ」
結界が閉じると同時に、美沙の目に涙が浮かぶ。
そして、彼女のスマホに着信が鳴った。
「ごめん、やっぱお前が一番楽だわ。また会ってくれる?」
蜜からだった。
——だが、美沙は画面をスッと消した。
町田のラブホ街に、夜風が吹く。
その角で、葛原美麗は缶コーヒーを飲み干し、ひとり呟いた。
「"愛されたい"が"愛してほしい"に変わる瞬間、女はバケモノになる。
でも"愛されなくても大丈夫"って気づいた瞬間、女は女王になる」
町田に巣食う“恋愛依存の地縛霊”たち。
その背後には、かつて「神」と呼ばれた男の影がちらついていた。
次に狙われるのは——あなた、かもしれない。
つづく。
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