23 異世界は魔剣と共に

「街だ……!」


 視界一杯に広がる、素晴らしき人間の文明を見て、思わず感嘆の声が漏れる。

 クロを奪いにきた兵隊5人を返り討ちにして、森を進むこと数時間。


 ついに私は――人の住む領域に辿りつくことに成功した。


 長かった……最初の街まで長かったよぉ……。


 異世界ファンタジーと言えば、石やレンガで建てられたヨーロッパ風の建築を予想してしまうが、どうやらこの世界は中華ファンタジーらしい。

 建築様式も、私の予想と大きく外れている。


 建物の壁は……漆喰だろうか?

 木造の柱や壁の上から、漆喰が塗られている。

 大きな建物は、朱色や黄色などの、明るい色で塗られていた。


「おお、なんか、チャイナっぽい」


 おのぼりさんと思われない程度に、キョロキョロと周囲を観察する。

 住民が着ている服も中華系で、庶民が着てる生地が薄そうなものはさん、お金持ちが着てる生地が厚そうなものはほうと呼ぶらしい。


 そんな中――21世紀日本のブレザーを着ている私は悪目立ちする。

 それを見越して、さっき殺した兵隊の外套がいとうを拝借している。

 大人サイズなので、腰に差したクロもすっぽりと隠れている。


 周囲からは異邦人だと思われることはあっても、まさか異世界人だと勘ぐられることはないだろう。

 顔立ちもアジア系なので、異世界ファンタジー序盤にありがちな、「むむ、平たい顔の怪しい奴め!」と、お巡りさん的な人に捕まる心配もなさそうだ。


『おいガキ――典舖質屋だ。ここで俺サマをうっぱらえ。その金でお前は自由に生きろ』


 街並みを観察しながら歩を進めると、朱色に塗られた建物の前で、クロが振動する。

 中を覗いてみると、雑貨屋のような雰囲気で、色んなものが並べられていて、カウンターの奥にいる店主の後ろには、ひときわ高そうな品が並んでいた。


 質屋しちや――物を売ったり、物を担保にお金を借りる場所。


「そんなことしないよ」


 しかし私は、クロの提案を断った。


『安心しろ。《不立霊犀翻訳スキル》はテメェにくれてやる。言葉に不自由することもねェだろう。俺サマはここで適当な奴に買われるのを待つさ』


「ううん。私はクロを手放さない」


琅王ろうおうは再度太卜占い師を使って俺サマの居場所を割り出し、奪いにくるだろう』


「それでもかまわない」


 クロは魔剣だ。

 平和な世界でぬくぬくと育った小娘でさえ、山のように巨大なバケモノを殺せる力を秘めた最強の剣。

 それは、あまりの危険性から、黒貧森こくとんりんの中に封印される程の代物。


 私は生き残りたいがために、クロを外の世界に連れ出した。

 それを一国の王様が、占い師を使ってまで探している。


 例えるなら、核爆弾を渡すようなもの。

 その責任は、私が負わなければならないから。


 それが、私のエゴで生き延びたことの贖罪だ。


『契約が違うぞ。俺サマは人間を血を吸うために、テメェの子守こもりをしてやったんだ』


「人間なら誰でもいいんでしょ? だったら、斬る人間は私が決める」


『…………』


 クロは黙り込む。

 しかし、翻訳スキル――《不立霊犀ふりゅうれいさい》で心まで通じているのか、私の意図を察したみたいで、愉快そうに笑った。


『面白れぇクソガキだ。よもや、この俺サマを御そうとするとはな。しかしいいのか? その先は修羅の道だぞ。牙鬼ゴブリン如きにベソをかいていた小娘が、ようやく手にした戦いとは無縁の世界を、みすみす手放すことになるんだぞ』


「戦いと無縁な世界なんて、どこにもないよ」


『クカカ……随分と達観したじゃねェか』


「誰かさんのスパルタ教育のおかげででね」


 外套がいとうの上から、クロを撫でる。

 私の異世界生活はまだ始まったばっかりだ。


 クロはすぐに裏切るような奴だし、その本性は悪魔のような妖怪だ。

 油断すれば、寝首をかかれてしまうだろう。


 それでも私は、クロと共に人を斬りながら生きる道を選んだ。

 きっとそれが、元の世界に戻るために、この世界を旅するのに、一番安全な選択だと思ったから。


「悪者を倒して世直ししながら世界を旅するの。そして、元の世界に戻る情報を探す」


 この世界では、占い師がクロと私の存在を割り出す程の力を持っている。

 そんな魔法があるのなら、きっと、次元を超える魔法があってもおかしくない。


『ならとっとと次の獲物をよこしな――200年振りの娑婆しゃばだ、俺サマの空腹が、たかだか男5人で足りると思ったかクソガキ』


「そのクソガキっていうの、そろそろやめてよね。長い付き合いになるかもしれないんだから、名前で呼んで」


『テメェの名前は長いうえに言いにくい』


「じゃあクロが決めてよ。この世界での私の名前。私がアンタのことをクロって呼ぶみたいに」


『そうだな……』


 クロは黙って考え始めた。


『確か白石鈴蘭シライシリンカだったな』


「なんだ。ちゃんと覚えててくれてんじゃん」


 クロは黙考した後――発表する。

 この世界での、私の名前を。


白蘭びゃくらんってのはどうだ? 白いらんという意味だ』


 石鈴で――白蘭びゃくらん


白蘭びゃくらん……うん、いいね、それになんか、格好いいかも。いいセンスしてんじゃん。実はさ、前々から私の呼び方、考えてたんじゃないの?」


『…………』


「困ったらすぐ黙る癖も、もうお見通しだよ♪」


『うっせ』


 そうして、拾った魔剣との冒険は、もう少しだけ続くのであった。





***





 後の世のこと。


 庶民から王族にまで人気を博す、白袍はくほうまといし美貌の女侠客きょうかく戯曲ギキョクが、数多く語り継がれることとなる。


 白蘭びゃくらんと名乗る女侠客は、黒檀色の長剣をき、時に悪逆非道を尽くす匪賊ひぞくを討し、時に圧政を敷き私腹を肥やす貪官汚吏たんかんおりちゅうし、時には民に贄を要求する大妖怪とも大立ち回りを繰り広げた。


 しかし件の女侠客の足取りは、ある日を境にぱたりと途絶える事となる。


 賊の手に落ち命を落としたと語る官吏もいれば、最西の地にて隠遁し、その末裔は今もどこかで繁栄していると唄う法師もいれば、神仙に見初められ仙界へ渡ったと奏でる吟遊詩人もいる。


 ただ1つ確かなことは、確かにかつて、弱きを助け強きを挫く、義と侠を重んじる1人の女剣士が存在していたということ。




 しかしそれはまだ――後の世の話。




 異世界から来た少女の歩みは、まだ始まったばかりなのだから。


======================================

【あとがき】

これにて一章完結となります。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


よろしければ、ブックマーク、ポイント、コメント等お待ちしております。


次回から二章が始まります。

よろしければ、もうしばしお付き合い下さると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る