21 ちょっと何言ってるかわからないっス

『おい糞童クソガキ、俺サマを杖代わりにするんじゃねェ』


「んなこと言ったって、もうヘトヘトなんだもん」


 饕餮とうてつを倒した私とクロ。

 生物史上初――凶悪な魔物が蔓延はびこ黒貧森こくとんりんからの脱出を果たしたのだった。


 とはいえ、未だ周囲は緑で溢れる森の中だ。

 森と平原の境界線が饕餮とうてつのテリトリーなのではなく、森の外縁部はギリギリ、饕餮とうてつのテリトリー外とのことらしい。


 そんな訳で、未だ文明の息吹を感じない、木々の間を進んでいる。


 とはいえ……。

 森の地中に根を張っていた饕餮とうてつから溢れる魔力によって、肥沃なフィールドを形成していた。

 しかし、饕餮とうてつによる魔力の栄養が届かない外縁部の木々や動物は、私のいた世界のものと遜色ないサイズにまで縮んでいた。

 あの森、ネズミでさえ私の膝くらいのサイズだったからね……。


 しかしそんなサバイバル生活ともおさらば。

 1秒でも早く森を出たい私は、重たい体を引きずり、クロを杖代わりにしながら歩を進めているのであった。


「なんだろう? 太い縄で木が結ばれてる?」


 前方の木に、神社で見かけるようなしめ・・縄のようなものが巻き付いているのを発見した。

 しかも1つじゃない。

 その隣の木にも縄が巻かれていて、ゴールテープのように空中でピンと張られている。

 それが、どこまでもどこまでも続いていた。


「まるで饕餮とうてつを、縄の内側に閉じ込めているみたい」


『その通りだ。饕餮とうてつは1度入った獲物を絶対に逃がさない。故に人間はこうやって、誤って入り込む人間が出ないよう、縄で黒貧森こくとんりんの入口に印をつけた。この先に入れば、生きては戻れないぞという警告のためにな』


「それだけ恐れられていたんだ」


 逆に言えば、この縄の向こう側は、人間のテリトリーということ。


「(そういえば……どうしてクロはこんな場所に20年もいたんだろう)」


 ふと、そんな疑問が脳裏を掠める。

 クロは強力な妖怪で、人間によって剣に封じ込められた。

 しかし、剣になったクロは未だ、饕餮とうてつを倒せるだけの能力を持っている。


 殺せなかったから、剣に封印した?

 そして、剣だけの状態でも、人を操る危険があるから、人が立ち入れない饕餮とうてつの森の中に放り込むことで、追加の封印を施した……ってこと?


 じゃあ私は、自分が生き残るために、人類にとって危険極まりないクロを、再び人間界に持ち込もうとしているってこと?

 それは……もしかしなくても、よくない事なんじゃないだろうか?


 ここまで来たら、クロはもう用済み。

 ここでクロを捨てるべきなんじゃないかと――思ったりはしない。

 饕餮とうてつを一緒に倒した時、確かに私は、肉体だけじゃなくて、心まで繋がった感覚があった。


 私がクロを信頼していたように、クロも私を信頼しているのが伝わってきた。

 強大な敵を協力して倒す過程で、確かに――絆を感じたのだ。


 ここまで助けてもらったにも関わらず、クロを裏切れる程、私は不義理じゃないよ。


『どうした? 進まねェのか?』


「ううん、なんでもない」


 そう思いながら、私はしめ縄を掴み、腰を屈めて潜った――その瞬間。



 ――ガシャンガシャン!

 ――ジャラジャラジャラッ!



「っ!? 何、この音……? 誰か……近づいてきてる?」


『…………』


 前方から複数の足音と、金属が擦れるような音が複数、近づいてくる。


 足音と金属の音はどんどん大きくなり、私達の前に姿を見せたのは――人間だった!


「ひ、人だっ!! お、おーい!」


 数は5人。

 全員が鎧と武器を装備していて、なんだか兵隊さんのような印象を抱く。

 金属の音は、鎧が擦れる音だったんだ。


 顔は、日本人と大差ないように見える。

 異世界だから、もっと彫りの深い、白人系の顔立ちだと思ったんだけども……。


「た、助けてください!」


『動くんじゃねェクソガキ』


「ふぇ!?」


 助けを求めようと近づくと、クロが私の肉体の制御を奪う。

 杖代わりにしてる剣先を、地面に突き刺して、強制的に制止させる。

 つんのめるような体勢になりながら、私の足は止まった。


 向こうの兵隊さんも、距離を保って同じく足を止める。

 彼らは剣吞な雰囲気を纏い、腰に差した剣の柄に――手を添えた。


 えええええっ!?

 な、なんでえぇぇ~!?


「わ、私魔物じゃないです! 人間です!」


 とはいえ――ここはしめ縄の境界線上。

 1度入ったら2度と出てこれない場所に、森の中から出てきた謎の美少女の姿を見れば、警戒させてしまうのは仕方のないことだろう。

 饕餮とうてつは私達が倒したから、もう安心ですよって伝えないと。


「クロの翻訳スキルって、私と彼らの間でも発動してるんだよね?」


 そんな私の疑問に答えるように――対峙する兵隊さん、その隊長のような人が開口する。

 なぜ隊長だと思ったのかと言えば、1人だけ鎧が豪華だったからだ。

 兜のてっぺんから、赤く染めたクジャクの羽のようなものがついている。


それがし琅国ろうこくが王、琅王ろうおうより哭鳴刀こくめいとう尋覓じんみゃくみことのりを賜った嵐鋒らんぽう隊が隊長、段玄霆だんげんれい校尉こういである」


 隊長っぽい男性は堂々たる態度で告げる。

 どうやら翻訳スキルはクロ以外の相手でも通用するらしい。


「…………へ?」


 ……が。


 私には彼が何を言っているのか、殆ど理解できない。

 あのー、翻訳スキルさん、たまにサボりがちなのはもう諦めてますが、流石にもうちょっとだけ仕事してくれませんかね?

 せめて一般的な中学生が分かるレベルでいいので……。


 この翻訳スキル、日本語にしてくれるのは確かだが、難しい語彙を分かりやすく置き換えてくれる機能がないのが難点だった。


「え、えと……つまりどういう――」


なんじの持つ黒い刀剣、まさしく琅王ろうおうの求める哭鳴刀こくめいとうに相違なし。太卜たいぼく占兆うらかたに従い、めづらなる白袍はくほう纏いし童女のくびと共に、その黒刀――貰い受ける!」


 喋り終えた男は、目にガチガチの殺意を秘めながら、ゆっくりと腰に差した剣を抜いた。



 ――ギィィン!



 鞘と刃が擦れる甲高い音が鳴り、丁寧に研がれた曲刀が日光に反射してキラリと光る。

 それに呼応するように、周囲の部下と思われる人たちも、次々と抜刀する。


 柄の部分には、馬の尻尾みたいに赤い紐が束ねられていて、曲刀と相まってなんとも中華な雰囲気。

 もしかしてこの世界――ヨーロッパ風じゃなくて中華風ファンタジーなんじゃないの……?


 通りで、魔法名が覚えにくい訳だ。


「(って、関心している場合でじゃない!)」


 彼が言っていることは相変わらずチンプンカンプンだ。

 しかし曲刀を私に向け、敵意を剥き出しで睨んでいる事は確かだ。


『つまる所、〝ろう〟って国の王様が、俺サマの居場所を占い師に占わせた結果、黒貧森こくとんりんにあることを突き止め、部下に取りにいくように命令させたってことだ』


 クロが私にも理解できる言葉で補足してくれた。

 じゃあ最初からそう言ってよね。


 クロは続ける。


『んで、占い師は〝白袍はくほう童女どうじょ〟――つまり白い服を着たお前が、哭鳴刀俺サマを持っていることまで突き止めており、お前の首も一緒に持ってこいって命令を、コイツは受けている訳だ』


「それってメチャまずくない!?」


 異世界転移して念願の人類とのファーストコンタクトだと思ったら、殺意マシマシで殺されそうな件について。


 何度も死にそうになって、やっとの思いで森から出られると思ったのに、今度は人間に狙われているなんて聞いてないよ!


ァッ!」


 隊長の男が曲刀を振るう。

 どうみても女子供に対する行いではない。

 きっと私のことを、森から出てきた魔物(妖怪?)かなんかだと思っているのだろう。


「クロ……た、助けて……っ!」


『……いや、テメェとの契約は、ここまでだ』


「……え?」


 しかし、杖代わりに地面に突き刺しているクロは、私に力を貸してくれない。


 刃はもう、すぐそこまで迫っていた……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る