第14話 思わぬお茶会

 婚約破棄の一件で社交界を騒がせるひとりとなってしまった私は、しばらく外出を避けていた。このひと月は家と学園の往復しかしていない。休日は将来の為に勉強をして過ごしていた。


 すっかり出不精になってしまった私に母が朝食の席でお茶会に行こうと誘ってくれた。


 まだお茶会は早いと母に話したのだけれど、内々のお茶会だから大丈夫と言うだけで、どこの家のお茶会に誘われているのかも教えてもらえなかった。


 いつ行くのかと聞くと、何と今日の午後だと母はしれっとした顔で言ったのだ。


 何となく嫌な予感しかしない。


 母は既に出席の返事をしてしまっているから、きっともう断れない。


 私は両親がこんなに早く動くなんて思わなかったから、自分が将来どうしたいのかをまだ話していなかった。


 母を不審に思いながら連れて行かれたところは我が家よりも大きな屋敷だった。


(これはきっと後妻に求められるパターンだわ)


 娘の幸せよりも政略を取った両親を恨めしく思いつつも、私はこれから勧められるであろう縁談をどう断ろうとかとばかり考えていた。


 若い執事に案内されて通された応接室に入るとそこには美しいご婦人とクリストフェルがソファーに座っていたのだった。


(お茶会ってレイカルト家だったの!?)


 まだ他家の家紋まで覚えていなかった私は、ここが彼の家だと分からないまま応接間まで来てしまった。


「よくいらっしゃいましたわ、ロッシュ夫人。この家にロッシュ家の方が来て下さるなんて100年以上振りですわね」


 そう言いながら婦人はにこやかに笑う。隙の無い笑顔に私の緊張感は増してしまう。


 クリフトフェルを見たら、澄ました顔をして私の母に挨拶をしている。昨日学園で会ったのだから今日の事を教えてくれても良かったのに、次に学園で会ったら文句のひとつでも言ってやりたい気持ちになった。


「本日はお招き下さってありがとうございます。娘のイエンナですわ。ご子息様とは学友として良き関係だと聞いておりますが、とても優秀なご令息と娘も申しておりますのホホホ」


 いや、言ってない。我が家でクリストフェルの話題は禁句だと思っていたし、ジョエル様以外の令息の話題なんて出来るわけがない。


「まあ、イエンナ嬢も優秀なお嬢様だとクリストフェルは言っておりますのよ。クラス委員の仕事もよく手伝って下さるとかホホホ」


 仲の悪い家に行くと言うのはこういうことなのかと私は来て早々に感じていた。これは何の為のお茶会なの?


 状況が読めない時は笑うしかない。私は笑顔を浮かべながら適当に相槌を打って母たちの会話の成り行きを見守る事にした。この二人、仲が良いのか悪いのかがよく分からない。


「母上、イエンナ嬢に庭を案内してもいいでしょうか?彼女は庭の散策が好きなので」


「ええ行ってらっしゃい。クリストフェル、しっかりと案内して差し上げるのですよ」


 レイカルト夫人は笑顔を浮かべているが目は笑っていない。何を考えているのか本当に分からない。


「行こう、イエンナ嬢」


 どういう事か聞きたかった私はクリフトフェルの手を迷いなく取って彼に庭の案内をしてもらう事にした。


 学園での制服姿を見慣れているせいか、コートにクラバット姿の彼と一緒にいるのは落ち着かない。知らない貴族家に来ている事も重なって私は緊張から胸がドキドキしてきてしまった。


 彼からは何も話しかけてこないので、私はどうやって会話の糸口を見つけようかと考えながら彼について歩いていた。庭が素敵だとでも言おうと思ったところで、白いガセボが見えてきた。


「あそこで座って話そうか」


「ええ」


 ガセボには既にお茶とお菓子が用意してあり、彼の目的は最初からここだったのだと分かった。


 席に座った私はまず彼に話し掛ける。侍女や侍従たちは少し離れた場所で待機しているので、会話まで気を遣わなくても良さそうだ。


「突然お茶会だと言われて来てみたら、貴方のお家だったから驚いたわ」


「二週間前には母が招待状を出していたのだけれど、俺嫌われてるのかな?」


「……わからないわ」


「ロッシュ家はレイカルト家を嫌ってるからなあ」


「それはお互い様でしょう」


「いや、ウチはそれほどでも。……ほら、こちらは騙しちゃった方だから」


 クリストフェルが後半は言いにくそうにそう言った。


「このお茶会って何の為のものなの?」


「レイカルト家からロッシュ家に和解を申し立てたんだ。それで先日やっとロッシュ伯爵から和解を受け入れて下さる返事を頂けた」


「こういう場合って何かしらの利益があるから行われる事よね。私の家とあなたの家って結びつくような事業はあったかしら?」


 私がそう言った時、クリストフェルは持っていたカップをソーサーに戻すところで、カチリと音をさせていた。何か彼が動揺するような事を言ったのかしら?


「ロッシュ家にとって利はある。けれどもそれを話したらキミは嫌がるかもしれない」


「どういう事なの?」


「…………」


「教えて」


「ありていに言えば、俺の父はキミの父に婚約の打診をしたんだ。侯爵家と縁を繋げるというのは家としては充分なメリットだろう」


「ええっ!聞いてない!」


 突然の話に私はお茶を吹きこぼしてしまうかと思ったのだった。

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