第2話 勇者と魔王だけは仲間になるな

 最初に視界へと入ってきたのは玉座に座る王様らしき人物だった。

 王様らしき人物は頭に王冠を乗せ赤いマントを付けている。この人が王様でないならば、誰が王様だというのか。そして王様が座っている椅子は必然的に玉座となるのだ。

「よく来てくれた、勇者よッ!」

 王様はそう言った。俺に向かって勇者と言ったのだ。

「勇者? 私がですか?」

「そうとも。そなたの名前は?」

「工藤正人です」

「そうか、マサトというのか。さっそくだが勇者マサトよ、是非魔王を倒してもらいたい!」

「わ、私が魔王を倒すんですか?」

 つまり魔王を倒せる力を俺は持っているという事なのか?

「勇者のそなたならば、大丈夫だ! 召喚士ベルゼマよ、勇者マサトの能力値を見てくれ」

 近くにいたコートを着た女性が俺を凝視する。切れ長な目で凄く美人さんだ。

 表面上だけでなくその中身を知ろうとするような、そんな気概をこの女性から感じた。

「国王様大変です!」

 女性が俺をじっと見つめながら声を上げた。全体的に表情が動かない印象を受けた。

「おおっ! どうした!」

 歓喜に満ち満ちた王様の声。召喚士と呼ばれた女性の言葉に期待が溢れていた。もちろん俺にも。

「ざ……雑魚です」

 いや口悪いな。

「なにィ!? 雑魚じゃと!? とんでもなく弱いという事か?」

「そうです。そこら辺のカエルくらい弱いです」

「カエル……クソ雑魚ではないか」

「残念ながら……神にも見放されたようです」

「最後の最後まで……これも定めという奴かの」

 話が勝手に進んでいくのでもちろん止めさせていただく。

「まだ分からないじゃないですか。やってみないと」

「ほう。何か策があると?」

 さっきの期待の目はどこへやら。もう蔑む目で俺を見てきた。切り替えがだいぶ早い王様だ。

「ええ。能力値が低いならば上げればいいではないですか。魔王を倒すその日までに」

 弱いなら強くなればいい。

「いやダメだ。後ろを見たまえ」

 素直に後ろを見ると、頭部の両側から二本の角を真上に生やした十代前半に見える少女がいた。小さな胸を前に突き出して、腰に両手を添えている。しかし、その少女が立っているさらに後ろの光景についつい目を見開く。

 建物の中であると思っていたが、少女の後ろには大きな穴が空いており、その穴から見える光景は全ての人工物が瓦礫と化した殺風景なものだった。そう、破壊の後だ。

「もう魔王がそこに居るんだ」

「じゃあ無理だ。早く言ってよ」

「わはははっ! 我が名はゼリカ・ルミアークス! かかってこい勇者!」

 小さな手を薄い胴体に叩きつけた少女がそう言った。

「律儀にずっと待ってたのかよ」

「我は勇者を倒しに来たからな。さあ来るがいい!」

「王様、もう一人勇者召喚しましょう」

「無理だ……。召喚には十年の歳月が必要なのだ」

「じゃあどうするんですか!」

「くっ……勇者がこんなにクソ雑魚ではなければッ!」

「本人を前にしてそれだけは言わないでくれよ」

 勇者と聞いて多少なりとも、自分が力を手に入れたのではないかと期待してしまったが、まさかここまで傷つく事になるとは。

「なんだか可哀そうな勇者だな」

 少女に哀れまれる日が来るとは思わなかったが、今はそれに縋(すが)りたい。

「そうなんですよ魔王様。急にこんなところに呼び出された挙句雑魚雑魚言われているんです。もうどっちが魔王か私には分かりませんッ!」

 こうなったら自分だけでも助かる方法を探すしかない。社会人として身に着けたどこまでも自分を下げる生き方を見せてやる。

 魔王の靴でも足でも舐めて生き残ってみせる。

「む~。勇者を倒しに来たというのに」

「魔王様。弱すぎる私を倒しても意味はありません! 他の勇者を探して倒すべきではないでしょうか!」

「そうだな。貴様を倒しても意味はないか」

 よし、なんだか行けそうだ。

「ここまで来て逃げるのか卑怯者め!」

 ここでまさかの王様が乱入してきた。この王様でよく国が成立していたものだ。

「卑怯者だとッ? 我は卑怯者じゃないッ!」

 国王の意味不明な挑発に魔王は怒る。それはそうだ、せっかく見逃そうとしてくれていたというのに。

「今逃げようとしたよなぁ!? な~にが魔王だよ、このチビッ!」

 ダメだこの王様。国滅んであと自分の命だけだっていうのに、なんでこの態度とれるの?

 もうこいつが勇者でいいでしょ。

「チビじゃねーしッ! 12歳にしては平均くらいだしッ!」

 老人が子供を煽る地獄絵図。明らかに魔王も怒っている。

「なんだかこのチビに負けたのが信じられんッ! 腹が立ってきたわッ! ベルゼマよ剣を寄越せ。わしが倒してやる」

「ぷっ。爺が剣なんて持てないだろっ!」

 魔王は口を大きく開けて嘲笑いながら言った。

「このクソガキィッ! 死ねぇェッ!」

 剣を上段に構えた王様が、魔王に向かって全速力で走りだした。

「くらえッ! 滅壊闇球(デストラクトダーク)!」

 ゼリカの前に闇の粒子が収束していく。何が起こっているのか理解できていないが、これがやばい事くらいは分かる。

 人間を飲み込める程の闇球が一種の重力のようになっているのか、髪がそこに吸われるようになびく。あれを撃ちだすとなると本当に俺も死んでしまう。

 まさか生き返って3分で死ぬとは思っていなかった。

 こんな事を考えていると遠慮なく闇が放たれた。

「どわっ」

 触れた王様は塵芥(ちりあくた)になるどころか、存在が完全に消滅した。そして勢いが止まる事なくもちろんこちらにも向かってきた。

「くそッ! 魔王と国王がガキじゃなければっ!」

 最後の嘆きを吐いて意味もなく両腕で顔を覆い、眼を瞑る。

 だが、何も起こる事はなかった。

「あれ?」

 闇が通過したであろう後ろを見ると、玉座とベルゼマと呼ばれていた女性、部屋の壁も消え失せていた。綺麗に円形の穴が空いていた。

 俺だけがそこに残っていたのだ。

「むむ? なぜ貴様は生きている?」

 そんな時にアナウンスのようなものが脳内に流れた。

 <スキル:「ツッコミ」により、十秒間無敵が発動しました>

 なにスキルって。十秒間無敵はやりすぎだろ。

「ああ。そういうスキルみたいです」

「スキル? 我のデストラクトダークを防げるスキル……だと?」

 なんだか思った以上に魔王が戸惑っている。絶対に防げない技だったのだろうか?

 何なら魔王は膝をついて項垂れる。

「わ、我の負けだ……」

 さっきまでのテンションはどこへやら、敗北を宣言した。

「え?」

「我はデストラクトダーク以外何もできないんだ」

「素直にそういう事言わない方が良いのでは?」

「うっ……許してくれ勇者ッ!」

 魔王が俺の足に縋り泣きつきながらそう言った。

「分かったよ。俺に人を殺す趣味はない。早くおうちに帰るんだ」

「……嫌だ。あいつらが馬鹿にしてくるから、もう帰らない」

 魔王は子供っぽく、お菓子を買ってくれない母親にねだるかの如くそう言った。

 あいつらとは誰の事か分からないが、家に帰りたくない年頃という事か。ただ丁度いいのかもしれない。戦闘能力がないかつこの世界について何も知らない俺に、強くてある程度この世界を知っていそうな魔王を仲間にすれば生きていけるのではないだろうか?

「じゃあ、仲間になっちゃう?」

 黙って俯いた魔王が一度肯く。

「……なっちゃう」

「なるんかい」

 でも待てよ? 23歳が12歳と一緒に旅をするのはまずいのではないか?

 いや、この世界は普通の世界でない事がもう充分に分かっているし構わないだろう。

「じゃあ魔王、いやゼリカ、1つだけ約束をしよう」

「な、なんだ? お菓子禁止は無理だぞ? あとアイスとジュースも」

「違う。人を殺したり、傷つけない事だ」

「なんでだ?」

「俺が面白いと思わないからだ。構わないだろう?」

「分かった。名前はマサトだったか?」

「ああ。マサトだ。よろしくなゼリカ」

「うむ。よろしく頼むぞマサト」

 ゼリカと握手を交わす。確かな信頼と期待を込めて、俺は強く握った。

「む、痛いな。優しくしろ」

「おっと。悪い悪い」

「それとアイスが食べたい。買ってこい」

 おっといきなりぱしり扱いか。

「いや、この国滅ぼしたのゼリカだろ。アイスなんてないよ」

「……うっ。アイス食べたい。アイス食べたいッ!」

 ゼリカは涙ぐむと床に倒れて、手足をバタバタさせ始めた。

 なるほど。家に帰りたくない状況を作ったのはゼリカ自身に大きな問題があるからか。

 よし。

「ゼリカ、やっぱり仲間になるのは辞めよう。家に帰れ」

「嫌だ嫌だッ!」

 こうなったら逃げるしかない。絶対に面倒な事になる。

 全速力で部屋から逃げ出そうとするが、脚に引っ付いてきたゼリカを振り払えなかった。

 この時思い出した。自分の能力がカエル並みである事を。

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