第6話 異世界にきてバイトはするな③

「すこし勇気がでてきた気がするっす。あざっすマサトさん」

「いつかなれるといいね。冒険者に」

「はい。いや、必ずなってみせますよ」

 バイン君の顔色が良くなったような気がする。

「ちなみに冒険者って稼げるの?」

 今の今まで夢やらなんやら言っていたが、ここからは現実のお話をしようじゃないかバイン君。

「めちゃくちゃ稼げるっていう人は極わずかって聞きます」

「そうか~。上位の一部って感じか」

 おそらく始めたてから中級者まで、かなりの人数が居るのだろう。それに対して仕事量が追い付いていない、そんな感じだろうか。

「そうっす。でもそこまで行くには俺も仲間を作らないと」

「それもそうだよね。パーティ? という奴を組む必要があるのか」

「っす。前衛とか後衛のバランスも大事っす」

「バイン君はどこを目指すの?」

「自分のスキル的に真ん中とかが良いような気がするっす」

「へ~。どんなスキル? ってあんまり聞かない方が良いのかな?」

 スキルの公開は自分の手の内を晒すものになってしまうだろう。

「マサトさんなら大丈夫っすよ。俺のスキルは「モヒカンアタック」っす」

「っ!」

 ——耐えろッ! 耐えるんだ俺ッ!

「マサトさん? なんか目がとんでもなく見開いて怖いっすけど大丈夫っすか?」

「い”や”? 何でもないよ。決して笑ってなどいないよ」

 口をかみしめ、眼を見開き、顔面すべての筋肉に力を入れる事で笑う事を回避する神テクニック。

 まさかここで髪型の伏線回収が来るとは思わなんだ。

「その、モヒっ、モヒカンアタックはどういうスキルなの?」

 するとバイン君は頭を下げてモヒカンを見せてくる。

「このモヒカンの山が針のような斬撃を飛ばすんすよ」

「っ! それは強そうだね。もしかして、モヒカン状態じゃないとスキルは発動しないのかな?」

「っす。そうじゃないとモヒカンになんかしないっすよ。この髪型のせいで絡まれるんっすよ?」

「なるほどね。なるほど。腑に落ちたよ」

「? 良かったす」

「そこまでして冒険者になりたいんだね。気持ちが良く伝わったよ」

「そうっす。母ちゃんにずっと面倒みて貰っていたんで、一人でもやっていける姿を見せたいっす」

 良かった。モヒカンアタックで吹き出さなくて。自分が許せなくなっていたところだ。

「素晴らしいことだね。俺もこの年まで両親に世話になりっぱなしだったから、頑張らないと」

 今は両親がいなくなったどころか、12歳の面倒を見るようになっているのだけど。

 静かなゼリカを見てみると、どうやらモヒカンアタックに目を輝かしているようだった。

 俺に見られている事に気づいたゼリカは慌ててそっぽを向く。

「べ、別にモヒカンアタックがカッコいいなんて思ってないぞ」

 一番ツッコミづらい言葉だから本当に辞めて欲しい。

 ここで「いやカッコよくねぇわ!」って言えないから。ただ、どうやら12歳の目にはカッコよく見えるようだ。

「バイン君。ゼリカがスキルをカッコいいって言ってるよ。良かったね」

「い、いってねぇし!」

「ありがとうゼリカちゃん。今までずっと笑われてきたから、嬉しいよ俺」

「だからいってねぇ!」

 ゼリカを過剰にからかうと致死の拳が飛んでくる気がするのでここらへんにしておこう。

「さてそろそろ時間だ。行こうか」

「そうっすね」

 開店時間となった居酒屋カルマ。

 注文は俺とバイン君で取り、提供と片づけと掃除はゼリカを加え3人で行う。料理は店長が作り、飲み物はバイン君だ。

 バイン君が扉を開けると、並んでいたお客さんが一気に入ってくる。

「っしゃいやせぇ」

「いらっしゃいませ」

 お客さんを歓迎する言葉をゼリカは知らないのか、キョロキョロしてる。きっと心の中で「我も言った方が良いかっ!?」と言っているだろう。

「いらっ……しゃ……ませぇ」

 事前にゼリカには働く者としての態度を教えておいた。ただお金を頂くという表現では通じなかったので、アイスを頂ける存在としておいた。

「おお。新しい子入ったんだねバイン君」

 五十代くらいの男性二人組の一人が気さくに言った。

「そうなんすよカイルさん。マサトさんとゼリカちゃんです」

「マサトですよろしくお願いします」

 ゼリカはまたしても俺を見たので、心の中で「我もか!?」と言っただろう。

「……ゼリカだ」

「ははっ。こんな小さい子が働くなんて、偉いねぇ」

 二人組はそう言ってカウンター席に並んで座った。

 続々と入ってくる人達。驚いたのは明らかに人間じゃない人たちがいるという所だ。犬や狼がそのまま人間になったような、そんな人たちもいた。とは言え、ほとんどが人族と言われている人間だ。

 いきなり満席とまでは行かないが、7割ほどは埋まった。これだけで、このお店が人気店である事が分かった。

 お客さん達は壁にかけられた木の板から、メニューを注文していくような形となる。

「兄ちゃん注文いいか?」

 既にバイン君は顔見知りのお客さんと会話しながら注文を取ってる。

「は~い」

 呼ばれたので集中モードに入る。この店、だけではないと思うが、電子機器は勿論鉛筆や紙でお客さんのオーダーを書き憶える事ができないので、暗記が必要だ。

「エール4つとクシの実2つ、あとはサラマンダードラゴンの肉焼きを4つ」

「かしこまりました」

 おそらく獣人族であろう狼のような見た目をした四人から注文を受ける。近くで見ると分かるが凄く強そうだ。毛が堅そう。あと牙が鋭利すぎる。

「店長! 9番卓、クシの実2つとサラマンダードラゴンの肉焼き4つお願いします!」

「了解!」

 店長は厨房に入ると人が変わるようだ。さっきまでなよなよしていたのに滅茶苦茶気合が入ってる。

「バイン君! エール4つお願い」

「了解っす」

 バイン君は海賊が使っていそうな樽型のコップに冷えていないエールを注ぐ。

 俺はお酒を飲まないが冷えていればもっと美味しいのにと思ってしまう。まあ冷蔵庫とか機械がないから仕方ない。と思ったら、エール4つもったバイン君が呟く。「クーリング」と。差し出されたエールの樽をもつと、取っ手部分が冷たかった。これは魔法? バイン君に色々と聞きたかったが、お客さんを待たせてはいけないとエールをもっていく。

「お待たせしましたエール4つです」

「おう、ありがとう兄ちゃん」

 ゴクゴクと飲んだ4人は「かあぁ~!」と言っている。美味そうだ。

 獣人族なのに人間のような声を漏らすんだな。ここは「クウゥゥ~!」とか吠えて欲しいものだ。ただこれだけ美味しそうにして貰えると、自分で作った訳でも用意した訳でもないのに嬉しいものだな。

 そういえばゼリカは何をしているのか、店を探し回るとゼリカは料理を見つめて涎(よだれ)を垂らしながらも皿を運んでいた。「フゥーフゥーフゥー!」とまるで犬が飼い主に「待て」をされている時のような状態でギリギリ耐えている。

 偉いぞゼリカ! 耐えるんだ!

 もはや前を見ていないゼリカは店長に言われたであろう卓にまで料理を持っていき、「フゥーフゥー!」と唸りながら背伸びして机の上に皿を乗せる。おそらく沸騰したお湯が冷めるくらいには「フゥーフゥー」と言ってるし、この店の地面が涎で洪水になってもおかしくないくらい出ている。

「ありがとうな嬢ちゃん」

「フゥーフゥーフゥー! 食え」

 凄く客を睨んでいるが子供ならば可愛いで許されるからよしとしよう。

「うまいっ!」

 配膳を終えたのに、何故かその場から離れないゼリカは客が料理を美味そうに食べるのを見てさらに豹変した。目は見開き充血し、涎が滝だ。

 こんな状態でもし仮に「おっ、嬢ちゃんも食べるかい?」と言って、口の前にまでもっていったものを「うっそぴょーん」なんてしたら、店が血の海になってしまう。

 このままでは殺気や殺意をもつかもしれないので、一旦ゼリカを引き剥がしにかかる。本来ならば微動だにしないはずだが、自分でもここに居てはいけないと分かっているのか案外簡単に剥がれた。

「ゼリカ凄いじゃないか。この調子で頼むぞ」

「ま、まかせろ。よゆうしゃくしゃくだ」

 こいつ案外真面目に働いているなと感心した。

 魔王だよな? もっと我儘だと思っていたが、親の教育がちゃんとしているのだろうか。

 次の配膳に向かったゼリカを見送り、新しく入ってきたお客さんへと目を向ける。

 帽子を深くかぶり、厚着をしている人で骨格的には女性だった。

「何名様でしょうか?」

「1人です」

 顔は見えないが声に聞き覚えがあった。忘れるはずない美しい声だ。

「え? 女神様?」

「いえ神違いです。あっ」

 神しか使わない言葉だろそれ。

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