第45話 ササニシキでスローライフ、のはずが……

「……ふぅ……完璧だな」

 

 風とともに揺れるハンモックの上で、リュウは満足気に目を閉じる。上空を舞う鳥の群れが、深い青に染まった秋空を切り裂き、遠くで小川のせせらぎがかすかに囁く。

 左手には瑞々しい枝豆をつまみ、右手には炊きたてほかほかのササニシキ塩むすび。麦わら帽子を深くかぶり、風に吹かれて耳元でルナの声が流れる……なんて、理想のスローライフを妄想していた。

 そのときだった。

 

「リュウ! 緊急事態だ!」

「ぬあっ!?」

 

 ドスン! とハンモックごと揺らされ、軒先へ叩きつけられるように飛び起きた。

 慌てて枝豆も塩むすびも地面に落とし、傷みを気にする余裕もない。飛び込んできたのは、かつて魔界を率いた「芋王城の主」、元魔王ダルクス改めマオ。人間の少年の容姿を纏った今も、その深刻な表情はまったく揺るがない。

 

「天使族が……動き出した!」

「……は?」

 

 リュウはぽかんと口を開ける。脳裏に浮かぶのは、某ファンタジー作品のイメージだ。

 

「天使って、アレでしょ? 神様サイドで、正義の味方で、頭に輪っか浮かせて、ホーリーレイとか撃ってくる“正義の暴力”軍団でしょ?」

「おぬし、ラノベ読みすぎだ」

 

 マオは嘆息交じりに首を振る。

 

「どこの世界に、正義が魔族の大陸を吹き飛ばす火力を持ってると思っておる」

「え、吹き飛ばされるの!?」

 

 リュウの絶叫を聞きつけ、ルナが駆けつけた。その顔には、いつもの穏やかさに加え、僅かな苛立ちが浮かんでいる。

 

「リュウ、うるさいばい……で、なにごと?」

「なんか天使が来るらしい!」

「天使!? そっちのがうるさいよ!」

 

 マオが深刻な面持ちで続ける。

 

「聞いてくれルナ、こいつ曰く、大天使が封印解かれて出てきたんだってよ」

「元魔王軍の過激派が封印を破ったらしくてな……大天使まで呼び出されてしまったのだ」

「封印を破ったのは元部下……ってこと?」

「うむ。しかも覚醒した大天使は“外部干渉無効”のチート仕様らしい。つまり、お前の“書いたことが現実になる能力”も通じぬそうだ」

 

 リュウは崩れるようにハンモックへ倒れ込んだまま、手にした筆をじっと見つめる。その衝撃的な事実に、彼の脳内は混乱で真っ白になった。

 

「まさかの“能力無効チートキャラ”登場とか……これ、ラノベだったらラスボスじゃん!」

「そもそもあんたの人生がラノベすぎるばい!」

 

 ルナの的確なツッコミに、リュウは傷心のまま拳を握りしめた。

 

「せっかく……せっかく畑も味噌も炊飯器も整えて、夢のスローライフ時代が来たと思ったのに……!」

「うんうん」

 

 ルナは優しく頷き、リュウの頭に落ちていた枝豆をそっと乗せた。

「スローライフは、一日にして成らずばい。守るときは戦わんといかん時もあるっちゃ」

「くぅ……名言っぽい!」

「それで……どうすんの?」

「我は一度、魔族領へ戻り軍の再編を図る」

「じゃあ、私たちは……王様に報告して対策、やね」

 こうして、平穏だった筆の家に再び、静かな日常の終焉が訪れる。

 光を纏いし天の使徒(アークエンジェル)たちが、大空を裂きながら降り立つ。

 異世界は、さらに加速する。

「筆」の限界と、新たな可能性

「外部干渉無効……ねえ」

 リュウは筆をくるくる回しながら、深いため息をついた。その表情には、苛立ちと同時に、焦燥感が滲んでいる。

 王都・筆の家厨房亭の一室。窓辺の長机に集ったのは、ルナ、ティア、ミランダ、そして遅れて駆け込んできたエルド(なぜか鼻血)。

「ちょっと、エルド……また誰にちょっかい出したん?」

「いやぁ〜……新しく入った厨房の新人ちゃんが、あまりに小動物系で……つい、理性が崩壊を……」

「二秒で話題から除外するばい」

 ルナがデコピンでエルドを沈黙させたところで、本題に戻る。

「──つまりだな。俺のチートは、大天使には一切通用しないってわけだ」

 リュウは苦々しく筆先を見つめる。彼にとって、これは想像を絶する事態だった。

「“書いたことが現実になる”なんて強力すぎる能力だからな。チート耐性の存在が出てくるのは、ラノベあるあるだよなぁ……」

 ティアが手を挙げ、瞳を輝かせる。彼女の学者魂が、目の前の危機よりも先に好奇心に火をつけたようだ。

「しかしリュウさんの能力が通用しないとはいえ、“大天使”という存在自体が興味深いです。神聖属性の頂点にして魔族すら震え上がる存在──その構造、魔力分布、概念支配性、すべてを観察したい……ふふ」

「……ティア、ちょっと学者顔すぎない?」

「いやもう目がキラッキラしとるばい」

「こわっ!」

 筆の家厨房亭の入口の扉が静かに開かれた。王都からの使者が、内大臣の封蝋を施した書簡を差し出している。

『王国防衛会議への参加を要請します。王様直々の召集です』

「前回のおにぎり外交で覚えとるはずだっちゃ」

「顔パスってやつか……おにぎり献上した恩義?」

 ミランダが腕を組み、静かな眼差しで続けた。彼女の言葉は、リュウの心に深く響く。

「天使が現実に脅威なら、軍を動かすのは当然。ただし今回は“戦わずに済む道”も模索しなきゃいけない」

「おお、さすがミランダさん、俺の気持ちを代弁してくれる!」

 彼女は厳かに言葉を重ねる。

「でも、そのためには準備が要る。リュウ、あんた一人のスローライフのためじゃない。皆の未来を守るために動くのよ」

 リュウは静かに頷いた。その言葉が、彼に新たな決意をもたらす。

「了解だ。じゃあ俺、“対話の舞台”を書き起こしてみるよ」

 夜。ログハウス前のハンモックで、リュウは満天の星空を仰ぎつつ呟いた。筆は、彼の指先でくるくると回されている。

「戦えなくても、俺には筆がある。ならば、誰にも流されない、俺だけの物語を書いてみせる」

 隣にルナが枝豆を載せた皿をそっと含まれているようだった。

 

「……その筆、ちゃんと使えるようにしときしゃい。天使相手に“おにぎり外交”するなら、米も準備せんといかんけんね」

「なんで結局、炊飯業務に戻されるんだよおぉぉぉ! 

 空に浮かぶ白い雲の奥。

 

 神域の封印が、ひとつ、ゆっくりと解かれた音がした。

 いよいよ、“対話なき暴力”の象徴、大天使が世界に舞い降りる。筆の家の物語は、新たな局面へと突入する。







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