第一話 大天使との邂逅

 ――俺の人生の末路なんてこんなもんか。

 

 深く、どこまでも暗い意識に沈みながら、俺はそんな思いに包まれる。


 短い人生だった。なんの起伏もない人生だった。

 山も谷もなければ濃淡もない。

 自分の色も味も匂いもつけられていない、無味無臭無色透明な俺。

 そんな人間の末路など、あっけないに決まっている。

 故に今死んだことに負の感情などなく、逆にあるのは納得感だ。 


(世界に不干渉だった俺は、鑑賞されない末路を送った)


 そんな人生の結論を付けたときだった。


「あなたは不幸にも死にました。でもおめでとう。この大天使、アサエル様が担当天使になるんだから」


 どう考えても不適切な祝福の言葉で話しかけてきた天使により、俺は目を覚ました。

   

   ***


「こ……ここは?」


「ここは死後人が訪れる場所、天界よ」


 もう目覚めると思っていなかった意識を覚醒させた俺は、辺りを見渡し呟く。

 光を飲み込むような、絶対的な闇がどこまでも続いている空間で、俺と少女の存在だけがなぜか輪郭を保っていた


 どこからどう見ても天使な少女だ。比喩でもなんでもなく、文字のまま。

 アイドルや女優とは違う、異質な美貌。

 金糸のような髪が艶めき、てっぺんから一本だけアホ毛がぴょこんと逆らっている。

 その白磁のような体を、神殿服のようなガウンがやんわりと包んでいた。

 薄く笑った際にちらっと見える八重歯を覗かせ、髪色と同色の瞳で俺の様子をじっと見ていた。


 そんな美しい少女だが、彼女の最大の特徴は頭部と背面。

 背面には尊大な翼が広がっており、頭部の上には光輝く輪っかが浮いている。

 それらが、彼女がただの美少女ではない、本物の天使であることを有無を言わさず物語っていた。


「聞くまでもないでしょう? あなたが現世に生きていて、私様のような可憐で神々しい存在に会えるはずないのだから」


「……は?」

 

 目の前の天使が放った発言に、俺は思わず間抜けな声を漏らす。

 

 格の高い上位存在。

 それは見ればわかる。が、それを自分で言うだろうか。

 こんな現実離れした空間に放り出されたことに対して、その空間に疑問符を浮かべるのは当然のことであり、それに対して聞くまでもないは無理がある。

 そして何よりのツッコミどころは一人称。

 彼女が放った一人称の頭のおかしさを、俺は思わず口に出す。

 

「謙虚さの欠片もないな。私様って……」 


「謙虚? 私様はいつだって謙虚よ? だって私様の魅力が大きすぎて、人間なんかが作った言葉で私様を表現することなんて不可能なんだから」


「……」


「ね? 人間の言葉を使っている時点で、謙虚と言えるでしょ?」


 ダメだ。

 お話にならないというかお話ができない。

 

 謙虚さを全て無くすと自己認知は謙虚になるのか? 

 

 人語を使っているだけで謙虚判定。

 天界の謙虚判定機どうなってんだよ。故障してんじゃねえか。


 そうやって心の中でツッコミながらアサエルの動作を見ている俺に、彼女は静かに微笑んだ。


「それにしても取り乱さないのね。人間、死んだこと聞いたら結構取り乱す物なんだけど。特にあなたの死に方なんてひどいじゃない」


 そうして俺が普通に会話できることを、アサエルは意外だと語った。

 まあ確かに、こうして落ち着ていられることが異常であることくらいの自覚はある。

 

「面倒くさいのよね。取り乱した人間宥めるの。そんなん天使の仕事じゃないっつうの」


 死後は誰だってそうなるだろ……面倒くさがるなよ。

 というかそれを宥めることこそ天使の仕事だろ。もう少し自分の立場を自覚しろ。死んでんだぞ、こちとら。


「それに比べてあなたはかなりマシ、というか問題なく会話してること、褒めてあげるわ」


 なんか知らないけど褒められた。

 ただ、こうして落ち着いていられるのも理由はある。

 目をぱちくりと俺の方を見てくるアサエルが、あまりに何も考えてなさそうだったから、つい話してしまった。


「俺には分かるんだよ。あの通り魔は世界に無視されていて、もう一度世界とかかわりを持つためにあんなことをしたんだ」


 そう。俺は通り魔に刺されて死んだ。

 ただ、自分を刺した人間を恨んでなどいない。なぜなら彼もまた、自分と同じ境遇ということを、なんとなく察していたから。


「でも残念。あいつが刺したのは同じ世界に不干渉な俺。あいつの人生をかけた一世一代の大勝負は、無色透明無味無臭な二人の人間が消えたという結末で片が付いた」


 もう少し俳優とか芸人みたいな有名人とか、なんなら学校で人気な陽キャとか刺しとけば、哀しみや憎悪を向けられ、その感情の坩堝の中心に自分を置けただろう。

 世界ともう一度関わり合いを持てる、その方が血迷った甲斐があるってもんだ。


 だが、彼は俺を刺した。それは前述の逆を意味する。

 血迷った甲斐もなければ刺した方も刺された方も誰にも認識されておらず、誰それで全てが終わる。


「最後に誰を刺すかというくじにすらあいつは負けたんだよ。可哀想に」


 話し終えた俺は悲劇の通り魔へと同情を向けた。

 そんな風に自分を刺した相手へ評価を下している俺をアサエルはじっと見つめると、少し考えるそぶりを見せた後、頷き始める。


「卑屈何だか謙虚何だか……まあ、私様の御前だしそうなっちゃうのも仕方ないか。謙虚って言ってあげるわ」  


 意味不明な納得されたけど違うからね?

 しかしツッコむのが面倒だったのと次の話に入ることをアサエルが望んでいそうだったので一端スルー。


 そうやって察した通り、アサエルは伸びをすると空気を切り替えるように足を組んだ。

 

「まあ、雑談もこれくらいにして、あなたのこれからについて話しますか」


 そして俺がこの場に来てから最も気になっていたことを話すことを宣言した。






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 元気出るんで、何卒。

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