第55話 運命の盤、知と勘の最終戦

「まさか、またお前とこうして向き合う日が来ようとはな、ルナ」

 

 獣王国代表、ゴルザーク・ガルフレア。

 鋭い眼光、獣耳ピン立ち、戦場で鍛え抜かれた身体。

 ルナの元婚約者にして、獣王軍最年少の副団長でもある。その佇まいからは、武人としての誇りが滲み出ている。

 

「ふん。うちはとっくに決着つけとるばい。あんたとの縁は、王族の都合だけのもんたい」

「そう言うと思っていた。だが、それでも俺は……リバーシで勝って、“一矢報いたい”と思っただけだ」

 

 ステージ中央。ふたりの獣人が、白と黒の石を前に静かに座る。彼らの間に流れる空気は、単なる試合とは異なる、個人的な因縁を感じさせる。

 マオの実況が高らかに響く。彼の声は、会場全体の期待を煽る。

 

「さあさあお待ちかね! 本日二戦目!血と筋肉の因縁マッチ! 猫耳爆走娘 vs ライオン筋肉砲、スタート!」

「うるさい! 芋かじりながら実況すんな!!」

 

 リュウのツッコミが飛ぶが、もはや誰も止められない。会場は熱狂に包まれている。

 試合開始。

 

「……へっ。ま、こういうのは“感覚”が大事やろ?」

 

 パチンッ。

 ルナは迷いなく石を置く。その手つきは、まるで獲物を仕留める猫のようだ。

 

「……直感か。俺とは真逆だな」

 

 ゴルザークはじっくり盤面を睨みながら、一つずつ着実に白石を配置していく。彼の戦略は、堅実で揺るぎない。

 

「おっ……意外とゴルザークの方が冷静みたいね」

「筋肉脳じゃなかったのか……?」

「我は“直感派のルナ”と“策士のゴルザーク”という構図に混乱しておる!」

 

 マオの叫びも白熱していた。

 盤面は互角。

 だが、じわじわとルナが優勢に、見えたそのとき。

 

「……ここだ」

 

 ゴルザークが静かに石を置いた瞬間、盤面が一気に反転した。その一手に、会場がどよめく。

 

「うおおお!? 一気に角を取られたと!?」

「ルナの甘い配置を読んでいたとしか思えんたい……!」

 

 だが、ルナは慌てない。その顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「ふふっ、甘かばってん、うちは“全部わかっててやっとると”!」

 

 にやりと笑い、まったく別の隅に石を置いた。

 ……盤面、再反転。その変幻自在な打ち方に、観客が息を飲む。

 

「うおっ!? 逆に“捨て石”!? フェイク!? あの子、感覚派ちゃうやん!」

「うーん、ちょっとだけ……うちも、考えるようになったとよ?」

 

 ルナの目が、まっすぐにゴルザークを射抜いていた。その瞳の奥には、確かな成長が見て取れる。

 終盤。

 残り数マス。

 両者、白と黒、ほぼ拮抗。一触即発の空気が漂う。

 観客は総立ち、セラフィエルすらも前のめりで食い入るように見つめている。

 

「リュウ、どっちが勝ちそう?」

「……分かんない。でもたぶん、どっちが勝っても“悔いは残らない”試合になる」

 

 最後の一手。

 ルナが、すっと石を置く。その手から、盤面へと静かな波紋が広がる。

 盤面が静かに、しかし確実に反転していく。

 

「これで……終了たい」

 マオが叫ぶ。その声は、会場全体に響き渡る。

「勝者、ルナ・フェンリル・ガルドリオン!! 点数差、わずか一点ッ!!」

 

 カチュアが小さく息を飲み、ゴルザークは無言で天を仰いだ。彼の顔には、敗北の悔しさよりも、清々しい表情が浮かんでいる。

 そして、口元をゆるめた。

 

「負けたか……だが、清々しいな」

 

 ルナは席を立ち、ゴルザークの前に立つ。その瞳には、かつてのわだかまりはもうない。

 

「……悪かったね、昔のこと。今さらやけど」

「……いや、ありがとう。もう未練はない」

 

 そう言って、ゴルザークは微笑んだ。

 獣人同士の過去と因縁に、白黒がつけられた瞬間だった。

 リュウは遠くから二人を見ながら、ふぅとため息をついた。その表情には、どこか複雑な感情が混じっている。

 

「……やっぱスローライフって、無理だな」


 王都ルミアステラ、中央特設ステージ。

 一日中沸き返っていた観客の熱気が、いよいよ頂点に達しようとしていた。

 

「さあさあッ! 王立リバーシ大決戦祭、ついに最終戦だッ!」

 

 芋を高く掲げながら実況席で絶叫するのは、当のマオ。彼の興奮は最高潮だ。


「決勝戦は、エルフの森代表・カチュア・リュミエール!」

「対する時はは、筆の家代表・ルナ・フェンリル・ガルドリオンっ!」

 

 観客のどよめきが、雷鳴のように会場を包む。両者の実力は、すでに観客を魅了している。

 

「カチュアさん、やっぱすごいオーラ出しとるね……」

「うち、ちょっと緊張してきたとよ……」


 

 控室で小声を漏らすルナの背中を、リュウがそっと叩いた。彼の言葉は、いつもの調子だが、ルナには温かい励ましに聞こえる。

「大丈夫。ルナならやれるよ。直感と勢いで、俺の予想なんて何度も裏切ってきたし」

「……はは、なんか褒められとるような、雑に扱われとるような……でも、ありがと」

 そう言って、ルナはぐっと拳を握る。その瞳には、勝利への強い意志が宿っていた。

「絶対、勝って帰ってくるけん」

 決勝戦開始。

 ステージ中央に着席したふたり。

 挨拶もごく簡潔に交わし、互いの盤を睨む。その間には、鋭い集中力が満ちている。

「……貴女の直感、確かに脅威です。ですが、私は“勝ち方”を知っています」

「上等たい。うちは“負けたら終わり”と思って打っとるけん」

 パチン。

 第一手。音がした瞬間、会場の空気が変わった。

 序盤。

 カチュアの布石は端正で無駄がない。

 リズムのように一定間隔で盤を制していくその様子は、まるで楽譜をなぞる指のようだった。

 対するルナは、時に大胆に、時に無謀に見える一手を次々に打ち込む。

 だが。

「おお!? 捨て石に見えた手が、“未来の角取り”の布石になっとると!?」

「にゃはは、考えてないようで、ちゃんと考えとるっちゃよ?」

「どこまで本気で言ってるんだこの子はあああ!」

 マオの実況が混乱するなか、盤面は一進一退の攻防が続く。

 中盤。

 観客たちも思わず声を漏らす。その興奮は、会場全体を覆い尽くす。

「これは、凄まじい……知性と勘の真っ向勝負……」

「互いに“負けない”一手しか打ってない……」

 セラフィエルは呟いた。その神々しい瞳には、深い興味の色が宿っている。

「これが……人と獣と森の子の交わす、真なる“遊戯”か……」

 終盤。

 残りは5マス。

 白:カチュア 30

 黒:ルナ 29

 完全に五分五分。

 この一手で、勝負が決まる。会場の誰もが、息をのんでその瞬間を待っていた。

「……ここたい!」

 ルナが、勢いよく最後の石を置いた。その手つきは、迷いなく、確信に満ちている。

 カチュアの瞳が一瞬見開かれる。彼女は、ルナの一手が自身の読みを越えたことを悟った。

「――!」

 盤面がくるり、くるりと反転していく。

 パチン……パチン……

 音の連鎖の先。

 最終スコア、ルナ:33 カチュア:31

 勝者、筆の家代表、ルナ・フェンリル・ガルドリオン!

「――勝ったぁぁぁああああ!!」

 ルナが飛び上がる。その喜びは、会場の歓声と共に爆発した。

 会場がどっと沸き、歓声が嵐のように吹き荒れた。

 リュウは手を叩きながら、微笑む。彼の顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。

「よくやった、ルナ……」

 カチュアは静かに席を立ち、ルナの手を取った。その表情は、敗北を潔く受け入れている。

「……完敗です。でも、心地よい敗北でした」

「また勝負、しようね」

 ふたりの少女が静かに微笑み合うその光景は、観客の心にも深く刻まれた。

 閉会式。王から、ルナへと授与される優勝トロフィー。その輝きは、ルナの勝利を象徴している。

「そなたの勝利、民に夢と笑いを与えた。王国として、最大限の称賛を贈ろう」

「光栄たい!」

「なお、“オセロ女王”の称号と、オセロ型勲章を授ける!」

「え、勲章まで!?」

 後ろでリュウが「なんでまた妙な称号が……」と頭を抱える。彼のスローライフは、もはや遠い昔の夢のようだ。

 そして、セラフィエルが小声で言った。その声は、リュウにしか聞こえない。

「次の遊びが気になります」

「だから静かにしてろ天使ぃぃぃ!!」

 数日後。

 筆の家には、王国公式グッズ“ルナモデル・オセロセット”の予約が殺到していた。その人気は、王都を席巻するリバーシブームの新たな象徴となった。

 スローライフ? なにそれ食えるの?状態のリュウは、そっとハンモックに戻りながらひとこと。

「……俺の人生、白黒つけてる暇、なさそうだな」

 そんな彼のそばで、ルナはにやっと笑った。その瞳には、次なる冒険への輝きが宿っている。

「じゃあ、次は……」

「やめてえええええ!!」

 王立オセロ大決戦祭、これにて閉幕。






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